門出
王道です。
高校二年生に上がったばかりの四月の高校からの帰り道。何もかもがオレンジ色に染まり、太陽を見ると涙が出そうになる時間帯。
公園で揺れる影。子供達の泣き声と悲鳴。大人達の驚愕の目。煩わしいサイレンの音。
私は、私は、人を殺した。殴打した。滅多刺しにした。
なんで自分が人を殺しているのかが分からない。
困惑で泣きそうだ。
「お、ぐおぉ。」
クラスメイトで一緒に帰るくらいには仲がいい、親から愛されている、私とお揃いのストラップを鞄につけている夏目という少女を殺した。夏目ちゃんのお母さんはどう思うだろう。お父さんが事故で死んで、まだ二年とたっていない時期に娘まで殺される。しかも家に遊びに来たことがある友人に殺される。
恨まれるだろうか。そうだろな。別にいいや。
私を見ると子犬の様に『命ちゃん!』と笑顔で呼ぶ少女は今、血を吐いて驚愕の目で馬乗りしている私を見る。
ーーーーーー可愛い。興奮する。
自分の口角が上がっていることを知る。笑っている。
そんな自分に驚愕し、困惑する。
けども、気づく。なんで人を殺したのかが分かった。
ただの衝動だ。殺したいという衝動に抗えなかった。最初は凝固なその檻も、もう錆びていたのだろう。衝動という化け物を飼うには適していないほどに錆びついた。
思えば今日は朝からイカれていた。なんで包丁なんか持って学校に行ったんだろう。
二人きりになる機会があれば誰だって殺していたんだろう。
それがたまたま夏目だっただけで。そうだっただけで理由はないんだろう。
昨日、夏目にはクレープを買うのに千円借りたのになぁ。これじゃあ、返せないじゃん。夏目のお母さんにでも返そうかな。
私は正気を失った夏目の死んだ魚のような目を見る。そして、私は夏目の瞼を下ろす。
血だらけになった顔、血だらけの制服、血だらけの身体。私はこんな姿でパトカーに乗れば警察が血を吹くのに大変だろうと思い水場へと向かう。懲役何年だろうか?とか私の両親は悲しむだろうな、とか考えながら、夏目ちゃんにごめんなさい、と思いながら移動した。
蛇口を捻ればジャーっと水が勢いよく出てくる。
「わっ、冷たっ。」
まだ四月なので水が冷たかった。
パッっと飛び退くと、ーーーーーー光った。
目の前が光で、真っ白に染め上げられる。人を殺したって、溢れ出る臓物を見たって込み上げてこなかった吐き気が私を襲う。
浮遊感にあい反するような落下感が同時に来る。体がシェイクされるような感覚が気持ち悪い。
そのような時間が二、三分続き世界に色がつき始める。
ーーーーーーそこは豪華だった。ペタンとお尻から倒れる。
違う意味で光っている。金銀の煌びやかな光が、頭上のシャンデリアのオレンジ色を帯びた暖かい光が、何故か発行している白い、ただひたすらに白い壁が光っている。
私の下にはこれまた豪華で絢爛な絨毯が。私についた血が垂れているのに色が変わらないくらいには紅い絨毯。その絨毯は目前にある一つの椅子に伸びていた。
その椅子はいわゆる玉座だった。漫画とか映画とかでしか、まず見たことがない金銀類がふんだんにあしらわれた椅子だ。お金の無駄使いだし、金銀が粗末に使われすぎだろ、という無駄の極みのような椅子がある。
そこに頭が生えている。
ん?あ、違う。
おっさんが座っているけども、着ている服も豪華すぎて椅子と同化してるだけだ。
そこまでいくのなら金をそのまま着とけばいいじゃん。そう思わざるを得ない。
「え、わっ。なんだ!?」「わっ!?」「えっ、えっ。」
横からこの部屋に似つかわしくない間抜けな声が三人分聞こえる。
不愉快になったから、一人殺せば二人も三人も一緒じゃん、という考えのもと、殺すと決める。どうせなら死刑になろうと腹を括り、包丁を取り出し、、、忘れた。包丁がない。どっかいった。
じゃあ、止めよ。
というか警察は?パトカーは?手錠は?
「……えっ、華城さん?」
なんで私の名前を?と思うとクラスメイトだった。というか横にいる三人ともクラスメイトだった。
「……お久しぶりでございます、秀司様と三英傑様。どうか再び世界を救ってはいただけないでしょうか。」
は?お?は?
