⑦橋本ジーンの成長3
さぁ、ここが分水嶺だ。
僕は治癒術式で消費した魔力を呼吸で整える。
最後の工程の準備は、恐らく彼の行動によって決まる。
僕は規定路線を外れされないように、戯言を言う。
「どう?今まで散々虐めてきた奴にこうやって倒されて、トドメの一撃すら待たれている気分は」
「なんだ、お前はこの魔術決闘に俺からの謝罪の期待の感情を入れてんのか?相変わらずG組らしい負け組の発想だな。殺せる勇気も気概もねぇのによ!!」
「それならあるさ、君にはだいぶやられてきたからね。ここで君を消し去ることも全てを壊すことも惜しまないつもりだよ」
この瞬間の僕は彼の言動の全てに着目していた。互いに行動の全てがこの後の攻撃のためのブラフ、その一挙手一投足がこの全てをこの後を結論させる。
だが、行動の主導権は僕が握りたい。その時、こんな慢心があったのだろうな。いつもしない煽りを、この時はあれだけ毛嫌いしていた彼の様にしていた。
「まあ、君の言う”G組のゴミ”って奴との決闘にこんな時間をかけて、結局今倒れ込んだやつなんて、もう誰も気になんてかけないよ。君はこれで終わりさ」
「へー、よく言うじゃねえか。今まで俺様に蹴られすぎて口調や煽り方まで似たんじゃねえのか?お前も大概な雑魚ってことを、この際しっかり把握しろよ」
僕はこの恥ずかしい状況を誰が見てるのか、問いただしたくなった。彼の醜態は、ほぼ全学院性が見ているからな。彼の全てを否定したくなったんだ。
「だから、雑魚はこの際君なんだよ、観客席を見てよ」
「………………うるせぇな!!」
その中には、僕と同じG組のみんな。
その目は憐んでいるのか、それとも羨望の眼差しか。
その時、彼は躍起になった。
「うるせぇな!!今まで這いつくばっていたゴミがこんな時にイキるじゃねえよ!!てめーは俺様の前では、ずーっとゴミだってことを、もっと知らしめてやる!!」
怒号、全ての声帯を潰すような、濁声の限り。その響く不愉快な声と共に彼は、一切視線をずらさず着目している僕に目掛けて、抵抗する。
「オ゙ラ゙よ゙!!!!」
倒れていた彼は僕に向かって火の粉を振りかける。一面に広がる火の粉、出力は高くなく、自然に消える程度の火力。
だが、僕は咄嗟の火の存在、視野に危険なものが飛んできたと、目を瞑ってしまった。魔術師としての経験の浅さが原因か、それとも煽りの影響の慢心か。僕は自分の目を守る事に全ての意識を向けてしまった。
「ゴラ゙ァ゙ぁ゙ら゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!!!」
僕が目を瞑った、ほんの数コンマ何秒の世界、彼は最後の死力を振り絞り、身体を無理矢理起き上がらせて、急発進して煉拳を繰り出す。
視界を奪われた無謀な僕に向かって、これまでにない最大出力の大技。対象を焼き尽くす炎を持って、
『火炎術式-業琰煉拳』
渾身の右拳で僕に出す。
しかし僕とて、無策に煽っていた訳じゃない。
ここまで、数々のブラフを沢山作ってきた。
それを今ここで全て出し切る。押し通す。
『結界術式-界する槍-』
この槍は現状一本しか出せない、そんな限定的な技ではない。魔力さえ残っていればいつでもどこでも、何本でも出せる。
僕が2本目を出していたのは、最初に拳で地面を減り込ませた場所。そこには僕の任意のタイミングで発動する術式の技を予め仕組んであるんだ。最初からこの状況を読んで、術式を組んでいたのだった。
「グベっ゙!!!!!」
急に発生した槍は彼の鳩尾をまた捉える。今度は完全なる死角、不意打ちによって急発進していた彼の歩みを止める。視野には不意にきた槍、彼は不覚にも視界を下の方にして捉えてしまう。
その瞬間に僕は構えていた槍によって、最後の技を発動する。まだ僕の魔力操作では、連発は出来ないし、溜めと隙がないと矢鱈に発動出来ない。
しかし僕の最後の魔力の発露。
「これで終わりだ」
『結界術式奥義-分断する圧縮砲-』
結界の槍を砲身として、砲身内に高圧縮した魔力をそのまま発射する技。高濃度に出力された魔力は音速をも超えて、攻撃先の対象を逃さずに撃つ。
魔力が遮る音がした。僕すらも聞いたことのない、金属同士が殴り合ったような、鈍い音。耳障りで痛い音が、会場全てに響く。
「………………え………」
全てを忘れさせる一撃。
あまりの威力に彼の身体が押し出させる。足が地面から離れて勢いよく飛び出して、決闘会場の端まで投げられた。
端の壁に背中を減り込ませた彼は、完全に意識を失ってそのまま落ちる。魔力による波動は感じるが、意識を失っていることに誰もが気付く魔力の靡き。
息を呑む一撃に全ての人が黙る。
しーんと、空気が張り付く。
誰もが予想しない結末、我がクラスでさえ、こんな結果になるとは思わなかったのだろう。今までの戦いぶりからは察せない、圧倒的な殺傷能力による攻撃、単なる打撃程度の練度の話ではなかった。
審判もあまりの唐突の終わりに戸惑うが、
「勝者は”G組橋本ジーン”!!!!!」
職務とこの沈黙した状況は打破しなければと、盛大な声で結末まで述べた。
だが、彼のそれだけの声ではこの場にいる全員がただ、立ち尽くすだけだった。
誰もが困惑と仰天の連続。そして少しずつ、戯言が波のように、伝播していく。
「……………これって」
「あぁ、塚田ギャレンが負けたよな?」
「G組のジーンってやつの偶然じゃねえよな?」
「この結末見て、まだそれ言えるのかよ」
「でも前までは雑魚だったのは事実じゃん」
「どうやったら……………………」
すると、コツコツと、アダム君が歩いてくる。
「…………うん、よく頑張った。あとはまかせろ」
と、言い終わった後に僕の意識の糸が切れ始めた。完全に疲れだ。僕もあの技を使用した時点で死力を尽くしていた。
結局最後の大技まで披露する事になったが、手の内を明かしてそのまま終わりにするつもりはない。次蠅が寄っていたら、叩く準備をしなくてはならない。
そう思って僕は、深い眠りについた。
―――――――――――――――――――――――