⑧戦いの後、王と計画
▫︎
目が覚めた。とても心地が良かったと、この無機質な地面で覚めても思う。空は、なんだが曇が多いみたいだ。
「…………どう、寝心地は?」
「これはあれだね。アダム君が治癒術式をかけてくれたお陰で、僕の寝起きがいいのかな?」
僕はあの時もぎ取った勝利に浸る言葉ではなく、肉体の疲労感が抜けた事で出た腑抜けた言葉だった。それを彼は「ふふっ」って笑ってくれた。
「僕は勝てたのかな」
「あぁ、間違いなく君の勝ちだ。ここで見ていた全ての観客がその証人だよ」
「…………そうか、良かった」
「安心してくれて、有難うね」
僕は会場のすぐ傍、その地面に横たわったまま、話していた。僕ら以外誰もいない場所。あの時の喧騒が嘘のようにみたいに、しんしんとした空気だ。
なんだが、起き上がるにも気力がいる。
少しの間で決心がつき、僕は漸く身体を起こして彼と相対する。若干の肉体の鈍痛感は否めないが、この爽快感ならそんな事気にする余地はない。
「…………ところで君に会わせたい人がいてね。ちょうど今の時間ならオッケーって了解得たから、今からいいかな?」
僕は頷いた。大抵想像はつく、この戦いの前に予期せぬサプライズがあった。そもそもそのサプライズは誰もがサプライズであり、理解不能の領域な筈だった。
「いいよ。なんとなくわかるけどね」
「あぁ、そうだな」
「やあ、橋本ジーン君。先程の戦い観させてもらったよ。魔術師としての最大限有効性のある立ち回り、とても感動的だった。君の防御や攻撃に使っていたのは結界術式の類いかな?」
「有難う御座います。そうですね、僕にとっての効率のいい攻防を考えたら、こんな使い方になってました」
「いやいや、それでも立派なものだったよ。少なくとも一矢報いるだけでなく、完全にやり返せたんだから。それは最高に御の字ってもんだよ。紹介遅れてごめんね、私はエイブラハム・セイドウ。この国の王を任されている者だ」
シュゲイン王国の陛下にして元勇者としての異例の経歴を持つ、統べる国王が僕の目の前にいる。あの時見た煌びやか正装。光沢感のある魔杖。
現実として僕がこの目で見ているのか、真実なのか疑いたくなるほどの、大物が僕の近くにいる。
「どうも、橋本ジーンです」
「改まんなくて大丈夫だよ、ここには私らしかいないからね、って言われても難しいかな」
「いえいえ、大丈夫です。もう色んなことが起きているので、これぐらいは日常的な驚きです」
まあ、勝てるつもりで意識時間の中で沢山修行していたが、実際こんなに僕の優位な状況で全ての事が進むなんて、ある意味これも驚きだった。
僕自身の成長、魔術の知識吸収、術式への理解と解釈。今思えば、実時間は2日ぐらいだが、意識の中では20年ぐらいの時を過ごしてしまったのではないかな。
正確な時間までは覚えていない。
「色々な事が並行して忙しいと思うしね。アダムの聖域内の修行は自分の時間感覚を完全に狂わせるし、何より実時間に戻って生活することの、大変さも大いにあるからね」
「…………やっぱりそんな感じですか、アダム君と国王との関係は」
「そう、僕もかなり昔にアダムから魔術の修行を受けている。そして今回アナベル魔術学院にアダムを転校させたのは、僕の提案だ」
「……………………え?」
ひと呼吸聞こえる。
「とりあえず私の無理難題を聞いてくれるかな」
そこから国王は全てを話した。
―――――――――――――――――――――――
「勇者をしていた20年前に国王就任した時、私は誓ったんだ。”この国を、差別のない平和な国に変える”ってね。
それから私はここ20年間色々な施策で国内の産業や魔術業を根本から立て直そうと躍起になった。適材適所で様々な人材を配置して、国民の生活水準は格段に上げて、夢や希望を持ちやすい国を目指した。
しかし突然大きな障害とぶつかることになる。
この国には腐敗が既に蔓延していたんだ。私たちがどれほど綺麗な国を目指しても、既に賄賂や裏金や差別などで正当な評価や教育を与えられずに名誉や名声を与えられないまま失意に堕ちる、場合によってはそのまま死んでいく沢山の人たちを見た。その筆頭がこの学院、アナベル魔術学院なんだ。
アナベル魔術学院は国内唯一の魔術を取り扱う学院なだけあって、様々な利権や特権によって、ほぼほぼ内部の人間たちの悪の巣窟と化していたんだ。
