里帰り
ルーク達が迷宮の魔術師と戦ってから早数ヶ月、王立学園では夏休みが到来していた。
夏休みでの生徒達の過ごし方は様々だ。学園から離れて地元に帰る者も居れば、王都を満喫する者も居る。学園は基本的に空いているので、クラブの皆で何か活動をするというのも良いだろう。
「楽しみですね、セレナ様!」
「ふふ、そうですね」
そしてセレナとカエラは、夏休みに地元へ帰る事を選んでいた。
「以前に魔術師と出会した事を手紙に書いたら皆さん凄く心配されたので、早く元気な姿を見せたいです!」
「そうですか。私も家族全員と手紙のやり取りをしていますが、とても心配されてましたし、私も早く元気な姿を見せなきゃですね」
幼馴染であるセレナとカエラは、地元も同じである。故に、こうして馬車を使って向かう道中も一緒に居られるのだ。
(義父様、義母様、安心して下さい。娘さんは俺がしっかり守ってますから!)
楽しい雰囲気が流れる中、彼も彼で張り切っていた。
彼にとってセレナ・ユークリッドという少女は、自分自身でなく自身の嫁だ。セレナの家族を嫁の次に大事にするのは、彼にとって当然の事なんだろう。
(早く嫁のご両親に挨拶したいし、もっと魔術を究めねば……!)
そこに自身の生みの親という観点を持たないのは、なんとも極まってるというか彼らしいというか。
(その為にも、なるべく早く師匠のとこへ行かなきゃな)
彼が夏休みに実家へ帰る事を選んだのは、なにもセレナの家族に会う為だけじゃない。いや、目的の八割強がそれだが、他の思惑も彼には一応あった。
自身に魔術を教えてくれた師匠、魔術を究める為にも彼と会い、魔術協会や他の魔術師の話を聞く必要があった。
馬車に揺られて、夜になったら宿で休む。それを数日ほど繰り返し、セレナとカエラは自分達の故郷に辿り着く。
「おお! カエラちゃんとセレナちゃん、帰って来てたのかい」
「はい! 先ほど帰ってきました!」
「久しぶりやねぇ、見ない内にちょっと大きくなったかえ?」
「ふふ、此処を離れて半年ですが、確かに成長したかも知れません」
地元に帰ったセレナとカエラは、道中の出会う人々から歓迎されていた。
教会でも精力的に活動しているカエラは、地元でも頑張り屋として知られている。
そしてセレナの方は……嫁の故郷だからと彼が張り切って地元民との交流を進めた結果、
「おいお前ら! セレナ様がお帰りになられたぞ!!」
「ぬぁにいい!?」
「我らが聖女様のご帰還だ!」
「今日は宴じゃあああ!!!」
この通り、今や若者を中心に人気を集める知らぬ者なしのアイドルみたくなっていた。
「わあ、相変わらず人気者ですねセレナ様」
「ふふ、皆さん元気そうで私も嬉しいです」
「「「「うおおおお!!!」」」」※歓喜に震える男衆
セレナに熱い視線を送る男達。これに関して彼は、
(はっはっは、嬉しいだろう皆の衆)
意外にも気分を害していなかった。
(やっぱり良いな地元は、嫁が皆に愛されてるって事がしっかり伝わる)
彼は理解しているのだ。男達から注がれている視線には恋愛感情など無く、どちらかと言えば推しに対して向ける感情と同じだという事を。
ガチ恋勢が如く嫁に欲情するなら容赦なくキレる彼だが、一人のファンとして健全に推すだけなら何も文句は言わない。むしろ嫁の良さをアピール出来るならファンサービスも厭わない。
(帰ってきた記念にもっかいやるか? ライブ)
かつて、彼は大勢の前でピアノを弾いて歌を披露した事がある。それはセレナとカエラが王立学園の入学が決まり、王都へ旅立つ前日の事。セレナの父親が街の住民達を巻き込んで盛大なパーティーを開いたのだ。
王立学園に入学できるというのは、大変名誉ある事だ。しかし、だからと言って住民総出で祝うような慣例は王国に無い。
セレナの父親が街全体でパーティーを開いたのも、それに住民達が満場一致で同意し、祝ってくれるのも、全てはセレナとカエラの人徳による物だった。
