10
結局十日以上も公爵家にお世話になってしまった。その間、カーレオン邸はジョンストンはじめ使用人のみんなが守ってくれた。公爵はそのことば通りカサンドラの代行をしてくれた。いや、代行以上だ。セントクレアと直接談判したそうだから。
「決着がつくまで、カサンドラはカーレオン邸に戻ってはいけないよ」
「カシーはローリーと遊ぶのを手伝ってね」
「温室も見てくれないか。新しい品種の果物を手に入れたので」
はい、はい。私でできることなら。そうやって私をなぐさめてくれる姉と義兄。特別許可証の話が出て、セリカが泣きながらセオの正体を暴露した日から、何日もたって、公爵は午後のお茶に姿を現した。ミレディアは前もって聞いていたらしく、お茶は温室に準備された。
「さて、そろそろ話をしても大丈夫かな」
カサンドラはかなり落ち着き、以前の、生真面目で責任感の強い女性に戻っていた。
「どうぞお願いいたします、オスカー義兄様」
公爵はにこやかに微笑み、「そこは戻らないでくれてうれしいよ」と言った。
「セントクレアと何度か話してね。まず、セオはセオドラという名前の女性だ。セオドラは実家のクローリス男爵家で、前男爵夫人、つまりセントクレアの母君の侍女だった。セントクレアとはかなり前から恋人の関係だったらしい。侍従のダンはセントクレアの乳兄弟で、セオドラとのことも知っていた」
「カーレオン伯爵から、弟を婿候補にどうか、と尋ねられたクローリス男爵は二つ返事で承諾した。弟の意向も確認しなかったようだ。侍女と恋仲だとも知らなかった、とのことだ。うすうす気づいても、たかが使用人のこと、一時の遊びと思ったのだろう。よろしくはないが、貴族の内向きには珍しくない。本家の伯爵家を継げるなら諸手を挙げて歓迎、だったのではないかな」
公爵はお茶を口に運んだ。姉妹は静かに座って待った。
「セントクレアは財務局に職を得て、いずれは男爵家から自立し、文官として身を立てたのちには、セオドラと結婚してもいい、と思っていたそうだ。そこへ伯爵家の婿入りの話が来た。しかも兄がすでに承諾の返事をしている。なぜかとんとん拍子に王家と宰相府の選抜に残ってしまった。候補五人の中でも一番爵位が低いのにもかかわらずだ。たぶん、伯爵家の同族、という底上げが働いたのだろう」
「そして、カサンドラから消去法で選ばれてしまう」
「私が、いけなかったのでしょうか。セントクレアを選んだのは私です」
「いやいや、候補になった時点でセントクレアが辞退するか、伯爵家側の誰かに恋人の存在を打ち明けるかしていればよかったのだ。カサンドラには知りえなかったのだから」
「婿入りに際して、セントクレアとセオドラは別れなければならなかった。別れを拒否したのはセオドラの方だったようだね。苦肉の策でセオドラを男装させ、ダンと共に、実家から連れていく侍従といつわった。男爵家の方は、侍女セオドラは辞職しているから、そのからくりはバレなかった」
「馬鹿なことをしたものだが、そこまでですめばまだ罪は浅かっただろう」
「セントクレアは、法的にカサンドラと婚姻して伯爵の後嗣となった。一年たてば伯爵は爵位を彼にゆずって領地で隠居の予定だ。それまでの間教会での婚礼を引き延ばし、爵位を受け継いだらセオドラと婚礼を挙げて、それをたてにカサンドラとは離婚するつもりだったそうだ」
「なんですって!?」
「セントクレアには、従順なカサンドラが彼の意向に反対するとは思ってなかったようだよ。自分自身アドナルの一族なのだから、血統にも問題ないとうそぶいた。どこまで自分本位なのだろうね。あの男にはそこまでの根性はなさそうだが、女の方は違った。カサンドラが素直に離婚に応じなければ、強硬な手を使って来た可能性がある。それはダンの証言から推測できる」
「まあ、ならず者に襲わせるとか、毒を飲ませるとか、だね。これは明らかな爵位簒奪だ」
「カサンドラを排除しても、伯爵もいるし伯爵夫人もコリンもいる。もちろんミレディアと私も黙ってはいない。セントクレアにもセオドラにもわからなかったのだろうかね」
セントクレアはおだやかな優しい人だった。この半年の結婚生活が砂上の楼閣だったなんて。カサンドラは改めて足元に大きく暗い穴が開く心もとなさを感じた。これでもう大丈夫と思ったあの安心感は偽りの上に乗せられただけだった。
「爵位の意図的な簒奪は、反逆罪のすぐ下の重罪だ。セントクレアはそのあたりはまったく思ってもみなかったらしいよ。自分はあくまでもアドナル一族なので、本家の養子にでもなった気でいたのかもしれないな」
「簒奪が証明されたら、絞首刑。それを教えてやったら泡を吹いた。覚悟のない人間が大それた夢を見るものじゃないね。セントクレアには自首と離婚を勧めておいた。今頃実家に泣きついていることだろう。さて、女侍従はどうするかな。カサンドラに逆恨みも怖いしね。セントクレアに責任を取ってもらおうか」
カサンドラは頭を振った。このぼんやりした霧を払わないと。考えなくちゃ。
「離婚はいやかな。セントクレアを愛している?」
「い、いいえ、愛そうとしたの。でも、私の努力が足りないとばかり、空回りで……」
「よかった。離婚はいやだ、と言われたらどうしようかと思った。正確には離婚ではなく、婚姻の無効となるよ。婚姻時以前の計画だからね」
「自首して計画性を否定できれば、罪一等が軽減される。腕のいい法律家なら相談されれば教えてくれるはずだ。絞首刑が軽減で辺境での重労働役。今なら南の砂漠化地帯での灌漑用水路掘削だろうね。死にはしないよ。婚姻無効となれば、セントクレアと女侍従を結婚させて二人で仲良く労働役についてもらおうかな。どうせ王都からは永久追放だしね」




