5. 生徒会
大樽高校生徒会には現在2、3年生の計20人が在籍している。
一般的な高校の生徒会と比べると遥かに人数も多いが、それだけ組織の規模と権力が大きいように思う。
そう考えると各クラスから輩出した方が公平であるというのも頷ける。
本校における生徒会は絶大な存在力を持っているが、それだけに生徒会に入れば注目されることはある意味必須条件となる。
厄介事を抱える身としては、そんな面倒なことをしている暇はないと思っていた。
「昔からどの委員会に入るにも一緒だったよね」
闇の深い顔とは打って変わって表の笑顔を全開にそう喋りかけてくるのは、同じく生徒会入りを果たした鳳条響。俺の彼女だ。
響が表と裏の顔を使い分けてくる以上、クラス内で素のまま近づいてくることは無いと考える。
「なんで自己紹介の時にあんなことを言ったんだ?」
クラスメイトに布石を打つかのように言い放った響の言葉で、俺と響が付き合っているという噂が少なからずされている。
「あぁ、あれ?だって所有物にはあらかじめ名前を付けておかないといけないでしょ?」
廊下には所々で友人と立ち話をしている生徒が見受けられる。
生徒会室へ向かうため、廊下を歩く俺たちは響によって肩と肩が触れ合う距離にいる。
表の顔で振舞ってはいるが話の内容自体は他の人には聞かせられないものだ。
階段を上り、四階にある生徒会室の前まで来た。
「失礼します」
ノックをし、中から返事があることを確認して扉をゆっくりとスライドさせる。
中は会議室のように一枚の大きな机が中央に置かれ、両サイドに役員が座り机の端、短辺部分には谷上生徒会長が座っていた。
俺と目が合った谷上はそのまま構うことなく響へと視線を移した。
「…同じく一年四組、鳳条響です」
「四組だね、あそこの空いている二つの席に座ってくれ」
谷上の座る椅子の横で立っていた一人の生徒がそう言ってくれた。
「ありがとうございます」
一礼し、響とともに席へと向かった。
視線を回し計30人ほどいることを確認し、若干の申し訳なさを座礼で詫びた。
「よし、それじゃあみんな揃ったね。これから新生徒会による第一回役員会議を始めるようか」
そうして始まった一回目の会議は、端的な自己紹介から始まった。
「僕は三年二組、尾田慶太。副会長をやっている」
三年二組というと、谷上と同じクラスか。
今後のためにも同じ生徒会の人間の名前と特徴は覚えておいて損はないだろう。
30人分の自己紹介が終わり、まずは簡単にこれからの生徒会の方針について話し始めた。
「うちの生徒会は他校の名ばかりの物とは全く違うことを理解してほしい。普段の学校生活や行事、生徒会の特例行事などやることは山積みだ。在籍しているだけの生徒会役員はすぐにでも切り捨てられると思え」
この言葉の意味を知る2、3年生は気を引き締めたような顔をしている。
名ばかりの生徒会ではないという言葉が全てを示している。
実力のない者、使えない者は生徒会にはいらないということか。
それからほんの10分ほど尾田副会長が話し続け、今日の集まりは終了した。
ぞろぞろと部屋から出ていく中で、俺と響も退室しようと席を立ったところで谷上がこちらに近づいてくるのが見えた。
ある程度人の数が減ったのを見計らってから来たのだろうか。
「気でも変わったか」
「谷上生徒会長。何のことでしょうか」
「俺が誘った時の顔はこの状況を望んでいなかったように思ったんだがな」
尾田副会長を除くほとんどの生徒会役員がこの場からいなくなっていた。
「そうですね、気が変わったのかもしれません」
ドアの方向へと歩き出し、俺たちもこの場から退散した。
「失礼します」
響と俺だけの足音が廊下に響く。
「生徒会長と知り合いだったの?京くん」
「知り合いって程じゃない。むしろ全く知らない」
「ふーん」
俺と深く関わっている人間じゃないと判断したのか、それ以上聞いてくることも興味を持つこともなかった。
「ねえ、京くん」
寮へと帰るその途中。
「MILUの交換しとこうよ」
何気なくそう言ってきた響は、友達と連絡を取り合いたいだけのような顔を繕っている。
ここで断ったところで執拗に連絡先の交換を迫ってくるだけだ。
非通知で電話をかけてこられるよりはまだマシだ。
「やったぁ!京くんのMILUゲットしちゃった!」
傍から見れば連絡先を交換したことではしゃいでるだけの絵面だが、その中身は誰もが想像し得ないことだ。
MILUの友達一覧に響の名前が追加されていることを確認してからすぐにスマホをポケットにしまった。
自室に帰宅すると、既に時刻は6時半を回っていた。
スーパーで調達した食材をビニール袋からとりだし、調理していく。
一人部屋の寮生活では自炊ができなければすぐに持ち金が底をついてしまう。
野菜を切りながら生徒会での話を思い出す。
尾田が言っていた『特例行事』が少し気になった。
学外での他校との交流、と言っていた。
各学校の生徒会が代表となって参加するその行事はただの遊びではないようだが、それ以上については話さなかった。
まずはこれから二ヶ月後に行われる中間テストが一つ目の山場となるだろう。
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誰もいなくなった生徒会室には二人が残っていた。
「早速一年生に知り合いができたのか」
「そんなものじゃない。一度すれ違っただけだ」
新生徒会長の谷上郁人と新副会長の尾田慶太。
静かな部屋に無言でいるこの空間は二人にとってはもう既に慣れたものだった。
「鳳条響………理事長の娘か」
「知ってるのか?」
「いや、聞いたことがあるだけだ」
あれだけ珍しい苗字が二人いればそう結びついてもおかしくは無い。
「鳳条財閥といえば界隈では有名な名だ」
昭和初期の頃から日本の財政を丸掴みしている、名の知れた日本の分限者だ。
そこの娘が自分のものであるかのように目を離さないでいる織谷京という男は一体何者なのか。
生徒会室に来てからずっと、鳳条は織谷だけを視界に入れていた。
それ以外の有象無象は一切興味がないと周りに示しているようなものだった。
「厄介なものを生徒会に押し付けてくれたな、織谷京」