街の人達が祝ってくれる光景を見て、カエラは泣いた。セレナも泣いた。そして彼も転生して以来の感動を味わった。
『嫁の門出を祝ってくれる皆の為に、俺もひと肌脱がねば!』
思い立ったら即実行、彼は自身の従者達に頼んで街の広場に簡易的なコンサートを用意させ、そこに住民達を集めてライブを開いたのだ。
なにかと前世に色々やってる事でお馴染みの彼は、当然の如く演奏分野も履修済みだった。最も得意とするのはギターだが、嫁のイメージに合わせてピアノをチョイスしている。
そうして始まったセレナのライブは、物凄い盛り上がりを見せた。彼も気を良くして前世に存在する異世界人にウケそうな曲をリストアップし、即興で演奏した。
人々はセレナが奏でるピアノの音色と歌声に聞き惚れ、流れが入学祝いのパーティーからセレナのワンマンライブショーへと切り替わるほど熱中した。
このひと時は街の間で伝説となり、人々は聖女改め歌姫セレナが再びステージに上がる事を望むようになるのだった。
(いや、ああいったライブは本当に特別な日にだけやるのが丁度いいんだ。定期的にやってたら有り難みが薄れちゃうしな)
そんな皆が待望するライブは、残念ながら本人兼マネージャーの意思で今回は無しとなった。
「それではセレナ様! また明日にでもお会いしましょう!」
「はい、カエラも楽しんでいって下さい」
しばらく街中の大通りを並んで歩くセレナとカエラだが、実家と教会が脇道の奥にあるカエラは、途中でセレナと分かれる事となる。
(……さて、時間があるなら師匠のとこへ行きたいけど)
そして一人になった彼は、出来るなら寄り道をしたいと考えるものの恐らく無理だろうと考える。
(あ、やっぱ来た)
その理由は、大通りの向こうからやって来る二つの人物にあった。
一人は軽装だが、腰に携えた剣から騎士だと分かる黒髪翠眼の若々しい男性。もう一人も黒髪翠眼で同じくらい若く、そして一目でメイドだと分かる服装をした女性。
「お帰りなさいませ、セレナお嬢様」
「お嬢、お久しぶりです」
二人はセレナの前まで来ると、恭しく頭を下げてそう言った。
「シルフィ、アーロン、お久しぶりです。わざわざ迎えに来てくれたのですね」
「お嬢様の専属メイドとして当然の事です」
「俺もお嬢の専属騎士だからな。……まあ、姉貴に引き摺られる形で来たけど」
シルフィ・ニアガード、アーロン・ニアガード。二人は代々ユークリッド家に仕えるニアガード家の子であり、姉弟揃ってセレナの専属従者として仕えていた。
(わざわざ迎えに来なくても大丈夫って手紙には書いたけど、まあこの二人は来るよねー)
二人のセレナに対する忠誠心の高さは周知の事実であり、それは仕えられてる身である彼も理解していた。
「では、行きましょうか」(まあ師匠の所はいつでも行けるし、別にいいか)
迎えが来たなら仕方ないと、彼は潔くシルフィに手を差し出した。
「……」
「あ、ごめんなさい」(ヤッベ、気ぃ抜いてた)
その手をジッと見つめるシルフィを見て、やっちまったと彼は思う。
「つい昔の癖で」(この程度で嫁の理想像は崩れないけど、流石にもう卒業する頃合いだよな)
昔は良く理想の嫁(※幼少期編)を演じるべくシルフィと手を繋いで歩いたものだが、今の年齢でもそれをするのは微妙に解釈違いだった。まだまだ許容範囲内なので、慌てる程じゃなかったが。
「いえ、構いません」
しかし彼が手を引っ込めようとする直前、シルフィは素早く優雅な手つきで握ってきた。
「お嬢様がそれを望むのなら、私は喜んで応じます」
「シルフィ……」
「それに手を繋ぐ程度の事でしたら、例えお嬢様が二十歳を超えても私は拒みません」
「……ふふ、流石にそれは恥ずかしいです」
冗談混じりな言葉にセレナは笑みをこぼした後、シルフィの手を握り返した。
「では改めて、行きましょうか」(まあシルフィも気にしてないみたいだし、今日ぐらいは普通に手を繋ぐか)
相変わらずの忠誠心を見せるシルフィに嬉しく思いながら、彼はシルフィと手を繋いで歩き始めた。




