⑥橋本ジーンの成長2
「さぁ、君を潰す為に、もっと叩こうか」
今は戦いの女神が僕に微笑んでくれている。
追撃の為の躍進、また動き出す。
僕は彼の間合いに入り、結界の槍を入れる。先刻よりも更に細かく、彼の思考を鈍らせる打撃。彼の煉拳は槍の打撃が入るたびに、出力が落ちている様にも思える。
額の血を拭いながら、
「…………たった一撃でいい気になるなよ!!!」
「この一撃がでかいんだよ」
そして僕はこの戦いの中で気付いたことがある。
視界に入る魔力の出力がある程度正確に判断できる様になっていると。動体視力ではない、魔力を視認出来る目がここに来て肥え始めている。
これは吉兆だ。更に戦いやすくなったんだ。
意識時間で経験した魔術師の時間は、とても長く簡単ではない道程だった。それは全て、この先向かう魔術師としての成長を加味しての経験。こんな所で満足はしたくない。
「さぁ、いくぞ」
僕が彼が呼吸して休む暇を与えない様に、最小限の攻撃で彼を追い詰めていく。少しの打撃が入れば、すぐ間合いに入り、詰めていく。僕自身は大雑把に大胆に動くこともなく、最小限の動きで体力を温存していく。
が、僕の身体にも異変が来た。今までの肉体の良い変化ではなく、身体に害が起きる、途轍もない異変だ。
「……………なんだ、これは」
「漸く気付いたか、ゴミ野郎」
僕は攻めようと間合いに入ろうとすると、鼻血が急に出てきた。そして身体の倦怠感が分かりやすく襲ってきた。肉体の内側から来る、邪悪な倦怠感だった。
「バカ正直に何度も近づいてくれたからな」
「………………そうか、間合いか」
『火炎術式-重なる熱帯』
恐らく、彼の肉体から数メートルを範囲に、微弱な熱線を常時発する技だろう。本来なら至近距離からの攻撃を防ぐ為に高温度の熱を一時的に発する技なのだが、僕が結界の槍を持って何度近付いて来ることから、そこからジワジワと僕の体を蝕むほどの熱線を発していた。
多分自動で僕のどこかの血管にその熱線を浴びせれるようにしたのか、それとも有害な熱線を発せられるようになったのか、ただ自身で自分有利に術式解釈を変えた可能性があることは僕にも分かる。
「はぁはぁ………………」
出血しなければ体の異変に気付かない程度の熱線なんて、普通は不可能だ。偶然の産物ではあるが、そういう風に都合のいい術式効果をフルオートで設定したのだろう。
彼が煉拳の出力を抑えていたのは、この為だったか。僕に攻撃されて落ちた出力と勘違いさせて、何度近付いてくるように、仕向けたわけか。
僕は無意識に結界の槍を解いていた。
流石、B組の人間。そういう術式の使い方も家系から代々伝わっていってるかもしれない。なんならもっと別の大技だってある可能性があるし、場合によっては更に拡張された、想像もしない術式を多用する可能性すらある。
こうなると短期戦に持ち込むしかない。
彼の持久を削り僕の打撃で再起不能にまでもっていく戦法を既定路線にして、そこから不意打ちで大きなダメージを入れるしかない。
しかしそんな隙を作れる暇があるのか。
ある可能性は自分で作り出すしかない。僕は一縷の望みと確実な形として作戦を実行しようとする。
「どうだ、今までの攻防によって、今のお前はダメージが入っているんだよ。絶望するよな?」
僕の肉体の蝕まれた具合の確認が取れると、更に彼は術式の効果威力をあげた。このままじわじわと削る戦法なんだろうな。焦った僕を致して、ダラダラと肉体を削る。
「これ以上近付くと更にダメージが入るように、術式も改良した。これからお前に起こるのは、無様に俺様から逃げる逃走劇だ!!!」
「よく喋るなぁ、まだ終わってないだろう」
だが、僕は腹を括った。
僕は呼吸を整える。そして前へ出る。
「お!自殺志願か?この際、この決闘に紛れて、二度と魔力が使用出来なくなるまで壊してやろうかな!!」
『結界術式-界する槍-』
再び槍を展開して、彼に向かって構える。蝕まれた肉体を立て直そうとする気力より、彼に一撃を入れる集中をした方が、今は早い。
「今君に向かってるのに、逃げるなんて選択はしないよ。折角君にこんなにも攻撃出来たんだ。ちゃんと成果を出して、君を負かしたい」
「ふん!!まるで死人だな!!」
僕は彼の言葉の終わり際に走り込んだ。間合いに入る躊躇すらせず、結界の槍をまた安定して振り回す。槍術も学生身分に相応しいレベルだが、魔力による肉体の流動性で技術をカバーする。
組み手の最中も、遠心力や肉体の躍動を利用して、細かく攻撃を入れる。槍の攻撃を防ごうと彼は自身の腕で肉体の急所を守る。
この瞬間、接触する一瞬を敢えて結界の槍を解く。
「…………何!!!!」
さっきまであったものが消えて、僕の動きが急に変わる。全く別の、攻撃のモーションになり、彼の防御も遅れをとった。
