閑話:潜入!! 悪魔が住まう館!
この世には加護や魔術といった超常を操れる力が存在する。それらは神が認知する所であり、神を信仰する人々もまた、神を通じてその存在を把握している。だが、この世には神でさえ理解の及ばぬ物事も確かに存在した。
それは未知の生物であったり、現象であったり、アイテムであったり……合理的な説明が付かず、神にも答える事の出来ないそれらを、人々は悪魔と呼んだ。
「───そんな悪魔の正体を解明し、白日の下に晒す事が、我ら悪魔研究クラブの使命なのです!」
王立学園にある悪魔研究クラブ、その活動部屋にて、少女は四角いメガネをクイっと上げてセレナに自身のクラブについて説明した。
「なるほど、未知に恐れる人々の為に真相を暴く。とても良いお考えだと思います」(どこの世界にもオカルトマニアっているもんだなー)
自分も前世でオカルトに走ってた事もあったなー。と、感慨に浸りながら彼はセレナとしてメガネの少女の対応をした。
「ウッ……そ、そう! そうなんです!」
セレナの発言に若干の動揺を示したメガネ少女はそう答えた後、後ろに控える三つ編みの少女とヒソヒソ声で話し始めた。
「ちょっとエリちゃん! 良い子、めっちゃ良い子だよ!」
「良い子だね〜」
「私ただ悪魔を追って楽しんでるだけの人なのに、なんかすごい尊敬の眼差し向けられてるんですけど!」
「いいんじゃない〜? 悪く思われてる訳じゃないんだし」
「心が痛いよ!」
セレナに聞こえないよう懸命に声を落としているが、残念ながらバレバレである。
(結局、前の世界にガチの怪異って存在したのかな?)
そんなヒソヒソ話を華麗にスルーしつつ、彼は前世について思いを馳せる。
前世で理想の嫁を探し求めていた彼は、毎年神社にお参りする時は良縁祈願も必ずやるようにしていた。それだけじゃ飽き足らず、一時期は日本どころか世界中のパワースポットを巡ったりもした。
結局それが叶う事はなく、巡った後に色んな女性から立て続けに求婚されるだけで終わった。※言うまでもないが断ってる。
「……コホン。それでセレナさん、私達の調査について来てくれるっていうのは本当?」
「はい」
「カエラちゃんに無理やり連れて来られた訳じゃなくて?」
「レイラ様!? そ、そんな事を思ってたのですか!」
私がセレナ様に無理強いする筈ありません! と、心外だと言わんばかりにぷりぷり怒る。
「ごめんごめん、でもどうしても確認しておきたかったんだよ。だって」
「私達が今から行くのは、ミミクリー家の廃館だから」
メガネの少女、レイラ・ギルメッシュの発言を遮り、彼女は続きを語った。
「七十年前、ミミクリー家は別荘として王都の端にある館を購入した。ほとんど新築の館を相場より安く買えた事に当主は疑問に感じたが、そこにいわくがあるという話は聞かない」
黒のストレートロングヘアに真っ赤な瞳をした冷たい雰囲気の美少女は、読んでいる本から目を離す事なく語り続ける。
「当主は買ったばかりの館に家族を引き連れて住み始めた。数日経っても何も起こらず、やはり大丈夫だなと気にしなくなった。……それから一週間後、ミミクリー家が行方不明となった」
彼女は語り続ける。淡々と、揚々のない声で。
「館の外に出た痕跡も無く、調査に来た騎士達は館内を徹底的に調べ……そして、一人の騎士が焦燥した様子で仲間に駆け寄り、こう言った」
───死んだ妻に会った、と。
「それからも調査は続いたが、そういった奇妙な報告は後を絶たず、加えて行方をくらませた騎士も多く現れた。この事から騎士達は、あの館には悪魔が潜んでおり、悪魔はその者が最も望むものを餌におびき寄せ、喰らう……そう考察した」
そこで彼女は、ようやく本を閉じてセレナの方に顔を向けた。
