洒落たお店
「うーん……」
「どうかしましたか?」
エリーゼが向かったカフェに向かうと、彼女は店内に入らず、ルークと二人で店の前にある看板をジッと睨んでいた。
「ああセレナ、さっきは置いていってごめん」
「いえいえ、構いませんよ。それで、先ほどから看板を見てますが」
「ええ、ちょっとこれを見て欲しいの」
そう言ってエリーゼとルークは看板から離れ、他の三人に見るよう促した。
「こ、これは……」
「えっと……うん?」
そして看板を見たカエラとロッシュは、あまりの異様さに困惑が隠せなかった。
看板には、この店で出される商品のメニューが記されていた。
どうやら飲み物を中心に売っているらしく、実際に店内で客が飲んでいる物を見てみれば、従来の飲み物から掛け離れたビジュアルであり、飲み物というよりスイーツといった印象を受けた。
そんな豊富にある飲み物達の名前は……なんというか、実に個性的で長文だった。
「ダークモカ……えっと、本当に飲み物の名前?」
「長くて言うのが大変ですね。……あ、これなら言えます! キャラメル○○○○○○! どんな飲み物か想像付きませんが」
メニュー欄に綴られた名前の横には、それぞれ飲み物のイラストが描かれている。恐らくどんな飲み物か伝えているのだろう。だが、それにしても奇妙な名前をしているせいで味を想像するのが難しかった。
「それだけじゃないんだ。此処に書いてあるのは恐らく飲み物の大きさについてなんだろうけど」
「……この国の言葉じゃない?」
「うん、バロウズ商会の現会長は様々な異国の地を旅して見聞を広めたって噂があるし、きっとこのカフェという店は異国の店を基にしたんだと思う」
そう言ってルークは指差しながら、自身の考察を皆に伝える。
「飲んでる人達を見るに美味しいんだとは思うわ。……けど、ちょっとハードルが高くてね」
「そうですね。エリーゼ様の気持ち、凄く分かります」
難しい表情でエリーゼは言う。それに皆も深々と頷いて同意を示す。
「うぅぅ……! 絶対に美味しいって分かる物が目の前にあるのに!」
こんなにも人が集まっているのに誰一人として店内に踏み入る事が出来ない。カフェ、なんと恐ろしい場所か。
「……あの、頼みにくいなら私が代わりに注文しましょうか?」
……いや、居た。一人だけ、このメニューを見ても臆せず入る事が出来る勇気ある者が存在した。
「ッ!? セ、セレナ、注文できるの?」
「はい、皆さんがどれが良いのか分からないので、適当な物を注文する事になりますが」
「もしかして前にも来た事が……?」
「いえ、人伝で聞いただけです。ですが皆さんの様子を見るに、私の方がカフェについて理解しているそうなので」
エリーゼとルークの質問に、セレナは淀みなく答える。自然体で、まったく緊張した様子が無い。サラッと言ってのける彼女の姿に、皆が頼もしさを感じた。
「セ、セレナ様だけ行かせる訳にはいきません! 私もお供します!」
「ぼ、僕も行きます!」
その頼もしさに触発されてか、カエラとロッシュが思い切ってそんな事を言う。
「無理をしなくて良いんですよ。注文するだけなので、一人でもいけます」
しかしセレナは、その提案を一蹴する。
「それでは、行ってきます」
そしてそのまま注文をしにカフェの中へと入る。
「あ……」
カエラは思わずセレナの手を掴もうと腕を伸ばして、直前で引っ込める。情けないが、自分が行った所で足を引っ張るだけだと理解していたからだ。
「くっ……!」
たった一人でカフェに向かうセレナを後ろ姿を見て、ルークは悔しさから歯を噛み締める。なんて弱い奴だと、彼は自分を責める。
「「……」」
他の二人も無言でセレナの後ろ姿を見続ける。皆、考える事は違えど己の無力さを嘆いていた。
(……あの子達、何してるんだろ?)
