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 その日は終日、カサンドラは父親の枕辺に座り、子どもの頃に戻ったように、頭を父親の手元にもたせかけてじっとしていた。伯爵は妹娘の頭をときどき静かに撫でていた。ふたりとも何も話をしなかったが、寄り添っていることで、互いに力づけあっているかのようだった。家令を筆頭に、使用人も足音をひそめ声を落として、部屋の前を通るのだった。


「お父様、私で大丈夫だとお思いですか」


 ふと、カサンドラはつぶやいた。


「むろんだとも。お前は私の自慢の娘だから」

「領地で、お母様とコリンと三人で静養して頂けますか」

「ああ、カーレオンの館でのんびりしよう。お前ばかり苦労をかけるのが申し訳ないが。後継は公爵や王室にご相談して、婿の候補を選んで頂くことになろう。だが、その中から選ぶのはお前だよ。お前が信頼でき尊敬できる、誠実で頼りがいのある婿を選びなさい」

「お父様、私にできるでしょうか」

「カサンドラや、領民や私たちのことばかりではなく、お前の幸せも見過ごしてはいけないのだよ」


 騎馬で駆け付けてくれたライモンド公爵と内務卿との話し合いで、カーレオン伯爵の希望も考慮した上、貴族籍にある未婚の令息のうちから、嗣子以外で年頃、品性、能力を鑑みて数人の候補を選抜し、王宮に内覧を賜ることとなった。伯爵家が選抜するのではないので、自薦他薦の候補者が伯爵邸に押し掛けることは避けられた。その間カサンドラは父親に領地経営の細部や領民の治め方、貴族当主間の親疎、政見の違いや血脈による見えない派閥などの話を聞いた。伯爵はまるで娘自身が爵位を継ぐ者であるかのように、当主としての仕事を少しずつ引き継いで行った。

 領地の伯爵夫人からも、天候が良好で豊作が見込める小麦や、北の山村で試みた果樹園が軌道に乗りそうだという話に、コリンが寝台で上体を起こして座れるようになった、といううれしい知らせも届いた。伯爵は娘の読みあげる手紙に目を細めてよろこんだ。


 内々で選抜され、人物調査を受けたしかるべき貴族の子弟のうち、王室と宰相府の内覧を通過したのはわずかに五名。カーレオンの次代伯爵となるに不足がなく、公爵家と姻戚になるにふさわしい、貴族の次、三男という条件は、かなり厳しかったとみえる。婿候補の五名の経歴書はカーレオン伯爵とカサンドラの手に渡された。

 伯爵はこのごろやっと床をはらって、安楽椅子に掛けられるほどに回復したが、まだまだ予断を許さない状態が続いていた。体力は落ち、煩雑な書類も長く見ることは難しい。それでも婿の選定は重大事なので、無理を押して一人ずつじっくり経歴書に目を通した。それぞれ由緒ある名家の子弟なので、本人を直接知らなくても、その父兄である当主は旧知の人物だ。


「ヘイスティングス伯爵家三男、レスター・キャンベル。二十三歳。王立司法大学院研究生。卒業後は司法局に入局が内定している」

「こちらはモンクリーフ子爵の次男か。クリストファー・ベケット。二十八歳。たしか西の国境で軍務についていると思った」

「ジェームズ・マクドネル。二十七歳。近衛武官だね。国王陛下付きだ。マクドネル一族は生粋の武人なのだが、彼には領地経営ができるのかね」

「セントクレア・アドナル。彼の兄は現クローリス男爵だよ。一族なのでお前も男爵には会ったことがあるだろう。弟の方は財務局勤務と聞いたな。二十五歳か」


 父の声が止まったので、カサンドラは顔をあげた。伯爵は軽くせきばらいをした。


「お疲れになりましたでしょう?」

「いや。五人目がね」

「アラン・フィッツジェラルド。グレンフィールド侯爵の次男でモリス君の兄上だ。侯爵がコリンのことを気にかけておいでなのは知っていたが、ここまでなさるとは思わなかったよ」


