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閑話:ヒトコワ その1

(ナンダコイツ?)


 いくらなんでも順応するのが早すぎるだろうと内心でツッコミつつ、魔物は獲物の心を開かせる為に言葉を紡ぐ。


「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……えっと、その」


 頬を真っ赤に染めて口ごもる魔物……セレナの姿を見て、彼は微笑ましそうにしながら言う。


「無理して言わなくても大丈夫だよ。そうだな、じゃあご飯にしよっかな」

「ご、ご飯ですね! 分かりました!」


 彼から答えを聞くと、セレナは恥ずかしそうにしながらいそいそと台所へ向かった。


「……うぅぅ」

「どうしたの? もしかしてご飯は出来てない?」

「い、いえ、きちんと作ってはいます。けど」

「あー、もしかして自分で?」

「は、はい」


 セレナは料理が苦手だ。しかし苦手でも愛する人に手料理を食べさせたい。だからこうして、たびたび料理を作る事があるのだ。


(イミ ワカラナイガ)


 そういう人物を獲物が望んでるから魔物も演じているが、なぜそれが良いのか分からない。相手の望みが分かり、それを十分に模倣可能な力はあるが、その魔物にとって人間の考える事はいつも分からない。特に目の前の人間は、群を抜いて意味不明だった。


「気にしなくていいよ。俺の為に作ってくれたんだからそれだけで嬉しい。それに今がダメでも少しずつ頑張ればいいんだから」

「うぅ、ごめんなさい」


 励ましの言葉を掛けてくれる彼に、セレナは申し訳なくなりながら作った料理を持ってくる。


「美味しくなかったら正直に言って下さい。責任を持って私が食べますので」


 机の上に並べられた料理は不恰好で、ところどころ失敗した雰囲気があり、お世辞にも美味しそうとは思えなかった。


「……」

(イツマデ ツヅケルキダ?)


 魔物は対面の椅子に座って、神妙な面持ちで焦げた卵焼きを一口入れる彼を眺めながら捕食する機会を待つ。

 見たところ、獲物は今の状況を存分に堪能していた。なのに心を完全に開く様子は見られない。


(ハヤクシロ)


 この館には現在、彼の他にも四人の獲物が居る。自身の能力の特性上、複数人で来られると捕食が非常に困難となる。

 誰かが来る前に事を済ませたい魔物は、心の中で彼を急かし始めた。


「……うん」


 そんな彼は焦げた卵焼きをじっくり味合った後、何か納得したように頷く。


「ダメだな」

「え?」


 次の瞬間、彼は使っていたフォークをセレナに扮した魔物の手へ突き刺した。


「〜ッ!!!!?」


 あまりにも唐突で、予想外過ぎる展開に、魔物は痛みより先に驚愕で感情がいっぱいなる。


「あのさあ」

「ギッ……ア……!!?」


 魔物の手に突き刺さったフォークを、彼は更にグリグリとねじ込む。


「お前、本当に俺の望み叶える気あんの?」


 彼は痛みに悶える魔物の頭を掴み、無理やり目を合わせる。


「最初は良かったよ。うん、パーフェクトだった」

(ナ、ナンダ……)


 さっきとはまるで違う。澄んだ瞳は今や底なしの深淵が広がり続けていた。


「俺も一回死んだ身だ。もしお前が理想の嫁を完璧に演じてくれたなら、素直に殺されてもいいって本気で思った。それぐらいお前には期待していたんだ」

(ナンダ……)


 グリグリグリグリ、手から鈍い痛みが走り続ける。しかし魔物は痛みより、別の事に意識を持って行かれていた。


「なのにさあ」

(ナンダ、コイツ!?)


 隠しきれない憤怒を露わにした彼を見て、魔物は生まれて初めて恐怖した。心の底から震え上がり、何もする事が出来ずにいた。


「こいつはなんだ?」

「グゥッ!?」


 彼は皿に余っている焦げた卵焼きを、全て魔物の口に放り込んだ。


「ゲホッ! ゲホッ! ……う、オエッ!」


 一気に食べ物を口に詰められた魔物は咽せて、そしてあまりの不味さに吐き気を感じた。


「これが俺の嫁の手料理とでも言いたいのか?」

「ひっ……!」


 地面に倒れて項垂れる魔物に、彼は一切の容赦なく問いただす。


「そ、そう、望んでた、から」


 セレナという人物を演じるのも忘れて、魔物は怯えきった表情で言った。

 確かに彼は、セレナが料理下手である事を望んでいた。だから魔物もわざわざ不味い料理を出したのだ。


「は?」


 しかし彼は、その言葉を聞いて更に激怒した。


「なにお前? 俺がそれを望んでたって、本気で言ってるのか?」

「だ、だって」

「俺の嫁はなぁ!!」

「ひぅっ!?」


 反論する間もなく、彼は怒鳴り声を上げて答えた。


もっと(・・・)壊滅的に(・・・・)料理(・・)()出来ない(・・・・)んだよ(・・・)!!!」

「……え?」


 予想していた発言と異なり困惑する魔物を置き、彼は喋り倒す。


「不味すぎて舌がぶっ壊れるほど! なんでそうなるんだと言いたくなるレベルのダークマターを嫁は作るんだ!」

「えっと……え?」

「拒絶反応を起こすほどの不味さ、だが夫である俺だけは嫁の手料理だからと平然と食べる! だってそこには愛があるから!」


 なんと素晴らしい事かと、彼は謳うように唱えた。


「それをお前は、料理が下手らしいから不味い料理を出しただけだ? ……解釈違い以前の問題だ。お前は俺の望みを知識として持ってるだけで、それを理解しようと全くしていない」


 彼の言う事は確かに事実である。それは問題点なのかと聞かれれば、今の状況を見る限り致命的な弱点なのだろう。


(コ、コイツ ハ ダメダ……ニ、ニゲナイト)


 この狂った存在から逃げる必要がある。館を捨ててどこか遠くへ、この存在が居ない場所なら人気の無い森の奥に行って住んでも良い。


「……あ、れ?」


 だが、それは出来なかった。どういう訳か、変化を解いて元の霧の姿に戻れないのだ。


「な、なんで」

「ああそうそう、他の姿に化けられないようしておいたから。俺もせっかくのチャンスを無駄にしたくはないからな」

「え……?」


 それは彼が魔物の頭を掴んだ時の事である。激しく動揺した魔物を見て、彼は抜け目なく魔術を行使したのだ。

 精神的な隙を晒す相手に精神干渉の魔術を施すのは実に容易く、ものの十秒で自力の突破が不可能なロックを付与出来た。


「い、いやっ!」

「まあ、散々言ったけどポテンシャルはあると思ってる。訓練すれば完璧な理想の嫁に成れる可能性だって十分に存在する」

「…………は?」


 もうダメだ殺される。そう思って身構えていた魔物は、一瞬彼が何を言っているのか分からなかった。


「あ、このままじゃカエラちゃん達が悪魔の居た痕跡を見つけられなくなるな。うーん、こりゃ何かしら捏造した方がいいか」


 文字通りの人でなしである魔物に、彼は情けも容赦も持たない。


「……それじゃ、せいぜい頑張ってくれよな。えーと、まあミミックでいいか」


 もはや彼が館に訪れた時点で魔物の運命は決まっていたのだろう。抗う事も出来ないまま、ミミックと名付けられた魔物は彼にお持ち帰りさせられた。

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