「これなら、どうだ!!!」
僕は高出力の渾身の右拳を彼の顎の下から入れる。肉体による防御も手薄で、魔力による防御も然程高くない状況、彼の不意をつき、ダメージを入れるチャンスとしては、この時のこれ以上の機会はない。
突き上げられた体は少し宙を浮き、足が完全に地面を離れる。僕はすかさずその刹那に、トドメに結界の槍を展開して、突きを入れる。
現在最もダメージが入りやすい鳩尾を狙うが、彼は宙に浮きながらその突きを見切る。左手で槍を掴んで
「この゙ゴミ゙野郎が!!!!!!」
『火炎術式奥義-火弾剣山』
右手でまるで剣のような火が数十本放たれた。
宙を浮く体から発せられる上空からの飛び道具の存在は、この時の完全な想定外で、突きを掴まれた驚きと共に僕の身体に放たれた火剣が何本も刺さった。
「ッ…………………………!!」
燃える剣、肉や骨が焼かれ、骨が焦げた。身体からは異常なほどの煙が登り、あまりの痛さにそのまま両膝が着く。ただ、下半身は無傷の影響で立ち上がる事ができた。
火剣を放った彼もそのまま後ろに倒れた。顎に強烈な一撃、脳まで到達する振動の影響で、足が恐らく覚束ない。更に倒れ込んだ後も無理やり身体を起き上がらせようとするが、上半身だけで精一杯の雰囲気だ。
そしてここで僕は賭けに出る。
「それ以上、動くな!!!!!!」
結界の槍を構えて、彼に先端を向ける。槍には高出力の魔力による靡きが出ている。僕が高濃度の魔力による特有の空間の歪みが僕の周りに表れている。
彼は狼狽えた声しか出ず、僕のポーズと忠告を聞いてようやく視線を僕に合わせる。上半身だけを起こしたまま、彼は姿勢をそのままにする。
「…………なんだよ、ゴミがこんな時に降参か?」
「動いたら、君は死ぬよ」
ブラフか否か。彼は僕の魔力の高まりと忠告を聞いて、全神経を思考に回していた。この目の前のゴミをどう処分するかと、火炎術式の可能性を巡りに巡らせていた。
幸いにも、この忠告の時間の影響で、お互いの魔力の回復の兆しは可能性がある。ここは口喧嘩で勝負を仕掛けて、油断したところを今度は灰になるまで焼く。
と、言ったようなことを思っているんだろうなぁ。
高濃度の魔力を脅しに使い、先刻のやられ様に加えて疲労感も増して、僕は少しだけ呼吸が荒くなる。
「……漸く肉体がBBQみたいに焼かれたな」
「お陰様で、身体を焼かれると痛い」
「G組に相応しいやられようだな、相変わらずジーン君は無様でゴミのようだな」
「倒れている君に何を言われても、効かないよ。それに僕はこんな傷なんてことないんだよな。
だってさ、こんな風に元通りになるんだもんね」
すると、火炎によって肉体を焼いた時に生じた煙とは全く違う、魔力による別の色の違う煙が出でいた。魔術による錯覚かとも思える光景だが、慣れた魔術師には真意はわかる。
「お前ッ……………………」
そして目の前の僕の身体を凝視している彼には、その絶望が更に伝わる。彼は開いた口が塞がらない様子だ。
この戦いの戦績を一方的にリセットするような、理不尽な術式。これを使用するか否かで、戦いの舵を自由に握れる。それほど、優位な状況。
「それは『治癒術式』か!なぜお前なんかが!!」
「僕にも才能があったみたいでね、もしかして君は使えないのかい?」
“治癒術式”
自身が対応する肉体の傷や損傷を治癒する術式。
かなり高度なものの上、肉体から発生する魔力と術式の相性が如実に出てしまうため、相性が悪い魔術師は発動すらされない事がある術式。現代では使うことが出来る魔術師は重宝され、場合によっては将来安泰の約束を貰えるとのこと。
余談だが、”治癒術式”自体はそれほど高度というわけではない。現に軽い切り傷や擦り傷程度ならば、治癒術式の仕組みを理解している者であれば、なんとなく利用可能だろう。
問題なのは術式出力と安定性だ。肉体の状態を修復するということを魔術的な観点で話すと、肉体の再現出来るほどの術式出力を維持しなくてはならない。
細胞や血管、皮膚などを全て綺麗に元に戻す術式に対して、まず初手の出力が多い上に、そこから澱みなく出力を調整しなくてはならず、出力も強すぎると過回復となり、魔力がすぐ尽きてしまう。
なので刺し傷や火傷、凍傷のような損傷面積の多い傷に対しては治癒出来る人がかなり限られてしまう。そもそも魔力操作が特級レベルの魔術師に限定されるし、出力も学生レベルでは不安が残るほど。
そんな使用が高等な術式を僕が使ったことに、自分には使えない術式を僕が易々と使えてしまったことに。
「…………この゙ゴミ゙が!!」
彼が最大に激情する。
こうして上手く事が進んだ僕は、最後の工程に移った。
さて、いよいよ終盤戦となりました。
次回でこの戦いは最後となります。ですが戦いは更に動きます。引き続き宜しくお願いします。