 父親が眉根を寄せて何度も頭をかしげるのを、カサンドラは申し訳ない気持ちで見ていた。グレンフィールド侯爵令息では、うちと家格が違いすぎる。おそらくは侯爵の誠意の現れなのだろう。奇禍により後継ぎを失った伯爵家への。コリンはもうあの事故をグレンフィールドのせいにはしないだろう。でも、モリスの顔を見るのは苦しいかもしれない。親友に投げつけた言葉をどんなに後悔しているか、家族にはよくわかっていた。


「みな立派な青年だが、彼らと直接会ってみなくてはならないね。相性も大事だよ」

「五人とも、でしょうか」


 父親は少し考えこむと首をふった。


「できれば、園遊会などで「偶然」に顔をあわせられるといいのだが。個人的な訪問では、あからさまに見合いとなってしまうだろう。ミレディアを通して公爵にお願いしてみようと思う」


 園遊会は苦手だ、とカサンドラはこっそりため息をついた。それでも、舞踏会や晩餐会よりはいくぶんましだ。園遊会なら、女性も男性も、三々五々園内を散策しながら会話を楽しみ、サロンやテラス、四阿に用意された茶菓を気の向くままに喫すればいいのだから。席次の決まった正式な晩餐会や、おそらく五人全員と交代に踊らなければならない舞踏会より、ずっと気軽に相手を見られるだろう。カサンドラはダンスが苦手だった。


「私も園遊会は賛成です。公爵様にはお手を煩わせて申し訳ありませんが、そのように」


 カサンドラが承知した様子に、伯爵も肩の荷をひとつ降ろしたようにほっとした。


 この年、王都にあるライモンド公爵邸で開かれた園遊会は、のちのちまで「園遊会のお手本」と語り草になるほどみごとなものとなった。歴代の公爵夫人が丹精を込めてきた庭園のすばらしさに、花の少ない季節を補うように色とりどりの薄絹で枝を飾り、生垣の小道は森の中を思わせる。要所要所に休憩場所が設けられ、給仕がそつなく待機している。天候にもめぐまれた。

 趣向もこらされ、例えば青色のリボンを辿っていけば湖畔に、紅色のリボンをたどれば薔薇園に、またオレンジのリボンは温室に着くとか。あちこちに隠された天使像を数えるポイントゲームとか。

 サンルームに公爵夫人と父伯爵がすわり、ゆきかう参加者をながめている。


「今日は大変お世話になったね、ミレディア」

「お役にたててよかったですわ。お父様、おかげんはいかが?少しでもお疲れになったらお部屋で休みましょう」


 心配そうな姉娘に伯爵はほほえみを向け、寄り添う手を軽くたたいた。


「あなたも、若君の様子が気になったら、どうぞ見に行ってあげておくれ」

「あら、ローリーはとっても良い子なんですのよ。おなかがすいた時以外はいつもご機嫌で」

「よかった。あなたの母も若君のお顔を見たがっているので、私やカサンドラがうらやましいそうだ」

「私も、お母様やコリンに見ていただきたいわ」


 ミレディアはいきいきとした笑顔で、庭園を散策する人々を眺めた。夫である公爵と、妹、妹の婿候補の姿が見えると、視線は彼らを追っている。


「カシーには負担をかけてしまって、申し訳ないと思っていますもの。こんなことぐらいしかお手伝いできないのがもどかしいほど。お父様はカシーがどなたを気にいるか予想はおありですか」


 伯爵は首を横にふった。五人の婿候補はほかの招待客と同じに招かれている。顔合わせとも知らせてないので、ごく自然に人となりを見たり、会話ができるといいと思っている。


「私は、カサンドラがよい感触を持った相手なら、どなたでもいいと思うよ」

「そうですね。結局それが一番たいせつなことですもの」


 園遊会の終了に、そろって見送る公爵家側のうしろに立って、同じく静かに頭をさげた伯爵令嬢に、招かれた者たちはそれぞれの反応を見せた。この場は公爵家に親しい家が多く招待されているとはいえ、思惑ありの園遊会に思うところなしとは言えなかった。ごく普通に好意的な者。公爵家を後ろ盾にして名家の子弟をよりどる地味娘に批判的な目。誰を選ぶのか好奇心を含んだ眼差し。社交に慣れないカサンドラには、いちいち心に重荷となった。



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