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閑話:ヒトコワ その2

「なんか見つかった?」

「何も」

「こっちの部屋も特に〜、レイちゃんは?」

「うぅぅ、お察しの通りよ」


 廃館に潜入して早一時間、悪魔研究クラブの面々は手応えの無さに辟易していた。


「ここ、本当に悪魔が居るんだよね? なんか今まで巡ってきたハズレの廃墟と同じくらい何も無いんだけど」

「まあまあ〜、今日がダメなだけで、別の日なら何かあるかも知れないじゃん」


 館の探索は今夜限りの事じゃない。この廃館で必ず成果を出すという気概は偽りでなく、彼女達は週一で此処に通う事も視野に入れていた。


「……やっぱり、危険でも単独行動する時間を設けた方がいいわ」


 そう提案してきたのは、マリーだった。


「情報だと悪魔は一人の時を狙ってくる。その時にカメラを使って写真の一枚でも撮れたら」

「マリーちゃん……でも」

「レイラ先輩も分かってる筈、このまま探索しても悪魔に繋がる証拠は出ないって。それは向こうも同じ事よ」


 彼女達は現在、レイラ、エリン、マリーの上級生組とセレナ、カエラの下級生組、二つのグループに分かれて行動している。

 本来ならセレナとカエラに加え、マリーも向こうに入るだったのだが、セレナからの強い希望でこのような形となった。


「勿論、危険なのは理解しているわ。だから単独行動するのは私一人、その間皆は集まって待機して欲しいの」

「っ! だ、だめよそんなの!」

「別に犠牲を少なくとか、そんな話じゃないわ。私たちの持つ加護を考えると、単独行動するのは私が一番適任なのよ」


 範囲内に居る相手へ思考を伝達する。それがマリーの持つ加護の力だ。伝達する対象を一人に絞り込めば、互いに脳内で会話する事も出来る。


「私なら何かあってもすぐに状況を伝えれる。そう出来る自信もあるわ」

「そ、それでもクラブの部長として許可なんて出来ません!」

「ッ、クラブを存続する為なのよ。私は、このクラブを本気で守りたいの!」


 悪魔研究クラブ(居場所)を守りたいマリーと、クラブのメンバー(仲間)を守りたいレイラ。


「……レイちゃん、マリーちゃん」


 意見を対立させる二人を、エリンは仲裁に入れず眺める事しか出来なかった。


「───セレナ様!」


 ギクシャクした空気が流れ始めた直後、カエラの大声がコチラに向かって聞こえてきた。


「カ、カエラちゃん、どうしたの?」


 レイラとマリーは睨み合うのを止め、駆け寄ってきたカエラに話しかける。


「あの! セレナ様を見かけませんでしたか!?」

「いや、見てないけど……もしかして」


 カエラが何を伝えたいのか分かり、レイラは顔色を青くさせた。


「……ッ! やっぱり、連れて来るべきじゃ無かった!」


 そう言ってマリーは歯噛みする。なぜあの時、自分は許してしまったんだと己を責めた。


「カエラちゃん、どこに行ったとか分かる〜?」

「い、いえ、少し目を離したら居なくなっていて」

「と、とにかく探すわよ! カエラちゃん、最後にセレナちゃんと居たのはどこ?」

「あのー」

「あ、セレナちゃん! ここに居たのね! ……って、居たぁー!?」


 消えたセレナを探すべく動こうとした矢先、当のセレナが混ざって普通に話しかけてきた。


「セレナ様! ここに居たのですね!」

「カエラ、離れてしまってすみません」

「いえ! セレナ様が無事でなによりです!」


 酷く安心するカエラを見て、セレナは申し訳なさそうにしながら頭を撫でた。


「……ねえ、部外者が勝手に行動しないでくれる?」


 見つかって良かった。そんな雰囲気が漂う中、マリーは明確な怒りをセレナにぶつけた。


「ちょ、マリーちゃん今は少し控えて」

「あなたが悪魔にやられたら、その瞬間に私達のクラブは終わるのよ。本来なら部外者であるあなたを巻き込んだという理由で」


 レイラの制止を無視して、マリーは厳しい口調でセレナを責める。


「それにあなたはカエラが心配で付いて来たのでしょう? そのあなたが心配を掛けさせてどうするのよ」

「……」


 セレナはしっかりとマリーの方に顔を向けて、その言葉を聞き入れる。


「……マリー先輩の言う通り、私の行動は咎められて然るべきです」


 そう言ってセレナは頭を下げる。


「言い訳はしません、すみませんでした」


 深々と頭を下げる彼女に、マリーは何も言わない。

 それからセレナは十秒ほどジッと頭を下げ続け、顔を上げると再び言葉を紡ぎ始めた。


「その上で、皆さんに伝えたい事があります」

「伝えたい事……?」

「はい、私が一人で居た時に何を見たかを───」







「こ、これって……」


 セレナに案内された悪魔研究クラブの面々は、それを見た瞬間に思わず息を呑んだ。

