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それは天使か、悪魔か、童貞か その1

 凍えるような寒さが終わりを迎え、野原に花が咲き始める温かな季節。此処、グレイスフィア王国の王都に位置する王立学園では入学式が行われようとしていた。


 王国でも最高峰の教育機関と名高い王立学園。そこには国中の才能ある者達が集められており、確かなポテンシャルさえ見せれば身分を問わず入学できる。


「此処が王立学園……」


 そして彼もまた、そんな狭き門を潜って王立学園に入学してきた者の一人である。

 ルーク・アートマン。アートマン男爵家の一人息子である彼は、聳え立つ巨大な門を前にして立ち尽くしていた。


 学園に通う為に初めて王都を訪れた時も、その街並みにルークは圧倒されていた。しかし目の前に立つ建造物からは、それ以上の迫力が感じられた。


「今日から三年間、俺は此処に通うのか」


 今になって現実味が湧かなくなってくる。本当に自分は王立学園に入学できたのか。そもそも自分にそれほどの価値が果たしてあるのか。


 期待から一変、不安ばかりが募り続ける。


「……よしっ、頑張ろう!」


 しかしそんな考えを吹き飛ばすように、ルークは握り拳を作って意気込む。後ろ向きじゃこの先やってられないと、彼は気合を入れ直して門を潜る。


「───なあに一人で盛り上がってんのよ!」


 だが一歩前に踏み出した直後、何者かに背中を強くはたかれた。


「うわっ!?」

「あんた、アタシの存在忘れてたでしょ」


 危うく転び落ちそうになるルーク。踏ん張って体勢を整えていると後ろからそんな事を言われた。


「い、いや、別にエリーゼの事は忘れてないよ」


 弁明しようとルークは振り返る。そこにはジト目でコチラを睨む、ハーフツインテールの少女が居た。


「本当かしら? なんかあのままアタシを放って先に行きそうな勢いだったけど」

「うっ……」


 図星だと言わんばかりに言葉を詰まらすルークに、エリーゼと呼ばれた少女はどんどん怒気を強める。


「ご、ごめん! ちょっと圧倒されちゃってたんだ」


 言い訳は自分の命を縮めるだけと悟ったルークは、潔く正直に答えた。


「……まあ、気持ちは分かるわ。アタシも平民だし、実際ちょっとビックリしたわ」


 そしてその判断は間違いじゃないようで、エリーゼは昂る怒りを鎮めていった。


「あはは、俺って貴族なんだけどな」

「なによ、今更貴族扱いして欲しいわけ? ちっちゃい頃、一緒に泥遊びした奴の事を?」

「う、うーん、そう言われると……うん、まあいいか」


 別に貴族だから敬えと言いたい訳じゃないので、ルークは大人しく引き下がる事にした。


「それにしても」


 ふとエリーゼは周りを見渡す。


「凄い人の数ね。それになんというか、みんなオーラがあるわ」


 彼女の言う通り、周りには大勢の人達が居て、その全員が学生服を身に付けて王立学園の門を潜っていた。


「……うん、流石は王立学園って事なんだろうね」


 エリーゼの言葉にルークは深く同意する。


(当たり前だけど、俺より優秀な人達が沢山いる)


 見ただけで分かるほどの実力差、それを感じ取れる人物がそこら中に居た。


(俺も負けないよう頑張らないとな)


 しかしルークは先ほどのように怖気つく事は無い。寧ろ気を引き締める思いでいた。


(……ん?)


 不意に、一人の人物が視界に入る。


「───」


 その人物にルークは思わず視線を引き寄せられ、そして見惚れた。


 肩まで伸びたプラチナブロンドの髪。大海のように深く、蒼い眼。穏やかで優しい顔立ちに、浮かべる微笑みは天使のよう。


 慈愛に満ちた聖女。そんな言葉がこれ以上なく似合う少女であった。


「…………」

「ねえ」


 ボーッと少女を見つめるルークに、ドスの効いた声で呼び掛ける者が居た。


「え? あっ、どうしたのエリー……ゼ」


 当然エリーゼである。ニッコリと笑みを浮かべているが、滲み出る負のオーラが彼女の心情を物語っていた。


「またアタシの存在忘れてたでしょ? しかも他の女に見惚れて」

「ち、ちがっ! いや違ってないけど、その本当にごめ」

「悔い改めろ!!!」


……その日、王立学園の華やかな入学式に似つかわしくない断末魔が辺りに響いた。


▼▼▼


 入学式は何事もなく終わりを迎えた。初めは緊張と期待感を露わにする者達が多く居たが、入学式が終わる頃にはほとんどの者が王立学園の一生徒であるという自覚を持ち、心なしか顔付きが変わっていた。


