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異端

「誠実に、応じる……」

「ほいお待たせ!」


 少女はセレナが語った言葉をブツブツと呟いて反芻する。そうこうしている内に頼んでいた料理が提供された。


「ありがとうございます。はい、どうぞ」


 セレナは料理の入った二つの器を店主から受け取ると、片方を少女に渡す。


「あ、お金」

「お金の事は気にしなくて大丈夫です。少なくとも私には、そういう気遣いは必要ありませんよ」(それに金なら死ぬほど持ってるしな)


 そう言われても受け取るのを躊躇ってしまう少女だったが、香ばしい匂いが空腹を刺激した事で思わず手に取ってしまう。


 湯気が出るほどアツアツな六つの玉が器の中を転がり、その上には様々な調味料が乗せられ更に食欲を掻き立たせる。


「ワァ……!」

「ふふ、たこ焼きは初めてですか?」

「う、うん!」

「お、そっちは初見かい? たこ焼きは美味いぞ〜、俺が人生で出会った料理の中で一番と言っても過言じゃないぜ!」


 そう豪語する店主の言葉を聞いて、少女はゴクリと唾を飲み込む。


「た、食べてもいい?」

「いいですよ。ただ熱いので気を付けて下さいね」


 セレナから許可を貰った少女は、恐る恐る串をたこ焼きに刺し、それを口を運んでいく。


「ふあっ!?」


 口に入れた瞬間、少女はあまりの熱さに驚いてしまう。


「は、はふっ! ふっ……お、美味しい!」


 しばし悶える少女だったが、熱さにも慣れると味わう余裕が出てきて、そしてあまりの美味しさに再び驚きの声を上げた。


「おー、気に入ってくれたみたいだな!」

「ふふ、私もたこ焼きは好物なので嬉しいです」(やっぱたこ焼きって美味えわ、流石に本場と比べたら劣るけど)


 そこからはもう熱さなんてなんのその、少女はガツガツとたこ焼きを食べていき、ものの数分で器からたこ焼きが消えた。


「美味しい、こんなに美味しい食べ物があったんだ」

「見ていて気持ちのいい食いっぷりだったぜ!」

「あっ……」


 夢中になって食べていた少女は、店主に話しかけられてハッと我に返る。


「あ、えっと、その」


 そして体を店主の方に向けて、少女はおずおずと言葉を紡ごうとする。


「……?」

「あぅ……」


 そんな少女の様子に店主は首を傾げて、少女も何も言えず後ろへ下がろうとしてしまう。


「大丈夫ですよ」


 後ろへと退く少女の背に、セレナは優しく手を触れる。


「大丈夫、大丈夫」


 何度も何度も、大丈夫だと声を掛ける。


「……っ」


 俯いていた少女は少しだけ顔を上げ、前へ一歩進む。


「お、美味しかった! 本当の本当に、すっごく美味しかった!」


 そして店主に向かい、伝えたかった事を思いっきり告げた。


「……おう! 良かったらまた食いに来てくれ!」


 それを聞いた店主は、大きな笑顔を浮かべて少女にそう言った。







 たこ焼きを食べた後、少女とセレナは本来の目的を果たすべく先へ進んだ。


「この先、ですか?」


 そうして少女の案内でたどり着いた場所は、奇しくも二人が出会った時と同じように路地裏だった。


「うん、此処から先は一人で大丈夫」

(え゛?)


 まだ口止め出来てない彼は、少女の言った事に少し動揺してしまう。


「えっと、本当に大丈夫なんですか? 危険とかは」

「大丈夫、むしろ一人だけの方が都合いいの」

(えぇ……マジかよ)


 なんとか引き止めようとするが、それもどうやら不可能そうで、


(周りに人も居ないし、もう強硬手段にいくか?)


 遂にはそんな事を考え始めた。


「……トリン」

「はい?」

「わ、私の名前」


 いつ仕掛けようかと彼が考えていた矢先、少女は別れの最後に自身の名前を告げた。


「……ええ、教えてくれてありがとうございます。トリンさん」(俺の知る限り、王族にそんな名前の奴はいない……よし! 貴族じゃないっぽいし、多少無茶をしても大丈夫だろ)


 バックに権力者が居なさそうな事を確認できた。もう彼の中に手を出す事への抵抗感は無い。


「本当にありがとう。セ、セレナが居なかったらここまで早く来れなかった」

「ふふ、どういたしまして」(背中を向けた瞬間が狙い目だな。安心しろ、記憶を弄るだけだ)


 彼の思惑にトリンは気付かない。そのまま別れ際に気絶させられ、セレナと出会った時の出来事だけ若干の記憶改変が施される。


「ニャー」


 そんな未来が起ころうとした直前、まるで狙っていたかのようにソイツは現れた。


(あ、あいつは!?)


