(二)山伏
(二)山伏
棺桶を担ぐのは村の若い衆である。老夫婦は若者が好きで、折あるたびに何かと世話をやいていた。
大往生の歳とはいえ、あまりに理不尽で、あまりに突然の死に、村の若者たちも悲しみを隠せない。
「竜さん。いつ、仇を討つんだね」
惨劇から今まで、目立った動きをみせない竜次のことを、村人たちは歯がゆく思っている。
竜次は答えない。
二つの丸い桶が、ゆっくりと沈められていく。赤茶けた土が落とされ、やがて棺桶は見えなくなった。
(このままでは済まされない)
竜次は、泣き寝入りするつもりなど、毛頭なかった。一見穏やかに見える風貌に似合わず、蛇のような執念深さを内に秘めている。
(家中には三宝寺を快く思わない家臣もいるだろう)
偏狭で無用に敵を作ることが多い三宝寺のことだ、そういう者の力を借りて、家老の直江兼続に訴えることが出来れば、三宝寺に罰を下してくれるのではないか、竜次はそう考えていた。
弔いの場に、見知らぬ白装束の男が近づいて来た。頭に黒いものを付け、手には棒を持っている。山伏だ。
やがて当たり前のように葬送の村人たちの中に入り込み、弔いに加わった。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
歳のころは四十の半ばだろう。顔は真っ黒に日焼けし、体は六尺をこえる偉丈夫で、腕は丸太のように太い。
「父とは、どのようなご縁で」
「五助さんとは、十日ほど前に、峠で一休みしながら、ともに黍団子を食した。徳のあるお方とお見受けしていただけに、残念に思っております」
「お名を、お聞かせくださいますか」
「了雲と申す。武州、高尾山薬王院で修行したのち、諸国行脚の旅をしている」
「武州から、ですか」
竜次は、思わず顔を上げた。武蔵の国は北条の勢力下で、ここ越後の上杉とは敵対関係にある。
※
余談だが、越後の上杉と関東の北条は、不倶戴天の敵として戦さをくり返してきた。
上杉謙信といえば武田信玄との戦いが有名である。だが、謙信が生涯を通じて戦い続けた一番の宿敵は北条であり、執着を持ち続けたのは、関東の地であった。
上杉と北条は、短期間だが同盟を結んだこともあった。しかし謙信の死後、後継者争いが起こり、北条も巻き込んだ複雑な政治情勢を経て同盟は破綻し、両家の関係はさらに悪化していた。
※
了雲は、竜次に近づくと耳元でささやいた。
「あきらめる事は、ありませぬぞ」
それだけ言うと、言葉を濁して竜次から遠ざかっていった。
錫杖の音が、竜次の耳からしばらく離れなかった。