「……えっと、エリーゼ?」


 入学式の次は、寮の案内となっている。寮の案内は男女に分かれて行われるのだが、ルークは合間の小休憩を使ってエリーゼに話しかけた。


「なによ?」

「さっきはごめん、言われた直後にまた無視しちゃって」


 自分に非があればすぐに謝る。


「それでその……あの後考えたんだけど、エリーゼがあそこまで怒った理由が分からなくてさ。他にも何か理由があれば俺に教えて欲しいんだ」


 そしてしっかり反省し、向き合おうと努力する。それが彼の美点であった。


「……馬鹿」

「うっ……ごめん、本当に分からなくて。けど俺も同じ事で怒られないよう頑張るから!」

「だあもう! うるさいうるさい! もう怒ってないから! というかアタシの方こそごめん!」

「へ?」


 突然謝り返されて困惑するルーク。


「その、流石にぶつのはやり過ぎだと思ったわ」

「あー、うん」


 ぶつ、なんて可愛らしい表現で済むだろうかと、顔面パンチされた事を思い返すルークだが、何も言わない事にした。


「それに全部あんたが悪い訳じゃないの。悪いと言ってもせいぜい七割ぐらい」

「七割……ど、どの辺りが悪かった?」

「あ、あんたが女の子に見惚れてたとこ」

「……」


 俯いて考え込むルーク。そんな彼をエリーゼは頬を赤く染めながらチラチラと覗き見る。


「ごめん、分からないかも」


 考えて考えて、そうキッパリと答えたルーク。好意に鈍感な所が、彼の悪い所であった。


「……もういい!」

「あーごめん! チャンスを、俺にもう一度だけチャンスを!」


 エリーゼにそっぽ向けられた事に焦るルーク。このままイチャイチャして小休憩が終わる。そう思われた。


「───ねえ良いんじゃん、俺と遊ぼうよ」


 ふと、そんな言葉がルークの耳に届く。


「ごめんなさい、今から寮の案内があるんです」

「大丈夫だって抜け出しても、なんなら俺が案内しようか?」


 思わず声の聞こえた方向を振り向けば、そこには顔の良い男子生徒が新入生の少女に話しかける光景があった。


「……」

「うわぁ、なにあの男、もしかして上級生?」


 堂々とナンパする男にエリーゼはドン引きしながらも、男の学生服を見て上級生なのだと冷静に分析する。

 また、引いているのはエリーゼだけじゃない。近くに居る者達も男の行動に騒ついていた。


「……ごめんエリーゼ、ちょっと待ってて」

「え? あ、ちょっと」


 入学早々、面倒事に巻き込まれたくないと皆が遠巻きに眺める中、ルークは一人前に出る。


「あの、ですけど」

「ねえ駄目かなー?」

「あの、すみません」

「……あ?」


 そして迷う事なく男に話しかけた。


「彼女も言ったように、俺たち新入生はこれから寮の案内があるんです。なのでそういう事はやめて頂けると」

「なにお前? この子の知り合い?」

「いえ、彼女とは……」


 知り合いでは無い。そう言おうとした直前、ルークは女子生徒の顔を見て一瞬固まる。

 男にナンパされていた生徒とは、今朝方に自分が見惚れていた少女だったのだ。


「……あの、どうかしましたか?」

「っ! い、いや、なんでも無いよ!」


 少女は自身を見つめて固まるルークを見て、心配そうに顔を覗かせる。


「知り合いじゃないなら引っ込んでくれない? まあ知り合いでも邪魔すんなって話だけど」


 そんなルークと少女の掛け合いを見て、男は明らかに不機嫌となっていた。


「そうは行きません。合意のもとだったら俺もとやかく言うつもりはありませんでしたが、見ていた限り彼女は困っていました」


 ルークがすぐに助けようとしなかったのは、本当にその必要があるかを見極める為である。結果、彼は助けるべきだと判断したのだ。


「鬱陶しいなぁ」


 しかし男は納得していないらしく、なおも不満気だった。


「いいからさぁ───」


 男はおもむろに片腕をルークに突き出すと、


「───引っ込んでなよ!」


 その手のひらから衝撃波が発生した。

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