 路地裏の奥からトコトコと、あの時の黒猫が顔を出したのだ。


「ニャッ」


 黒猫は一直線でトリンの胸へと飛び込む。そしてトリンも当たり前のように黒猫をキャッチし、そのまま抱き抱えた。


「随分と懐いていますね」(なっ!?)


 衝撃的な光景に驚きで声が出そうになるものの、何が何でも理想の嫁を演じてやるという彼の深い執念により、それは別の言葉に変換されて口から飛び出た。


「もしかしてペットですか?」

「ううん違う。私、動物には好かれやすいの」

(それはもしかして俺に対する当て付けかな? お???)


 彼が内心でピキッていると、


「ニャ〜」


 黒猫がもっと構えと言わんばかりに、トリンの腕の中で手をパタパタ動かし始める。


「あはは、甘えん坊ね」

(ウゴゴゴォォ……!)


 自分では決してやってくれない行動を見て、彼の怒りはますます高まる。


「……ね、ねえセレナ」

「はい、なんですか?」


 不意に、トリンは黒猫からセレナの方へと顔を向け直した。顔が見えないが、真剣な眼差しを向けている事が伝わってきた。


「その、私と、その……と、友達になって───」

「ニャッ!」


 直後、早よ構えと言わんばかりに黒猫がトリンへ猫パンチを仕掛ける。そしてそのパンチは、彼女のフードを振り払った。


「───欲し……い」


 突然の出来事だったからか、はたまた油断していたからか、反応が遅れたトリンはすぐにフードを被り直す事が出来ず、そのままセレナの前で素顔を曝け出してしまう。


 短く切り整えられた茶髪のショートヘア、翡翠色の瞳、そして……頭に生えた三角形の獣の耳。


「───」


 自身の素顔をセレナに見られたトリンは、


「あ、あああ!!?」


 絶望の表情を浮かべていた。


▼▼▼


 この世界には、獣人という人間とは似て非なる知的生命体が存在する。頭に獣の耳を生やし、それ以外は限りなく人間に近い生命体。それが獣人だ。


 獣人は、人間と比べるとお世辞にも器用とは言えず、繁殖力も高くない。しかし人間とは比べ物にならないほど高い身体能力を持っており、更には自然と対話する能力を有し、動植物を味方に付ける事も出来た。


 そんな獣人は、大昔に人間と長い間、争い続けた歴史がある。まだ今より文明が発達していない頃、純粋な武力が物を言う時代、優れた能力を持つ獣人は人間を相手に有利に戦えていた。


 しかし現在、人間が統治するグレイスフィア王国が栄えているのを見れば分かる通り、人間は滅んでいない。それはどういう事か?


 結果から言うと、獣人は人間との戦争に敗北した。数の力で押されたか? 知略に翻弄されたか? はたまた文明の力の差で圧倒されたか?


……否、どれも違う。そういった場面も確かにあったが、獣人達はそれら全てを凌いでいる。


 数の力には圧倒的な個をぶつけ、知略を前には動植物を味方に付けて逆に翻弄させて、高度な文明の力を使われても技術を盗んで対抗して見せた。


 このまま何事もなければ、獣人は勝利できた。人間が何をしようと勝っていたのだ。……あの存在が現れるまでは。


 神、人間がそう呼び崇め奉る存在が突如として現れて人間に味方したのだ。

 神は人間に加護を与えた。超常の力を振るう人間達に獣人は成す術なく倒れていった。


 危機に瀕した獣人達は、人間と同じように神を信仰して加護を授かろうとした。……だが、終ぞ神が獣人に加護を授ける事は無かった。


 獣人は敗北した。加護を得た人間達に蹂躙されて。


 人間は勝利した。そして悪しき獣人達を討つ為、加護を授けて下さった神々を深く信仰するようになる。


 やがて生き残った獣人達は等しく奴隷の身分に堕とされ、逃げ延びた獣人も日陰に姿を隠しながら日々を過ごす事を強いられた。

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