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その心を支えるもの

「ぐあああ!!?」

「ロッシュ様!」


 激しい痛みがロッシュを襲う。男がナイフを抜けば、彼の肩からは血が勢いよく吹き出た。


「やぁっと当てれたよぉ」

(わ、私が、無力なせいで)


 カエラはロッシュの痛みに悶える姿を見て絶対する。ようやく攻撃を当てれて満足そうにする男を前に、何も出来ないまま。


「けど手負いの戦士は怖いからねぇ……先にこっちをやるかぁ」

「あ、あああ」


 カエラに戦う力は無い。彼女の持つ加護も、今のところ使えそうにも無い。


「君ら宗教家は教義だなんだとうるさくて鬱陶しいからねぇ、その一人を殺せるだけでもスッキリするよぉ」


 何も出来ない。こんなにも隙だらけなのに、カエラは男に対して反撃を仕掛ける事すら出来ない。

 そして結局、カエラは何も出来ないまま男にナイフを突き立てられて、


「まずはひとぉり」


───死


「させない」


……男がナイフを振り下ろす直前、ロッシュは男目掛けてタックルした。


「ぐぉ!?」

「ぐっ!」


 不意打ちで受けたタックルに男は飛ばされる。しかしロッシュも無理な態勢でタックルを仕掛けた為、そのまま地面へ倒れてしまう。


「ロッシュ様!!」

「カエラ、さん、大丈夫です」


 ロッシュは右肩を押さえながら立ち上がる。そして刀を持ち直し、片手だけで持ってみて試しに一振りする。


(やっぱり、かなり不安定になっちゃうな)


 ただでさえ慣れていない武器なのに、本来は両手持ちで扱う所を片手持ちで振るのだ。


(……よしっ)


 それでも、やらなければならない。果たさなければならない。


「カエラさん、僕から離れないで下さい」


 瞬間移動持ちに逃げる事はほぼ不可能だ。そしてカエラに距離を取って貰って安全な位置に居座らせるというのも、同じ理由で出来ない。


 右肩を負傷し、加護はカエラを巻き込むので使えない。かと言ってカエラの側から離れる訳にもいかない。

 こんな状態で勝てる訳ないとロッシュ自身も分かっている。けど、やるしかない。


(僕はもう、諦めたりなんかしないッ!)


