エピローグ
魔術師との戦いが起こった翌日、ルーク達はロッシュのお見舞いに教会へと訪れた。
「あ、みんな!」
ベッドに横たわる彼は、ルーク達が来ると嬉しそうな表情を浮かべた。
「ロッシュ、調子はどう……ああ、えっと」
ロッシュに話しかけようとしたルークだが、ふと彼の隣に誰かが居る事に気付き、その者と目が合って少し気まずくなる。
「どうやら先客が居るようですね。後にした方が良いでしょうか?」
言葉を詰まらせるルークに変わり、セレナは前に出てロッシュに尋ねる。
「ううん、寧ろみんなに紹介したいな」
「……あ! もしかしてその方はロッシュ様の」
ラベンダー色の髪に琥珀色の瞳、そんなロッシュと同じ特徴を持っている事に気付いたカエラは、思わず声を上げた。
「うん、この人が僕の言っていた兄さんだよ」
「って事は、もしかしてその人……!」
ロッシュが頷いてそう言ったのを聞いて、エリーゼは有名人と会ったかのような反応を示す。
「……ご紹介に預かった。リギル・アークライトと言う」
王国第三騎士団隊長、その人がルーク達の目の前に居た。
「いつも弟と仲良くしてくれてありがとう、これからも仲良くして貰えると嬉しい」
「い、いえ! そんな!」
王国の要人と言っても差し支えない人物に頭を下げられ、ルーク達は慌ててしまう。
「そう頭を下げなくて構いません。ロッシュさんのような方と仲良く出来るのは、私達にとっても嬉しい事なので」
そんな中でも、セレナだけは落ち着いた様子でリギルに話しかけていた。
「そうか、そう言ってくれると俺も兄として鼻が高い……じゃあ、俺はそろそろ行くよ」
「え? もう行っちゃうの?」
挨拶を終えたリギルは、ロッシュに向かってそう言ってきた。
「俺が居ると友人が緊張しちゃうだろう?」
「いえ! そんな事は!」
焦って否定しようとするルークに、リギルは笑って大丈夫だと言う。
「俺は別に気にしていない。自分の肩書きにそれぐらいの影響力がある事も理解している。それに、実はまだ仕事が残っているから早く片付けなきゃいけないし」
やる事が終わったらまた来る。そうロッシュに伝えた後、リギルは部屋から出ようとドアノブに触れた。
「あの、すみません」
直後、セレナが彼の事を引き留めた。
「もう少しだけ待っていてくれませんか? もしかしたら、今すぐロッシュさんの元気な姿を見せれるかも知れませんので」
「……? それは、どういう」
彼女が今から何をするのか分からないリギルは、不思議そうにセレナの事を見た。
「カエラ、教会の方に許可は取れましたか?」
「はい! 快く受け入れてくれました!」
「ありがとうございます。……では」
カエラに確認を取ったセレナは、それからロッシュの側へ行って彼の右肩を優しく触れた。
「いきます」
次の瞬間、黄金色の光がロッシュを包んだ。
「これは……!」
それが治癒の加護による力だとリギルは一瞬で分かった。
まさか、まさか出来るのか? そんな期待が湧き上がるのを止められない。
……そして、その期待が外れる事は無かった。
「どうですか?」
光は一分間ほどロッシュの体を包んだ後、静かに消えた。
「……うん、ありがとうセレナさん」
ロッシュはそうなる事が分かっていたように、落ち着いた様子でセレナに感謝する。
「ロッシュ!」
その表情を見たリギルは居ても立っても居られず、ロッシュのもとへ駆け寄った。
「大丈夫か? 肩の調子は?」
「大丈夫だよ兄さん、そっちもバッチリ」
ちょっと借りるねと、ロッシュは置いてあったリギルの剣を持ち上げ、怪我をしていた右肩の腕で軽く振ってみせた。
「ほら、なんともない」
「……!」
本当に治っている。それに気付いたリギルは、思わず隣に居たセレナの両肩を掴んだ。
……この時の彼女の心情も語る事は可能だが、流石に無粋なので止めておこう。
「本当に、本当に感謝するッ!」
右肩の傷が酷く、剣を持てないかも知れない。そう事前に教会の者から聞いていた彼は、今の今まで気が気でなかった。
高位の治癒の加護を持つ者ならその心配も無いが、そんな者が当たり前に居るのは聖都エルティナの人間くらいだ。少なくとも、この近くには居ない。
「大袈裟かも知れないが、君は恩人だ!」
しかし、その心配は一瞬にして消えた。他ならぬ、ロッシュの友人のお陰で。
「……いいんです。私には解決できる力があったから、それを使ったまでです。それにロッシュさんは……カエラを命懸けで守ってくれました」
そう言ってセレナは、視線をロッシュの方へと向けた後、続けてルーク達一人一人の顔を見ていった。
「ロッシュさんだけじゃありません、カエラもあの時の戦いで皆を助けたと聞きます。それはルークさんやエリーゼさんも同じ事で……私も何かしなきゃ、皆さんの友達として恥ずかしいじゃないですか」
セレナの言葉に、皆が例外なく心打たれた。
「……そうか、そうだな。ロッシュの恩人は、君だけじゃなかった」
そう呟いたリギルは立ち上がり、姿勢を正してルーク達に顔を向ける。
「ロッシュを助けてくれて……そして、ロッシュと共に戦ってくれて、ありがとう」
リギルは深々と頭を下げる。今度は誰も、それを止めなかった。
「……ロッシュも」
そしてじっくり数秒ほど頭を下げ続けた後、彼はロッシュの方に振り返る。
「よくぞ友達を守り切った。一人の騎士として、そして兄として、お前の事を心から誇りに思う」
「……っ!」
兄に褒められた事は何度もある。その時も嬉しいと思い続けた。だけど今回の言葉は、
「うん、兄さん……ありがとう!」
もっともっと特別で、心は沢山の喜びに満ちていた。




