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悪魔

「うーん、取れる情報って言ったらこれぐらいか」


 彼はそう呟くと、男の頭から手を離した。


「縮地、迷宮化……うーむ、いらんなぁ」


 男がルーク達と戦っている所をコッソリ見ていたので、こうなる事は彼も薄々分かっていた。


「あったら役立つんだろうけど、これをマスターする為に時間は掛けたくないし」


 もしこれで自分の目的に使える魔術を持っていたら全力で修得する所だが、残念ながら自分の目的に地形操作の魔術は本当に使えない。


「けど魔術の基礎知識辺りは、俺の知らない事も結構あるな」


 これなら応用が効くし、学んでも無駄になる事は無いだろうと彼は頷く。


「うんうん! 師匠以外の魔術師は初めて見たけど、魔術の見識を一気に深めるのに最適だな」


 どうせ居なくなっても、裏の人間だから表沙汰になる事も無い。これから魔術師を見つけたら積極的に狙っていこうと彼は思った。


「いやホント魔術って便利だなぁ、お陰で加護も強化できたし」


 魔術とは、加護の力を独力で発揮させる為の技術だ。その為、魔術の知識を駆使して加護を行使すれば、必然的に加護の力も強まる。ただし、そんな事が出来るのは加護と魔術のどちらも持つ彼ぐらいだが。


「いやでも、こう思えるのは師匠の教えてくれた魔術が当たり(・・・)だからか」


 彼の扱う魔術は、精神干渉。相手をラジコンのように思うがまま操る事は出来ないし、軽い気持ちで心を読む事も出来ないが、それでも非常に汎用性の高い魔術だ。なにより彼の目的と合致する力を秘めていた。


「やっぱ時代は魔術だわ! 魔術しか勝たん! 魔術を究める事こそ理想の嫁を生み出す近道なり!」


 彼の目的は、理想の嫁をこの世に誕生させる事。その嫁の人格面を形成するのに、精神干渉という魔術はこの上なく使える力なのだ。


「そういや、魔術協会ってのがあるんだな」


 ふと、彼は男から得た情報の中に耳寄りな話があった事を思い出す。

 少し前に魔術協会が壊滅し、その生き残りが至る所に潜伏している可能性があるという、そんな話を。


「魔術師狩り……アリだな」


 理想の嫁の体現に一気に近付けそうな気がして、彼は思わず笑みを浮かべた。


「ひとまず師匠には相談しとくか」


 あまり過去を語ってくれないが、どうせあの人も魔術協会に居た口だろうと思い、彼は今後の行動を練りながらその場から去っていく。


……悪魔が笑う宵闇の刻は、こうして過ぎていった。


▼▼▼


 その日、リギル・アークライトは怒りに燃えていた。


 若くして王国騎士団の隊長に昇格した彼は、その実力もさることながら器量の良さでも知られている。

 常に礼儀正しく、皆を正しい道へ導こうと意識をし、加えてそれが可能な程の能力も持ち合わせている。そんな、実力が無くても騎士として十分過ぎる資質を持つ人間だった。


 そんな彼が激情に駆られる姿は、騎士団の誰も、関わりの多い直属の部下でさえ今まで見た事が無かった。


「……ッ」


 そんな彼は今日、抑えきれない激しい怒りを見せていた。


「リ、リギル隊長」


 直属の部下である女騎士に呼びかけられたリギルは、ハッとした表情を浮かべると慌てて怒りを鎮めた。


「……すまない、部下の居る前で見せる姿じゃ無かった」

「い、いえ! ご家族が被害に遭われたのですから、無理もありません! ……それで、その、弟殿の容態は」


 彼らは現在、王都にある大きな教会に訪れていた。

 教会には治癒系統の加護を持った人間が最低一人は常駐しており、怪我人は教会で治癒して貰うのが、この国の常識だった。


 だが、全ての教会に治癒系統で高位の加護を持った者が居るとは限らない。というか、高位の加護を持つ者の方が少ない。

 昨夜、魔術師との戦いで大怪我を負ったロッシュは、ルーク達の手によりすぐ教会へと運ばれた。しかし常駐していた人間の治癒の加護では、怪我した箇所が多く全てを治せず、加えて右肩の深い刺し傷も完治には至れなかった。