勿論国としての対策はやったのだが、彼らは巧みにその網を掻い潜り、その実権によって我々の意に反した、非人道的な行動ばかりの数々だった。
”G組”という制度も、金を巻き上げて差別を利用して向上心を煽るなんて、到底人間の心を持っている奴が考える事とは思えない、酷い制度だと私は認識している。
だから今回からは根を治すのではなく、根を入れ変える作戦を考えた。それがアダムを利用した”G組”の人たちの育成と、新しく設立する魔術学院の勧誘だ。
アダムによって新しく育てられた若き素敵な卵たちが、真新しい魔術の勉強と将来の為の選択が出来るように、私たちが根本から作り直す。
“真ハイム魔術学院”
君たちでこの学院に入らないか?」
―――――――――――――――――――――――
「僕たちが新しい学院に?」
「そうだ。新しく築き上げる魔術の学院で、国の様々な機会に関わる事がある魔術の基礎を根こそぎ底上げする。人材育成や職業斡旋などの、未来の国の重要人たちを差別や貧困から救い、より良い綺麗な国にする。まずはその足掛かり、最初の工程として、現在アナベル魔術学院にいる”G組”で不当な理由で差別を受けている者たちを救い、全く差別のない澄んでいる場所に転入させる」
なんだがとんでもないことを聞いた気がするなあ。
これは僕だけが無責任に聞いていいものなのかと、真剣に希望を胸に話す国王を前にすると、なんだがもやもやしてしまう。
そういえば、ここ”アナベル魔術学院”は王都ハイムに、存在する魔術学院。後から聞いた話では”アナベル”という名は設立者の名前ではなく、魔術学院の出資者の名前だった方だ。
確かにその何か利権に絡まれた学院名より、王都の名”ハイム”が入った方が一番納得がいく。それに、その方が自分の伸び伸び勉強しやすい。
「…………えっと」
「すぐに結論は出さなくて大丈夫だ。君はまだ若人、君には君の未来を決める権利がある。私はその選択肢を与えたに来ただけだ。君たちには無理を強いることはしないと、今ここで国王の名のものに誓おう」
国王という、地位の高いものが誓いを口にするのは、多分これは冗談ではない。冷やかしの類いでもないし、僕への当てつけでもない。
ただ言葉にされた内容が、内容なだけに僕の言葉で決めていいものなのかと、戸惑う。
ここで言う戸惑いとは、
「いや、入る気でいるんですよ。ただ、僕は下級市民の人間なので、入学金とか学費とか、なんかその辺の不安が漠然とあるっていうか…………」
「その点は大丈夫、今誰もいないまだ公にはなっていない”真ハイム魔術学院”の最初の入学者たち、君たちは全ての入学金などの全ての金銭面の補助をすると約束しよう。これは裏金や賄賂などで入る裏口入学ではない。国の施策として、正当な理由においての、国への投資だ」
「…………なるほど」
と言葉を出しても、結論は決まっている。
当然入る選択肢を取るが、ここからが問題なんだ。他のみんなが転入する選択肢を選ぶのかと。
「あ…………だからアダム君はギャレン君に決闘を申し込んだんだな。”アダム君の元での修行を受ければ、ギャレンぐらいには勝てる魔術師になれる、人生変えられる”っていう、アピールが出来るからか」
「まぁ、ジーン君を救いたかったってのも、しっかりとした本音だぜ。少なくともこの差別の状況下でくたばってしまうのには勿体無いほど、俺には優しい人間だと感じたしな」
「………………わかりました。僕は入ります。そうすれば何か、役に立てるんですよね」
「そんな風に考えなくて大丈夫だよ、君はあくまで、私の提案を受けて自身の未来を決める、それだけで十分だ。これまで決めることさえさせてくれないこの学院にいたわけだから、”決める”という行為が出来るだけで、まずは初歩が完了したというわけだ」
「有難う御座います。じゃあ僕はその”真ハイム魔術学院”に入って、好きに魔術を勉強します」
「それでいいよ。それが一番しっくり来る。後は……」
「他の”G組”の生徒ですね。そこに関しては僕に任せて下さい」
「こちらこそ有難う、ジーン君」
「アダムも有難うね」
「まだお前の頼みは終わってねぇよ」
ということで、この物語の根幹はこうなっていました。