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未熟で半端な騎士の卵

「エリーゼ、大丈夫?」

「う、うん、ありがとう」


 若干声を震わせながら、エリーゼは答える。

 気丈に振る舞ってはいるが、彼女はルークと違って剣術試合のような模擬戦すらした事ないのだ。目の前でナイフを向けられて怖くない筈が無かった。


「さっきから助けられてばっかりだからね。俺も命懸けでエリーゼの事を守るよ」

「……〜〜〜(もう、バカ)


 場違いなのは分かっている。けれど、頬を紅潮させる事をエリーゼは止める事が出来なかった。


「はぁ、はぁ……ク、クソォ!」


 ことごとく攻撃を防がれ、やられっぱなしでいる男は思わず悪態を付いてしまった。


 無力な獲物だと思っていた。まともな武器も持っていなかったし、なにより子どもだ。元居た組織では後方支援を担当していたが、それでも戦場を知らない奴らに返り討ちされる訳ないと彼は思っていた。


(こんな所でぇ……こんなガキにぃ……やられてたまるかぁ……!)


 一週間前、男が所属していた魔術協会は聖騎士隊に襲撃された。男は真っ先に逃げ出した為、その後どうなったか分からない。だが聖騎士隊の強さと執念深さを良く知る男は、きっと壊滅してしまったんだろうと思っている。


 臆病風に吹かれて逃げ出した彼だが、後から同胞も逃げれるよう魔術で脱出経路を作っていたので義理は果たしたと考えている。


(十年だ。十年も姿を隠せばアイツらだって諦める筈なんだぁ……!)


 聖騎士隊と王国騎士団は折り合いが悪いという事を知る彼は、逃亡先に王都を選んだ。そこで人間の死体を用意し、決して自分のもとに辿り着けない大迷宮を作り出す魔術を発動しようと企てた。


 魔術師に対する執念が桁違いな聖騎士隊が相手だったら準備も間に合わないだろうが、王国騎士団が相手なら行けると踏んだ。


(……悔しいがコイツらは後回しだ)


 なにも皆殺しにする必要は無い。他に居た二人を殺して後は見逃し、次の獲物が来るまで待つという手が男にはある。

 逃がす事によるリスクは高いが、逃げと撹乱に特化した自分の魔術なら大丈夫だと彼は判断した。


(……二回、あと二回まで【迷宮化】が使える)


 男は作り出した結界の内部を迷宮にし、入った者を迷わせる事が出来る。ルーク達が見知らぬ場所に来たと思ってしまったのは、その結界内に入り込んでしまったからだ。


 そして男は、結界内の迷宮の構造を作り直す事も出来る。その効果に付随して、自身を迷宮内の好きな場所へ移動させるという事も可能だった。


(合流される前に、あっちの二人を片付ける!)