「以来、悪魔を祓おうと数多くの実力者が館に訪れたが等しく敗れ、いつしか誰も近寄らなくなった。そして悪魔は今もなお、館で獲物が来るのを待ち続けている」
「……」
「あの廃館に悪魔が居るのはほぼ確定よ。それもとびきり悪辣なのが。……あなた、それでも来たいわけ?」
最後にそう言って締めくくり、彼女は冷たい視線をセレナに送った。
「ちょっとマリーちゃん! 流石に脅しすぎだって!」
「半端な覚悟で来られる方が困るわ。部外者を巻き込んで死なせたとなったら、それだけで悪魔研究クラブは終わりよ」
「うっ、それはそうだけど」
レイラの言葉を黒髪ロングの少女、マリー・フィアドレッドは一蹴し、セレナの事をジッと見る。
「で、どうなの? 今なら引き返せるわ。というか是非そうして欲しいのだけれど」
……彼女達が所属する悪魔研究クラブは、今回の活動にクラブの存続を賭けている。
悪魔研究クラブは発足以来、今の今まで目立った功績を上げられていない。悪魔研究クラブが出す功績とはつまり、悪魔の正体解明の一助となる事だ。
実質オカ研みたいなクラブに何を求めてるんだと思われるかも知れないが、ここは王国でも名高い王立学園だ。クラブにも相応の品質を求められる。
クラブを単なる遊び場にさせるほど、王立学園は甘くない。功績を上げられていない悪魔研究クラブは遂に、学園側から警告されたのだ。この状況が続くなら廃部させる、と。
廃部の可能性を告げられて彼女達は焦った。故に多少の危険も覚悟で、確実に悪魔が潜んでいるミミクリー家の廃館を調査し、功績をあげようと考えたのだ。
(ここまで頑張って進めたのに、それが部外者を招き入れたせいで終わる? 冗談じゃないわ)
マリーは根っからの探索者、現代で言う所のオカルトマニアだ。彼女にとって悪魔研究クラブは趣味に没頭できる貴重な場であり、同胞と集まって語り合える大切な場だ。
自分の大事な居場所を部外者のせいで台無しにされたくない。そんな想いが、彼女の中に渦巻いていた。
「……お聞きしますが、悪魔を退治する訳じゃ無いんですよね?」
マリーに覚悟を問われたセレナは、レイラの方に顔を向けて尋ねる。
「え? ええ、そうね。むしろ悪魔が現れたら全力で逃げる。それが私達の方針よ」
「そうですか……カエラ」
続けてセレナは、カエラの方を見る。
「はい、なんでしょうか」
「このクラブは好きですか?」
「勿論です! このクラブも、クラブに居る方も、全部が好きです!」
その言葉を聞いたセレナは、分かりましたと言うと改めてマリーの方に目を向ける。
「私も行きます」
「……ッ、なぜ?」
「理由は二つ」
睨み付けてくるマリーに、セレナは二本の指を立てて答える。
「皆さんが悪魔を退治するつもりだったら、私はついて行くのではなく引き留めました。……それと」
カエラを一瞥した後、セレナは言う。
「友達が危険な地へ向かうと知って見送れるほど、私の心は強くありませんので」
「……はぁー」
好奇心ではなく友達を守る為、それが本当に言ってるのだと分かってしまうからこそ、マリーはため息を溢してしまった。
「好きにしなさい。死んでも知らないから」
「ありがとうございます」
もうどうにでもなれと、友達の為に動くセレナを拒む事が出来ない彼女は、突き放した態度で言った。
「……あのー、ここの部長って私なんだけど」
それを側で見るレイラは、どうにも自分が蚊帳の外になってる感が否めずボソッと呟く。
「レイちゃん」
そんなレイラの幼馴染にしてクラブの副部長、エリン・マンハッタンが彼女の肩にポンっと手を置いた。
「エリちゃん……!」
「部長の威厳、かたなしだね〜」
「う、うわあああん!」
いつも通りのんびりとした口調で放ったエリンの一言は、終盤のジェンガみたいになってる彼女のメンタルをブレイクした。