 騎士として、カエラの友達として、彼は目の前の敵を見据えた。


▼▼▼


 ロッシュ・アークライトは幼き頃から騎士を目指している。しかしその道は苦難の連続で、彼は何度も挫折を味わってきた。


 騎士爵の家に生まれた彼が最初に騎士を目指そうと思ったのは、兄の影響だった。

 強く、優しく、そして気高い。そんな騎士としての才覚を十分に発揮していた人間である。


 兄のような凄い人間になりたい。そう思ったロッシュは、彼と同じ騎士の道を進もうと決めたのだ。

 兄もロッシュの夢を応援し、忙しい中でも合間を見てロッシュの訓練の手伝いをした。それは大好きな兄との数少ない交流でもあり、より一層騎士になろうと思う要員になった。


……だが、成長するにつれて体が出来上がっていくと、周りの人達はロッシュに騎士の道を諦めるよう勧めた。


 ロッシュは頑張った。毎日欠かさず鍛錬を積んだ。……しかし、その成果が肉体に現れる事は無かった。


 彼は非常に筋肉が付きにくい体質だった。同年代の男の子と比べて体は細く、容姿も女の子と見紛うほど。そのせいで余計に周りから言われてしまうのだ。

 騎士には向いていない。その言葉はロッシュの心を何度も突き刺し、いつしか活発だった性格も控えめとなり、日に日に剣も握らなくなってきた。


……塞ぎ込む彼に再び騎士の道を歩もうと思わせてくれたのは、とある一人の女の子だった。


 名前も知らない彼女が掛けてくれた言葉は、ロッシュの心に火を灯し、再び剣を握らせた。


 それからも彼は頑張った。頑張り、頑張り、頑張り続けた。その度に何度も挫折を味わったが、その度に周りの人達は立ち上がらせてくれた。


 どうしても筋肉が付かず悩む彼に、兄は魔力強化という手段を教えてくれた。

 知り合いの居ない学園で周りの目に怯える彼に、ルークは普通に接してくれた。


 そして未だに周りの目に怯え、剣術クラブに入る事が出来なかった彼に……あの時の少女、セレナがもう一度同じように優しく導いてくれた。


「───はぁ、はぁ、はぁ」


 ロッシュ・アークライト。何度も挫折を経験し、それと同じ数だけ周りに助けられた彼は今日、友を助ける為に何度でも立ち上がり続ける。


「……なんだよ、なんだよお前ぇ!!」


 右肩の刺し傷から始まって、今やロッシュは全身の至る所に傷が出来ていた。


「ロ、ロッシュ様」


 カエラは自分の無力さを呪いたかった。自分を守る為にロッシュはこんなに無茶をしているのに、自分は何もしてやれない。


「もう戦っても無駄だろうがぁ! なんでそこまでするんだよぉ!?」

「……」


 あれから三十分、ロッシュは戦い続けていた。状況は悪くなる一方で、どんどんロッシュの動きは鈍っていく。


「ああ、分かったぞぉ。この迷宮の効果が切れるのを待ってるんだなぁ?」

「……」

「確かにこんな大規模な事、維持するのにも力が要ると思うだろうねぇ。けど残念! 僕の迷宮は大元を破壊しない限り永続するのさぁ!」


 男の言った通り、この迷宮は結界を作り出している四つのアイテムのどれか一つを破壊する必要があった。結界さえ存在すれば、迷宮は維持される。


「そっか、その手もあったね。盲点だったよ」

「はぁ?」


 それを聞いたロッシュは、確かにそうだなと静かに頷いた。


「……まさかッ、他にも策が!」

「そんなのじゃないよ。僕はただ、信じているだけ。信じて、信じて、戦い続けただけ……君もそうだよね」


───ルーク


「……うん、俺も信じていたよ」

「なっ!?」


 その時、男の背後から声が聞こえた。


「お前ッ、なんでここゴァッ!!?」


 完全に不意を突かれた男は、振り向き様に顔面へ拳を叩き込まれた。


「ロッシュ! カエラ! 大丈夫!?」


 その後ろから遅れてエリーゼがやって来て、ロッシュとカエラのもとへ駆け寄る。


「ルーク様! エリーゼ様!」

「時間が掛かってごめん! ちょっとロッシュの事を見てて!」

「あ、わ、分かりました!」


 エリーゼにそう言われたカエラは、崩れ落ちそうになるロッシュを慌てて抱き抱えた。


「なんで、なんで来るって分かったんだッ!!」


 男は信じられなかった。流石に時間を掛けすぎたし、いつ合流されても可笑しくないとは思っていた。それは納得できる。

 分からないのはロッシュの様子だ。あそこまで粘り続けていたのは、どうやら仲間が来るまでの時間稼ぎだったらしい。それは分かる。しかしロッシュは最初から最後まで、絶対に来ると分かっていたかのように彼は諦めなかった。


 なぜ、どうして、ロッシュは手遅れになる前にルーク達が来てくれると確信していたのか。男は思わず問いただしていた。


「……さっき、答えた筈だよ」

「そうだね、そしてそれは俺にも言える事だ」


 その問いにロッシュと、そしてルークが続けて答える。


「ルークなら来てくれるって」

「ロッシュなら持ち堪えてくれるって」


「「そう、信じていたから」」


……それは、あまりに単純で明快な内容だった。


 信じていたから諦めない。


「……ッ! どこまでもイラつかせる奴らだなぁ!」


 それを男が理解する事は、無かった。

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