その頃、店の前で悲観に暮れるルーク達を見てカフェの店員は首を傾げていた。
「すみません、|○○○○○○○○《呪文のような言葉の羅列》を一つ下さい」
「あ、はい、かしこまりました」
「それと他にも───」
セレナは無事に飲み物を全員分注文し、それを皆に分け与えた。
初めて飲んだカフェの飲み物は、とても美味しかったらしい。
▼▼▼
「うーん、気になるとこ多すぎっ! もうお腹いっぱい! でも満足っ!」
「あはは、堪能したようでなによりだよ……ウッ」
「私も、皆さんと一緒に色んな物を食べれて満足です……うぷっ」
あれから六件ほど店に赴き、様々な料理を食してきた。どれも見た事のない料理ばかりで、しかもどれもが美味しいときた為、ルークとカエラは後先考えずに食べ過ぎてしまった。
「みんな今日は付き合ってくれてありがと。私はもう満足したから、誰か他に行きたい所があったら付き合うわ」
「あ、じゃあ本屋を見に行きたいです。……ただ、その前に少し休憩させて下さい」
「う、うん、俺も少し休みたいかも」
「な、なんかごめんね?」
ひとまず食休みをする事に決めたルーク達。その頃、ロッシュは一人で近くの武器屋に寄っていた。
元々、バロウズ商会は冒険や戦いに役立つ商品を中心に売っていた。方向性を大きく変えた今でもその名残りは残っており、バロウズ商会の武器屋には豊富な武具が揃っている。
「……」
並べられた武具の中、ロッシュはある武器が目に留まった。
分類としては剣で、この辺りじゃあまり見ない片刃である。だが、ロッシュは未だかつてこのような剣と出会った事がない。
刀身は細く、重厚感は無いがスリムで軽やかさがある。ポッキリ折れるのではと心配になるほど薄い刃は、逆に凄まじい切れ味を持つ事を予感させた。
「……綺麗」
なによりロッシュが心を惹かれたのは、刀身を波打つ模様である。剣とは戦う為の武器であり、それ以上もそれ以下もない。そう考えていたロッシュだが、この剣からはある種の芸術性が感じられた。
「刀、という剣らしいですね」
「うわぁ!?」
不意に至近距離でそんな事を言われたロッシュは、驚きのあまり後ろへ飛び退いていた。
「セ、セ、セレナさん?」
「あ、すみません驚かせちゃいましたか?」
「い、いえ!」
「そうですか。……ところで、ロッシュさんは武器に興味が?」
「う、うん。それで、その」
「……?」
セレナの質問に頷いた後、ロッシュは続けて何かを喋ろうとして言葉を詰まらせる。
「……ぼ、僕の家って、騎士の家系なの」
「あ、そうだったんですか?」
「うん、それで僕には兄さんが居るんだけど、兄さんは王国騎士団に所属してるんだ」
「王国騎士団、アークライト家……もしかしてロッシュのお兄さんって、リギル・アークライトさんですか?」
王国の武の象徴として知られる王国騎士団。そこの頂点である団長の直属の部下として、隊長という身分の人間が六人居る。
リギル・アークライト、それは王国第三騎士団の隊長と同じ名であった。
「うん、僕も兄さんに憧れて王国騎士団に入る事を目指してるんだ。その……変、かな?」
俯きがちなロッシュは、チラリとセレナの顔を覗き見る。その目はまるで、何かを期待しているようだった。
「変な事なんて何もありませんよ。それが自分のやりたい事で、自分の信じる道なら、何があっても突き進むべきです」
どうか頑張って下さい。そう言ってセレナは優しく微笑んだ。
「……|〜〜〜〜〜《やっぱり、変わらないな》」
「はい?」
「ううん、なんでもない」
ボソリと小さく呟いたロッシュは、少しだけスッキリしたような表情を浮かべていた。
「───お客様」
「うわぁ!?」
その直後、彼の真後ろで声が聞こえた。
「あちらの武器に興味がおありですか?」
ロッシュに声を掛けてきたのは、この武器屋の店員と思われる仏頂面の女性だった。
「は、はい?」
「お買い求めになられるのでしたら、今だけサービスしてお安くします」
店員が指す武器は、先ほどロッシュが食い入るように見た刀である。
「え、えっと」
「……ロッシュさん、折角なら買っていったらどうですか?」
「え?」
買ってくれると思われたのか、そもそもサービスとは一体何か。突然の話で混乱するロッシュに、セレナが提案してくる。
「勿論、金銭的に問題なければですが」
「……その、いくらになりますか?」
試しに値段を聞いてみる。すると提示された額は、ざっと計算すると七割ほど割引されていた。あまりの安さにロッシュは声を上げていた。
「質の方は問題ございません。そちらの刀、当店でも随一の業物と自負しております」
「えぇ……」
そんな業物を安く売って良いのかと、ロッシュは思って仕方なかった。
「どうですか?」
「……そうですね、買います」
彼自身も、あの刀には強く心を惹かれていた。それがすぐ手に届く距離にあって、セレナからも勧められたとなれば、買わない手は無かった。
「ありがとうございます。ではあちらの方で購入の手続きをお願いします」
「分かりました」
そう言われたロッシュは、店員が指す方向へと向かって行った。
「……お客様」
「はい、なんですか?」
ロッシュがその場から離れた後、店員はセレナに話しかける。
「お客様に少し、お連れしたい場所がございます」