 木造の床に刃物で刻み込まれた円状の模様。円の中には未知の言語や幾何学模様が記されており、それが何を意味するのか彼女達には分からない。いや、分かる筈がない。


「ま、魔術陣……!」


 セレナが驚きの声をあげる。目の前にある物が、魔術師が大規模な魔術を行使する際に用いる儀式だと知っていたからだ。


「少し調べてみたのですが、この魔術陣が床に刻まれたのは最近の事だと思います。どういった力があるのかは不明ですが……この館に潜む悪魔と無関係だとは考え難いのです」


 自身の考察を披露するセレナに、皆は納得した様子で頷く。


「もしかして、この館の悪魔騒ぎの原因は魔術師?」

「そこまでは分かりません。悪魔は本当に居て、そこに魔術師も何かしら関わっているという可能性もあるので」


……ですが、と言ってセレナは話を続けた。


「私は、その魔術師に心当たりがあります」

「え!?」


 まさかの返答にレイラは驚きのあまり声を出す。他の者も声は出さないが表情にしっかり出ている。……そんな中、カエラだけ神妙な面持ちを浮かべていた。


「正確には、私とカエラです。いえ、より詳しく知っているのはカエラの方かも知れません。ですよね?」

「……はい、私も心当たりがあります」


 そう言ってカエラは、少し前に魔術師と対峙した時の事を皆に話した。


「そ、そんな事が」

「黙っていたのは、皆さんに心配を掛けさせたく無かったからです。ごめんなさい」

「いやいや、カエラちゃんが謝る事じゃないって!」


 話を聞き終えた彼女達は、これからどうするべきかと考える。


「その話が本当なら、もう魔術師も捕まってるし大丈夫だと思うけど」

「別の魔術師がやったとしたら、此処に居座るのはかなり危険ね」


 流石のマリーも魔術師という別の脅威を警戒して探索を進めようとは思えない。それはレイラも同じ事で、そうなってくると取る手段は一つだけだ。


「……うん! 皆の衆、撤退だ!」


 こうして彼女達の廃館調査は、不本意な形で終わりを迎えた。


▼▼▼


 お高い馬車の中で揺られながら、彼女達はこれからどうするべきかを話し合った。


「どうする? 一応アレの写真は撮ったし、これをクラブの成果って事で提出する?」


 そう言ってレイラは、魔術陣を撮った時の写真を皆に見せる。


「まあ〜、本来の目的とは違うけど、評価される事だし良いんじゃないかな〜」

「私もそう思います!」

「けど此処から何も成果を出せずにいたら、恐らく一年後には問答無用で廃部させられると思うわ」

「まあ、そうだよね。よし、じゃあ今後も今回みたいな活動を積極的にやっていこー!」

「お〜」


 ひとまずは何とかなりそうだと、彼女達は一安心する。


「……にしても、魔術陣以外は本当に何も無かったわね」


 レイラは沢山の写真を眺めながら言う。初めてのカメラという事で、彼女は手当たり次第に見るもの全てを撮っていたのだ。


「案外〜、もう居なくなっちゃたりして〜」

「そうかも知れないわね。私達より前に廃館へ人が来たのって、もう十年以上も前の事らしいし」


 何事もなくて良かったと思う反面、一人の探索者として本物の悪魔を見てみたかったなと思うマリーであった。


「あ、そうだレイラ様! 最後に撮ったあの写真って、もう出来てますか?」

「ちょっと待ってて……うん、出来てるよ。ほら」


 レイラは現像が完了するまで放置していた写真を手に取り、カエラに見せる。


「わぁ……! やっぱり凄いです!」


 それは、廃館の門前で撮られた集合写真であった。


「部室に戻ったら早速飾りましょう!」

「写真立てだっけ? あれを買わなきゃね〜」

「ふふん、やっぱりカメラを買ったのは間違いじゃなかった!」

「……」


 和気藹々とお喋りする中、マリーだけは会話に混ざらず黙りこくる。


「……ふふ」


 しかしマリーの正面に座るセレナからは、彼女がチラチラと集合写真を覗いて嬉しそうにしているのが見えていた。


「ん?」


 ふと、マリーは集合写真を見て気付く。


「…………ねえ」


 恐る恐る、彼女は館の二階にある窓の一つを指差して言った。


「此処、誰か居ない?」


 窓の奥からコチラを覗く、人影を指差して。


……それ以来、この館で人死にが起きる事は無くなった。ただその代わり、何処からともなく少女の助け声が聞こえるようになったと言う。


 悪魔は去ったが、犠牲者の魂は館に縛られたままでいる。そんな噂が流れ始め、それを聞いた人々は館で今もなお助けを求める少女に対し、静かに黙祷するのであった。


(ミミックの奴、ちゃんと隠れてろって言った筈なんだが……こりゃ後で説教だな)


 これは関係ない話だが、どうやら彼は集合写真に写った人影を見てそんな事を考えていたらしい。

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