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(三)直江兼続

(三)直江兼続

訴えは思いがけない早さで上へ取り上げられた。村の衆が大勢集まって連日騒ぎ立てたためか、はたまた代官たちが責任を負わされるのを嫌って上へ投げたのか、理由は分からない。ともあれ、家老の直江兼続自身がこの問題に乗り出した。

「おもてを上げよ」

 きれいに掃き清められた砂の上に平伏した竜次と里と椿丸は、この日が来るのを待ち望んでいた。

「三宝寺様は、我が父と母を、道理もなく殺めたのです」

 兼続は表情を動かさない。腕を組んで無言で竜次を見つめている。

「ご家老様。このような非道がまかり通れば道理が通りません。どうか三宝寺様を、死罪か、知行地召し上げにして下さいませ。私らだけでねえ。村の衆も、みな許せねえと、怒りが抑えられねえのです」

「なるほど。その方らの言い分はよく分かった。なれど三宝寺の言い分も聞いた。婆と爺に非礼があったと言っておるが、まことか」

「決してそのような事はござりませぬ。このまま、お(とが)め無しでは、父と母は浮かばれませぬ」

「おぬしらの気持ちはよう分かった。なれど、三宝寺を死罪にするわけにはゆかぬ」

三人は頬を紅潮させて奥歯を噛み締めた。

「それでどうじゃ。銀百貫を与えよう。これで終わりにしてはくれぬか」

 三宝寺勝蔵は戦場での指揮に長けており、配下の兵は猛勇で統制がとれている。北条との雲行きが不透明な今、兼続としては三宝寺を処罰したくはなかった。三宝寺にいかに非があろうとも、上杉家の武威を損なうわけにはいかない。

「三宝寺には厳しく申し聞かせるゆえ、これで堪忍してはくれぬか」

 竜次は納得できない。里も椿丸もそうだった。

「ご家老様。承服できかねます。どうか、三宝寺様に何らかの罰をお与えください」

「それは出来ぬ」

「出来ぬとおっしゃるならば、父と母を帰してくだされ」

「何じゃと」

「もとの元気な姿で、ここへ連れてきてくだされ」

「死んだ者は、生き返らぬではないか。無理を申すでない」

「ならば、三宝寺様に切腹をお命じになってくだされ」

「それも出来ぬと申しているではないか」

「ならば、父と母の無念は、どうすればいいのですか。我らはただ黙っていろと」

「だから銀百貫を、と申しておるではないか。百貫では不服か。それなら二百貫ならどうじゃ」

「爺と婆の無念を申しております。百貫が多いの少ないのの問題ではござらぬ」

「ご家老様の寛大なるご慈悲に文句をつけるとは無礼千万。百貫に飽き足らず、ゆすって多くもらおうという魂胆か。強欲にもほどがある。その心根の卑しさよ」

 この場で同席の家臣が余計な口出しなど、分をわきまえぬ傲慢なふるまいに他ならない。が、兼続は家臣を叱責せず黙認した。

「銀が欲しくて、値を吊り上げるために申し出ていると、そのように思われるのか。断じてそうではない。天地神明に誓って、声を大にして申し上げる。そのような卑しい心で、ご家老様に願い出ているのではござらぬ。父と母の無念を晴らしたいがためじゃ。銀欲しさに訴えを起こした、などと思われているなら、片腹痛い。これだけは、強く申し上げたい」

 竜次の言葉に嘘はなかった。故人の名誉のために訴えている。しかし、兼続から見れば、不可能な事との二者択一を迫ることで要求を通そうとする強引な論法にみえた。

(厄介な事になった)

兼続の顔に疲労が現れた。

「銀など要らぬ。婆を返せ。生き返らせろ。爺を今すぐことへ連れて来い」

椿丸も叫ぶ。

「銀など欲しゅうない。それより二人を帰せ、今すぐ帰せ」

お里も続いた。

「無理を申すでない」

「ならば三宝寺様にお咎めを」

「それもできぬ」

 竜次は目を見開いて身を乗り出した。

「銀は要りませぬ。くれるといわれても、受け取りませぬ。銀が欲しくて訴えを起こしたと思われては、恥ずかしくて世間様に顔向けができませぬ。我らは、そのような強欲な者ではないと、命をかけて言わなければ、ご先祖様に会わせる顔がありませぬ」

椿丸も身を乗り出した。

「銀は要らぬ。爺と婆を帰してくれ。それが出来ぬなら三宝寺様にお腹を召していただきたい」

直江兼続は、腕を組んで空を見上げた。かなたに視線をやりながら、じっと静かに端座して、ふうっと大きく息をついた。

「よう分かった。望みをかなえてやろう」

兼続は、硯と筆を持ってこさせた。文机にさらりと広げた巻紙に、流暢な手つきで書状を書き始めた。手は止まらない、一気に書き上げると花押(かおう)を入れた。

「あの世の閻魔大王に書状を書いた。五助と梅を、この世に戻せとお願いした。この直江兼続の花押入りじゃ」

 竜次らは神妙な顔で書状を見つめた。

「この書状を持って、あの世に行って、直接、閻魔に掛け合え。わしの墨じゃ。閻魔も悪いようにはせぬであろう」

兼続自らが、竜次の座る庭へ降りてきて書状を手渡した。

「おぬしらが、自ら行って閻魔に届けよ。自分の親のことであろう」

兼続は近習を振り返った。

「この者らを、あの世へお連れ申せ」

 六尺棒を持った足軽が、大きな足音をたてて、どっと雪崩れ込んで来た。物も言わずに三人を縄で縛りつけた。

竜次たち三人は、屋敷の外の草むらまで連れて行かれ、縛られたまま草の上に座らされた。

やがて足軽を指揮する侍がゆっくりと近づくと、静かに太刀を抜いて八双に構えた。

 何かを言う暇もなかった。白刀が一閃し、三人の首が落ちた。

首のすぐ脇には、兼続が閻魔大王にしたためた書状が添えられていた。


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