貴方が信号を守らなかったから
きっと、正直にそう言ってしまっていたら、貴方は唖然とした顔で「意味が分からない」なんて口にしたと思う。理解しようとなんてせず、私の言葉の裏を読もうとなんて微塵も考えずに、ただ、私に文句をつけたと思う。
貴方が、普段行かないレストランに連れて行ってくれたあの日。道中、信号を守るかどうか絶妙な距離の横断歩道があったよね。今まで私達が歩いてきた道にはなかったのかもしれないし、今まで貴方は守ってきたのかもしれない。
あの日あの時、その短い信号に立ち止まった私を背に、貴方は横断歩道をなんの躊躇いもなく歩いて行って、「来なよ」なんて言ったんだ。向こう側にいる貴方は、随分遠くにいる様に感じた。その、あまりにも小さな失望が、今となっては作り上げたドミノ倒しの最初の一個な気がしているんだ。
共働きなのに家事に対して「手伝う」なんて言い方をする貴方も、将来の為の貯金なんてする気配がない貴方も、大きい買い物を何も相談しないで決断する貴方も、Yシャツにアイロンを掛けたって「ありがとう」すら言ってくれない貴方も、別に気にしてなかった。それはきっと、私がまだ恋の盲目に惑わされていたから。適齢期の間に結婚したくて、妥協していたから。
私の誕生日に、行った事もないお洒落なレストランに連れて行ってくれたの、嬉しかった。サプライズで渡してくれたバラのブーケ、嬉しくて雑貨屋さんまで似合う花瓶を探しに行ったんだ。でもね、本当に欲しかったのはサプライズじゃなくて、普段からの感謝だったんだ。
貴方の事はまだ好きだよ。でも、きっとこれから好きが薄れていく。縮まった距離感は、貴方への嫌悪感を日に日に増させていく気がする。暴かれていく貴方の本性は、まるで信号が切り替わるみたいに、新たに発見する貴方の長所を無くしていく。短い距離の横断歩道に設置されたあまり必要のない信号機が、私と貴方の価値観の違いを、私が曖昧にしていた感情を、ちゃんと色で教えてくれたんだ。
だから、貴方との思い出が素敵なものである内に、別れよう。まだ嫌いなところが信号を守らない事だけな内に。
貴方の家を飛び出て数分、貴方からメッセージが来る。
「もう一回説明してほしい」って。
これから送る一言は、正直に言っても理解できない、私が期待できなくなってしまった貴方への餞別。そして、これからは何でもない信号を守らない人とは付き合わないっていう、自分への戒め。
『貴方が信号を守らなかったから』
ところで、”赤信号”は”止まれ”って意味だよね。
完読頂きありがとうございました。
今回テイストをかなり変えてみましたがどうでしたでしょうか。
是非感想などで教えてください。
また次回まで、さようなら。