 時間を掛けて治癒する必要がある。そんな重傷のロッシュの存在をリギルが知ったのは、今朝方の事だった。


「かなり酷い怪我だった。特に肩の刺し傷は深くて、時間を掛けて治癒しても両手で剣を持てるかどうかなんて言われたよ」

「そんな……」


 それを聞いて部下の女騎士は青ざめる。彼女はリギルの弟が王国騎士団に入ろうと頑張っている事を、リギル本人から良く聞かされていた。

 そんな大切な弟が剣を振れなくなる。何度も苦難を乗り越え続けた弟が、あまりに惨い形で騎士の道を閉ざされてしまう。


「……けど」


 しかしリギルは次の瞬間、穏やかな表情を浮かべて話し出した。


「俺が到着した少し後、ロッシュの友達がお見舞いに来たんだ」


 友達がお見舞いに、そう言われた彼女は確かに四人の子どもがやって来ていたなと頷く。


「俺は邪魔にならないよう、挨拶した後にすぐ出ようとしたんだ。……そこからだよ」


 リギルはそっと目を閉じる。あの時の光景は、今でも鮮明に思い出せた。


「ロッシュの友達の一人が治癒の加護を持っていてね。それでその子がロッシュの怪我を治したんだけど……治ったんだ、完全に」


 少女の手から放たれた黄金色の光がロッシュを包み、瞬く間に怪我を癒す、そんな光景を。


「ほ、本当なのですか!?」

「ああ、肩の傷も無くなって、試しに剣を持たせてみたんだけど問題なく振れた」

「それは……!」


 女騎士はロッシュの怪我の具合を見てはいない。しかしリギルの様子から察するによほど酷く、そしてそれを完治させた者はかなり高位の治癒の加護を持っているのだろう。


「加護だけじゃなく、人柄も素晴らしい子だった。それは他の子達にも言える事で……やっぱり、ロッシュは人に恵まれてるなって思ったよ」


 兄として誇らしい。彼の晴れやかな笑顔は、暗にそう言ってるようだった。


「……あっ、そ、そうでしたリギル隊長!」


 暫くその姿に見惚れていた彼女だったが、すぐに重要な報告があった事を思い出す。


「例の魔術師が見つかったそうです」

「ッ! ……そうか」


 報告を聞いたリギルは、少し表情を強張らせて尋ねる。


「場所は?」

「王都にある狭い路地裏です。詳細な話は外に待機させてある者が知っています」

「分かった。すぐに向かおう」


 弟の怪我は完治したが、それで魔術師への怒りが収まる事は無い。


(もし抵抗してくるなら、その時は存分に報いを受けさせるッ!)

「それで、なんですが」


 戦意を高めるリギルに、女騎士は報告に来た騎士から追加で言われた事を話をした。


「その、私自身も良く分かってないのですが、どうもその魔術師、様子がおかしいそうなのです」

「……?」


 微妙な表情を浮かべる彼女を見て、リギルはどういう事だと首を傾げた。


……その意味を理解できたのは、件の魔術師を実際に見た時だった。


「…………なんだ、これは」


 路地裏の奥底、そこで魔術師は壁際に座り込んで項垂れていた。


「……う、……ぅあ、……あぁう」


 その男は何をするでもなく、眠っている訳でもない。充血した目を見開かせて虚空を眺め、口はダランと開きっぱなし。言葉を発さず、定期的にくぐもった声を出すのみ。


 それから数日、男の身柄を拘束した騎士団は情報を吐かせる為、正気に戻るのを待った。しかし一向に男の容態は変わらないままだった。


 一週間後、男は夜中に突然暴れ出した。暴れると言っても魔術を行使する訳じゃなく、ただひたすらに暴れ続けた。

 何をしても暴れ狂う男は、それから丸一日暴れ続けて、そして死んだ。


 いったい男の身に何が起きたのか、騎士団にそれを知る術は無い。ただ、唯一の手掛かりとして男が暴れる最中に喋り続けた言葉がある。


 悪魔だ。悪魔がいる。悪魔がきた。




 アレは悪魔だ。

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