変態同士は惹かれ合う
「……」
手を繋いで歩く二人を後ろから眺めるアーロンは、心の中で密かに思案する。
ここで少し、二つほど説明を挟んでおこう。まず一つに、セレナを理想の嫁と定義している彼についてだ。
理想の嫁であるセレナを皆に愛されるべく動いている彼だが、セレナに欲情する相手には激しく怒る。その関係上、欲情する確率の高い男性を始めとし、ルークのようなモテる男に対して非常に高い警戒心を見せる。……が、反して女性やセレナの家族に対しては、嫁を狙う心配なしと仮定して警戒心を低くしている。
二つ目に、アーロン・ニアガードの持つ加護についてだ。
心から信頼し合っている相手とだけ、遠隔でも脳内で会話が出来たり、近くに居るなら心を読めたりと、テレパシーのような事が可能。それがアーロンの持つ加護の力である。
この力の対象となっている相手は数人ほど存在するが、身近な相手として姉のシルフィが居た。
(……姉貴よ)
そんなシルフィの現在の思考は、今もなおアーロンに伝わっていた。
『ふおおお!!! お、お、お嬢様の手! 半年ぶりの生お嬢様の手! や、柔らかあああ!!?』
……誤解の無いよう言っておくと、この思考はシルフィ・ニアガード、つまり現在進行形でセレナと手を繋いでいる専属メイドの心の声だ。
『たった今分かりました! これ以上お嬢様から離れると私は死にます! 頭痛、発汗、不眠、幻覚! 半年離れただけでこの有り様なんですから、再びお嬢様と離れ離れになったら私は狂い死にます! やはり今すぐにでも王立学園へ同行できるよう打診せねば───』
『───姉貴! ストップ! 嬉しいのは分かるけどストップ!』
『ハッ……!』
これ以上の暴走は不味いと判断したアーロンは、慌てて加護の力を使ってシルフィに心の声を伝えた。
『……落ち着いた?』
『ええ、いつも悪いですねアーロン』
『気にすんなって、いつもの事だし』
シルフィがセレナに向けてる極大の感情は、今のところアーロンしか知らない。変態的な思考が表に出ないようシルフィも努めて自制しているが、抑えれそうにない時はこうして弟のアーロンに加護を使ってコッソリと抑制させて貰うのだ。
『俺も姉貴が元気になって何よりだ。お嬢が此処を離れて間もない時の姉貴……ほんっとう、見てられなかったし』
セレナが居た頃は週三で暴走していたシルフィは、セレナが居なくなると毎日のように暴走、いや発狂していた。
もうアーロンが必死にフォローしても難しいレベルで酷かったが、ひと月経つ頃には発狂する頻度も少なくなった。……シルフィ手製のセレナ人形(※実寸大)が完成されたお陰で。
『あの時は迷惑を掛けましたね。ですがやはり、本物のお嬢様と再会するとあの人形が如何に見劣りしているか分かってしまいます。もうあの人形をお嬢様と呼ぶ事は出来ませんね』
『そ、そんなにか? あの人形、本職に勝るレベルで完成度が高かったぞ……怖いぐらい』
セレナ本人だけじゃなく、彼女が良く着る下着も人形に身に付けれるよう用意していたのにはアーロンもドン引きした。
『いいえ、やはりお嬢様は生に限ります。生のお嬢様に比べたらあの人形など塵芥も同然』
『すっごい言うじゃん』
『それに人形は私に微笑み掛けてくれる事も……嗚呼、先ほどお嬢様が浮かべたあの笑顔、あれだけで私は三日間ぐらい飲まず食わずで働けます。……はっ! こんな時こそ以前に購入したカメラを使うべきでは? アレを使えば毎朝お嬢様の笑顔を、いえそれどころか最近じゃご一緒できないせいでレアになってしまったお嬢様の入浴姿を永久保存する事も』
『姉貴ー! 頼むから正気に戻ってくれ! それは人として本当に不味いから!』
いつも以上に暴走する姉を、アーロンは必死に抑えようとする。
「〜♪」(嫁の家族も従者も、町の住民も良い人らばっかだし、やっぱ此処は俺の嫁の故郷として最適な環境だな)
そんな事が起きているとは露知らず、彼は和やかな気分で帰路につく。
幸か不幸か、手を繋いでいる相手がどんな本性を隠しているのか、互いに知る事は今まで無かった。
▼▼▼
従者二人にエスコートされながら、セレナは実家であるユークリッド領の館へと到着する。
「お帰りセレナ」
「お帰りなさい」
門が開かれると、館に住まう家族や従者が総出でセレナの事を出迎えた。
「ただいま戻りました。お父様、お母様」
父と母に優しい笑みで出迎えられたセレナは、同じように微笑み、そして喜色の感情を露わにして挨拶を返す。
「お、お帰りなさい! 姉様!」
遅れて両親の間に立つ小さな少年に挨拶されたセレナは、屈んで目線を合わせる。
「はい、ただいまキース」
キース・ユークリッド。金髪碧眼と、父親に良く似た容姿を持つセレナの五つ下の弟である。
「疲れているだろう。セレナの部屋は綺麗にしてあるから、夕飯になるまで休んでいなさい」
「分かりました」
「ご飯を食べる時は、向こうであった事を沢山お話してね。ママ、ずっと楽しみにしてたの」
「勿論構いませんが、大体の話は手紙に書いちゃってますので」
「セレナの口から聞きたいのよ。それにお喋りも沢山したいし」
温和な父に物凄くおっとりとした母、そして姉を慕う弟。
(うーむ、相変わらず嫁の家族構成として完璧すぎる布陣だ)
そんな地元でも人格者と知られる家族達と久々に再会した彼は、誰目線だと言いたくなるような事を思っていた。
「それにママだけじゃなくてキースも。この子、セレナが帰ってくるのをずっと楽しみにしてたのよ?」
「お、お母様!?」
「そうだったのキース?」
「うっ……うん」
「ふふ、なら私も目一杯話さなければですね」(はっはっは、可愛い奴だな義弟よ。その調子で是非俺とも仲良くして欲しい)
キースの微笑ましい姿を見て、セレナは頭を撫でながら答える。
「ああそうだ。お風呂の準備はしてあるから、いつでも入って構わないよ」
彼も前世は日本男児だ。入浴に対する意欲は異世界人に比べて高い。
「あ、そうなのですか。では早速」
「お嬢様、でしたら私がお背中を」
「はいはーい、姉貴は残ってる仕事をやろうなー」
当然、父からその話を聞くとすぐさま入る事に決めた。
(昨日の宿には風呂が無かったからな、早く嫁を清潔にしてやらねば。……あ、そうだ)
ふと彼はある事を思い付き、おもむろにキースの方に顔を向けて、
「キース、一緒に入りませんか?」
そんな事を言い出した。
「…………へ?」




