それは天使か、悪魔か、童貞か その2
「なっ!?」
突如自身に向けて放たれた衝撃波。回避する暇なんて無く、そのまま吹き飛ばされる。
……少なくとも、そう男は思っていた。
ルークは衝撃波を受ける直前、異常な速さで横へと飛び退いて回避したのだ。
「チッ、外したか」
しかしルークの不自然な挙動を見ても男は動じない。そういう力を持っているのだと当たり前に受け入れていた。
「……先輩、今のは冗談じゃ済みませんよ」
「だったら大人しく引っ込んだらいいじゃん」
責めるように問うたルークだが、男は悪びれる様子もなく言い切る。
「ちょっとあんた、ルークに何を!」
突然の凶行に周りは大きく騒つき、エリーゼも怒りを露わにして前へ出ようとする。
「下がっててエリーゼ!」
しかしルークは、そんな彼女に動かないよう強く呼び掛ける。
「でも!」
「俺は大丈夫だから! エリーゼは近くに居る先生を呼んで来て欲しい」
「ッ、分かった!」
無茶しないでねと、エリーゼは最後にそう言ってその場から離れた。
(……ああ言ったけど、正直危なかった。まさか加護を使ってくるなんて)
男の不意打ちを見事に回避して見せたルークであるが、その内心では焦っていた。
加護、神を信仰する事で手にする超常の力。男の手から衝撃波が放たれたのも、ルークの不自然な加速も、全ては加護の力である。
「先輩、ここまで騒ぎが大きくなると言い逃れは出来ません。先生が来るまで待って下さい」
得られる加護の力は千差万別だ。男の持つ加護は衝撃波を放つ力と形容したが、果たしてそれが正しいのかも分からない。
ルークは戦闘にそれなりの自信を持ち、少なくとも目の前の男に負けるとは思っていない。が、加護を使ってくる以上、思わぬ反撃を喰らう事も十分あり得る。
「……うるさい」
頼むから大人しくして欲しい。そんなルークの願いは、あっさり砕けた。
「うるさい、うるさい! もう後がないんだ。せっかく王立学園に入学できたってのに、いい思いの一つも出来ちゃいない!」
余裕たっぷりな笑みを浮かべる甘いマスクから一変、危機迫った表情はまるで幽鬼のようだった。
「最後ぐらい……最後ぐらい……!」
男は右手を前に出し、手のひらを上に向ける。すると手のひらの空気が揺らぎ始めた。
「俺にいい思いさせろォ!!!」
「ッ!」
男は出来上がった空気の塊をルークにぶつけるように、右手を思いっきり振りかぶった。
(不味い回避を……イヤ駄目だ!)
もう一度飛び退いて避けようとした直前にルークは気付く。一度目の攻撃を回避した時、運悪くナンパされていた少女の前に来てしまっていたのだ。
このまま避ければ代わりに彼女が傷付いてしまう。そう考えたルークは、己の加護を再び発動した。
(【アクセル・ワン】!)
両腕を前に出して、一歩前進する。瞬間、彼の肉体は一瞬だけ急加速した。
「〜ッ!」
前に勢いよく進んだ事で、後ろへ吹っ飛ばされる事は無かった。しかし攻撃に自分から向かう形で真正面から突っ込んだ為、ルークの両腕からは鈍い音と共に激痛が走る。
「……フンッ!」
そのまま崩れ落ちそうになるが、気合いでなんとか持ち堪えた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「な、なに粘ってんだ! クソッ、さっさと倒れろ!!!」
まともに攻撃を喰らったのに倒れないルークを見て男は怖気付き、その怯えを誤魔化すように続けて攻撃を仕掛けようとする。
「───そこまでだ!」
しかし、男の凶行がこれ以上続く事は無かった。
「ふ、風紀委員」
「これ以上、ここでの騒ぎは許さない」
男の暴走に待ったをかけたのは、服装がきっちり整っている四角いメガネを掛けた少年であった。
男はその者を見て畏怖の視線を向けるが、向こうは構わず話を進める。
「ローグ・ボンロード、お前はまだ停学処分中の筈だ」
「……」
「言った筈だ、次に問題を起こせば退学処分を受ける事になると。……まさか、入学式の日に問題を起こすほど愚かだとは思わなかったが」
風紀委員の男を見る目は何処までも冷え切っており、侮蔑の感情がありありと伝わってきた。
「覚悟しておけ、退学処分だけで済むと思うな」
そして最後にはっきりと、男に向けて断罪の言葉を述べた。
……この場に居る者は皆、理解する。この瞬間、彼は終わったのだと。
「ふ、ふざけん───」
当の本人は理解を拒み、コチラを見下し続ける目の前の風委員に先ほどのような空気の塊を放とうと手のひらを向ける。
「───言った筈だ。これ以上の騒ぎは許さないと」
しかしその直前、男の腕が一瞬の内に石化する。
「う、うわあああ!?」
「安心しろ、暫くしたら治るよう手加減している」
男は動かなくなった自身の腕を見て錯乱する。もはや戦う意志など残っていなかった。
(……す、すごい)
一部始終を間近で見ていたルークは驚嘆する。瞬時に石化できる加護の強さもそうだが、それを手加減しているとは言え躊躇いなく人に向けれる度胸にルークは驚いた。
「ルーク!!」
半ば放心していたルークに、エリーゼは焦燥に駆られた様子で駆け寄ってきた。
「あ、エリーゼ」
「大丈夫!? 怪我は!!?」
「う、うん大丈夫。それよりありがとうエリーゼ、あの人を呼んで来てくれて」
彼がやって来なければどうなっていた事か。そう思ったルークは感謝の言葉を述べる。
「そんなの今はどうだっていいでしょ! もうっ、本当に無茶するんだから!」
「ご、ごめん、けどあのまま見過ごすなんて出来なくて」
「だからって一人で体張る事ないでしょ! 本当に……心配、したのよ」
「エリーゼ……」
彼女がどれだけ心配していたのか。頬に伝う涙を見てルークはそれを理解し、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「「……」」
ちょっぴりしんみりした空気が二人の間に流れる。
「あのー」
そんな二人の間に割って入る者が居た。