拗らせた童貞の末路
諸君、彼氏彼女が欲しいと思った事はあるかね? 俺はある。具体的には小六辺りで。
なに、恥ずかしがる事ではない。番が欲しいと思うのは生物としてごくごく当たり前の思考であり、例え婚期を逃しても相手は慎重に選びたいと思うのだって当然の考えだ。
そう、ごく自然な考え方だ。しかし中一の時に俺は思った。欲しい欲しいとピーチク喚くだけで彼氏彼女は得られる物なのかと。理想の相手と出会えば何をせずとも結婚まで持っていける物なのかと。
否、断じて否。そんな気楽に出来るのなら、日本の独身率はあんなに高くない。そもそも結婚願望なんて物は存在しないと言う者は別に構わないが、パートナーを欲しいと思う者達は今から言う事を心して聞け。
───理想のパートナーが欲しいのなら、自分磨きを怠るな。
これこそが中二の夏休みで俺が至った世の真理である。この真理に辿り着いた俺は、その後の人生をひたすら自分磨きの為に費やしてきた。より良い理想のパートナーを得たい、その一心で。
なんだか大層な事を言ってるように見えるが、特別な事なんて何一つ言っていない。ただ当たり前の事に気付き、それを実行しているだけだ。
家事育児は勿論の事、いざという時は頼れる男になる為、古今東西のあらゆる武を修得してきた。学歴はステータスという事で、○○○○○○○を主席で卒業した。社長ってカッコいいよねという訳で、事業を興して大企業一歩手前まで成長させた。
全て、全て理想の嫁を手に入れる為だ。諸君らも未来のパートナーが欲しいならこれぐらいやっておこう。※しなくていいです
……いや、やっぱりやめた方が良いかも知れない。そこまで頑張っても理想の嫁を手に出来ない事だって世の中にはあるのだ。
享年四十半ば。それまでに色んな、本当に色んな人達から求婚されてきた。しかし誰も彼もが俺の持つ理想の嫁とは異なっていた為、丁重にお断りさせて頂いた。
勿論、ただ相手が来るのを待つだけじゃない。自分に自信が付いたからって、女はよりどりみどりだぜとか調子に乗った奴は独身ルート待ったなしである。そんなのに俺はなりたくなかったので、自分から相手を探す事も欠かさずやって来た。
しかし、居ない。居ないのだ。日本のみならず様々な国に赴いたが、理想の嫁が居なかった。
おかしいと思わないか? 世界には八十億人以上の人間が居て、異性だけに絞っても三十億人以上は必ず居る。なのに俺の思い描く人物は一人も見つからない。その過程で求婚される事も多々あったが、もちろん丁重に断った。
それでも俺は諦めずに頑張った。自分磨きも怠らず、平行して嫁探しもしてきた。しかしその結果として、俺は幼馴染のヤンデレ女に刺されて死んだ。
志半ばで倒れる中、俺は嘆いた。こんなに理想の嫁をゲットしようと頑張ったのに、微かな希望さえ見られないまま死ぬのかと。
世界に失望し、虚しい気持ちで心がいっぱいになった。……けど、それでも俺は死ぬ寸前まで求め続けた。
かわいい彼女が欲しいと、
理想の嫁が欲しいと、
願いに願い続け、
そして次の瞬間、
俺は異世界にTS転生していた。
「……」
生後一年ほどの赤子が鏡の前に居る。ありとあらゆる女性を見てきた俺は、この子の将来に可能性を感じた。
(……あれ?)
その時、俺は天啓を得た。
探しても探しても見つからない理想の嫁。そんな宇宙の始まりを解き明かす事に等しい難題をクリアできるたった一つの冴えたやり方が。
(この子を嫁にすればいいんじゃね?)
この世に理想の嫁が居ないなら、俺の手で生み出せば良い。そんな気付きを、転生直後に俺は得た。
▼▼▼
己を理想の嫁に仕立て上げるという狂行に走り続けて早十四年。彼は現在、王立学園の新入生として学園生活を謳歌していた。
「皆さん、おはようございます」
教室に入るや否や彼……いや彼女、セレナはクラスメイト達に挨拶をする。
「おはようセレナさん!」
「おはよう〜」
「おはようございます、ユークリッド嬢」
誰に向けた物でもない挨拶に、ほとんどの者達が反応して彼女に挨拶を返していた。クラスの中にセレナを疎ましく思う者は一人もおらず、誰もが彼女に好意を持って接していた。
(うむうむ! 俺の嫁は今日も人気者だな)
そんなクラスメイトの反応を見て彼は一人満足げに心の中で頷く。恐ろしい事に彼の理想の嫁を演じ続けるという奇行は、今の今まで誰にもバレる事なく、完璧に実行されていた。
(嫁が皆に愛されてて、俺も鼻が高いぞ。……あ、コイツ色目使ってやがる。今後は用心しなきゃ)
話しかけてきたクラスメイトの中で、明らかに自分を意識している男子生徒が一人居るのを彼は見逃さなかった。流石と言うべきか、恐ろしいと言うべきか。
「───セレナ様!」
クラスメイトの一人を脳内要注意人物リストに書き込んでいると、後ろから嬉々として自身を呼ぶ声が聞こえてくる。
振り返ってみれば、白銀ロングヘアの少女がトコトコとコチラにやって来ていた。
「おはよう、カエラ」
「はい! おはようございます!」
セレナに名前を呼ばれ、微笑みを向けられた彼女は、より一層嬉しそうにして満面の笑みを返す。
(はっはっはっ、カエラちゃんは今日も元気だな〜)
彼女の名前はカエラ。王立学園に入学する以前から面識を持っている見習いシスターの少女である。
「今日はなんだかいつにも増してご機嫌ですね。何か良い事でもありましたか?」
「そうなんです! 実は今朝に日課のお祈りをしたのですが、その時に少しだけ加護の力が強まったんです!」
「まあ、それは喜ばしい事ですね」
「はい! この調子でもっと神への信仰を深めていきたいです!」
加護の持つ力というのは、神への信仰心と密接に関わりがある。
より大きな信仰心を神に向けるほど、神は加護を強化するという形で応えてくれる。王国には様々な宗教が信仰されているが、それだけは変わらない事実として信じられていた。
「ふふ、頑張って下さいね」
「えへへ」
セレナに頭を撫でられたカエラは幸せそうに口元をニヤけさせ、もっともっとと強請るように頭を差し出してきた。
(うんうん! やっぱりこの子を嫁の親友枠に選んで正解だったな)
ペットの子犬と戯れる感覚でカエラをナデナデしながら、彼は過去の己の判断に満足する。
(いつか式を挙げるから、その時は盛大に泣きながら祝ってくれよ〜)
ちなみに本気で言っている。相手は自分自身なのに結婚式なんて挙げれるのかとか、そういった話はまた別の機会で話そう。