 男は決断すると、手のひらを地面に当てた。


「ま、不味いッ!」


 何をするのか察したルークは急いで男のもとへ向かうが、もう遅い。


「きゃっ!?」

「くそっ!」


 地面が大きく揺れ始める。ルークがそれ以上男に近づく事は叶わず、揺れが収まった頃には男が消えていた。


「やられた」

「ルーク、もしかして」

「うん、あの男は多分、ロッシュ達の方へ行った」

「ッ! 探すわよ!」


 最悪の光景が目に浮かび、エリーゼは居ても立っても居られなくなった。


「そうしたいけど、どこに居るのか」

「うっさい! 考える暇があったら走るのよ!」


 先に攻略法を考えるべきだと言おうとするルークだったが、


「……うん、そうだね!」


 そもそも二人とも魔術に対する知識が無さすぎて考察なんて出来ないと思い直し、その言葉を飲み込んで駆け出した。


▼▼▼


 分断されてしまったロッシュとカエラ。二人は暫くその場に留まっていたが、いつまで経ってもルークとエリーゼが戻ってくる様子が無い為、自分達から探しに行った。


「ッ! さっきと同じ揺れ……!」


 道中、突如として地面が大きく揺れ始めた。


「こ、これはもしや!」


 大地震の直後に起こった出来事を知る二人は、ルークとエリーゼが戻って来たのかも知れないと希望を抱く。


「───はぁ、はぁ」


 だが、それは黒いローブを着た男が目の前に出現していた事で一変する。


「ま、魔術師!」


 男の他に人は見当たらない。ルークも、エリーゼも。


 まさか二人は……そんな考えがカエラの脳裏によぎる。


「……かなりの怪我をしている」


 しかしロッシュは、そんな状況でも努めて冷静に目の前の敵を観察した。


「カエラさん、大丈夫だと思う」

「え?」


 そして自分達が知らない間に何が起きたのか、なんとなく理解する事が出来た。


「多分アイツは、標的をルーク達から僕達に変えたんだ。その理由は、ルーク達が想像以上に手強かったから」

「で、では!」

「うん、ルーク達は無事だと思うよ」


 それを聞いたカエラは酷くホッとし、思わず安堵の息を漏らした。


「……随分と好き勝手言ってくれるねぇ、自分の身を心配した方が良いと思うよぉ?」


 男は縮地を使い、ロッシュの目の前へと立つ。


「こんな風にぃ!」


 そしてナイフを振り下ろす。魔力強化でスピードを最大限まで高め、防御の隙を与えないほど速く、正確に、ロッシュの心臓を、


「心配なんてしない」


……その一撃は、ロッシュが刀を振るう事であっさりと防がれた。


「なっ!?」

「僕がするのは、戦う覚悟だけだッ!」


 そのままロッシュは、流れるように男へ蹴りを入れた。


「ぐっ!」


 その蹴りは細身のロッシュが放ったとは思えないほど重く、男はたまらず後ろへ退いた。


「カエラさん、下がってて」

「わ、分かりました」


 刀を構え、眼前の敵を睨みながら、ロッシュは後ろに居るカエラへ呼び掛ける。


(このガキィ……いつから魔力強化を)


 音が縮地を使う前まで、確かにロッシュは魔力強化をしていなかった。しかし今では全身にオーラを纏わせている。


(まさか、あの一瞬で?)


 魔力強化を施す際、その行為に意識を集中させる必要がある。魔力強化の行使に意識を切り替える時間や発動までの時間、それが如何に短いかでその者の魔力強化の練度が分かる。

 ロッシュの魔力強化の練度は、前線で戦う正規の騎士にも匹敵する。それは彼の努力の結晶に他ならなかった。


「ハァッ!」


 ロッシュは前へ出て、手に持つ刀で男に切り掛かる。それを男は、すんでの所で回避した。


「チィッ!」(魔力強化だけなら向こうが上だ。だが……)


 男は指を鳴らし、対象の足元を揺らして行動不能にさせる【震縛(しんばく)】を発動する。


「……ッ!」

「貰ったぁ!」


 揺れに耐えきれず大きな隙を晒したロッシュに、男は彼の横っ腹目掛けてナイフを振るう。……しかし、


(な、なんだコレッ!?)


 振るったナイフがロッシュの体に当たる直前、不自然な力が加わり軌道を逸らされ、彼の衣服を掠め取るだけに終わった。


「……やぁッ!」

「くそっ!」


 なんとか二撃目を入れようとするも、その前に体勢を整えたロッシュが攻撃を仕掛ける。

 男は体を逸らしてギリギリの所で刀を避け、咄嗟にロッシュの腕を掴む。


(よしっ、この状態なら武器を振れなッ!?)


 直後、ロッシュの腕を掴んだ男の手から無数の切り傷が出て来た。


「ぐぅぅ!」


 致命傷には至らないが、鋭い痛みに耐えかねて男は思わず掴んだ手を離した。


「……なるほどぉ」


 そのまま後ろへ飛び退き、男は一体何が起きたか理解する。


「それが君の加護かぁ」

「……」


 男のナイフがロッシュの体に当たる直前に感じた謎の力、その正体は風だった。そして無数の切り傷の正体も同じく風である。


 全身に風を纏う。それがロッシュの加護の力だった。


「さながら風の鎧だねぇ」


 ちょっとした攻撃なら突風を叩き付けて軌道を逸らし、敵に密着されても無数の風の刃で逆にダメージを与える。


「なるほど厄介、非常に厄介だぁ……けどぉ」


 自分の身を守る事に特化した加護、故に存在した弱点に男は気付き、思わず歪んだ笑みを浮かべた。


「その加護、対象は選べないでしょぉ?」

「……っ!」


 一度発動すれば、風の鎧は自動でロッシュの事を守る。例え近づいた者が仲間であっても、加護は等しく風の刃を叩きつける。


「つまりぃ」

(ッ、気付かれた……!)


 男の視線がカエラに向かったのを見て、ロッシュは咄嗟にカエラのもとへ駆け出す。


「味方の近くじゃ使えないって事だぁ!」

「ひっ……!」


 男は縮地を使ってカエラの目の前に現れる。


「やめろ!」


 絶対に傷付けさせるかと、ロッシュは男に切り掛かった。だが直前、男は指を鳴らした。


「ぐぅ……!?」

「ほらやっぱりぃ」


 震縛が発動し、ロッシュは体の自由を奪われる。


「加護を切ったぁ!」


 そして男は、ロッシュの右肩にナイフを突き刺した。

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