またも光とか関係なく頭が真っ白になる。今日だけで何回、思考を停止すればいいの?もう嫌なんだけど、何がなんだか分からないし、怖いし、さっさと警察でいいから、というか警察がいいから私を捕まえて欲しい。
パトカーは?さっきまで近くにいたじゃん。サイレン音だってしてたじゃん。何処に行ったのさ。
っていうか此処、何処ッ!?!?!?
幻覚?ドッキリ?……いや、ドッキリは無い。だって、私は人殺しだし。
というか久しぶりってなに?何がどうなってんの?
警察は何をしてるの?人殺しをさっさと捕まえなさいよ。職務放棄してんじゃ無いわよ。税金、払っている善良な市民がかわいそうじゃん。
「……サンドラ王か?」
えっ、誰の声?と思い後ろを向くと同じクラスでずっと本を読んでいる、暗いイメージしかない秀司くんが一人だけ立って、おっさんに話しかけている。
「えぇ、そうでございます。」
「何故、また俺たちを呼んだ?魔王は倒しただろ?」
痛い。痛すぎる。なんだ、そのセリフは。誰か気づかせてあげなよ。痛いから。
そう思って、横の三人を見ると真剣な顔して頷いていた。
いやぁ、嘘でしょ?
えっ、私は嫌だよ。そんな現実。そんな、本当にゲームみたいに勇者が世界を救うとかいうやっすい使い込まれて真っ黒になった雑巾をさらに使い続けているような設定が現実にあるなんて、悪夢じゃん。
「ですが、あれで終わりではなかったのです。魔王ゼルーーーーーー
私は聞くのを辞めた。
いや、どうでもいいよ。魔王がどうとか、また世界を、とか。くっそどうでもいい。昨日食べた昼ごはんが何か、という疑問以上にどうでもいい。
私は横の真剣な顔の三人を、後ろの余裕そうに聞いている痛い人を冷めた目で見る。そして、ふつふつと徐々に怒りが込み上げてくる。
此処まで来れば分かる。
なんか昔、四人で地球とは違う、この世界を救ったんだろう。そして今、新たな脅威が出たからまた四人を呼んだ。私はそれに巻き込まれた。はいはい。
本当に苛つく。これなら、私が夏目を殺す必要なんて無かったじゃん。夏目のお母さんを悲しませることも無かった。私の両親を苦しめることも無かった。また、夏目と遊べた。
私は誰かを殺したかった。それは誰でもいい。
それなら地球じゃない此処で人を殺せば良かったんじゃん。
もっと早く、もっと早く、もっと早く、私を此処に呼べよ。
自分の衝動を、檻に封じ込めなくても良かったかもしれないのに。
此処の人達だってきっと生きている。幸福に幸せに生きている。きっと地球の人達とそう変わらない。
なら、なんで私を此処に呼ばなかったのよ。此処には私が人を殺しても悲しむ人は地球にはいないじゃん。此処に住む人達がどう思おうと、どうだっていいじゃん。うざいなぁ。殺したくなってくるなぁ。むしゃくしゃするなぁ。
「……命さん。す、凄い殺気だよ?」
ーーーーーーーーー私はそこで気づく、周りの人達が、置物だと思っていた甲冑鎧の騎士が武器を此方に向けていることに。
「なんという殺気だ。それとその赤黒い服からキツい血の気配がする。」
騎士の一人がそんなことを言う。
私の服は真っ白だけど、、、あぁ、血の色か。服を見ると袖以外は乾いて血で赤黒くなっていた。けども、臭く無い。匂わない。血の匂いがしない。なんでだろう。
というか殺気ってなに?
「……華城さん、それって、血?
あ、終わった。なんだ、司法に殺されるかコイツらに殺されるかの違いだけじゃん。
……まぁ、いっか。
……大丈夫!?!?!?」
「ほんとだっ!?血だらけだ!?華城さんっ!?!?」
二人がそう言うと周りの騎士達も武器を下ろし、大丈夫?という此方を気遣うような目に変わる。此処にいる誰もが私を心配し始める。
ふっ、ふふっ。あはは、あははははは!!!!
コイツら馬鹿だ。それに使える。この状況は使える。もっと心配して勝手に妄想を膨らませろ。コイツらの脳内での私をもっと傷つけろ。死ぬほどに傷つけろ。
私は此処から弱い少女になる。人なんて、生き物なんて殺せないような印象を受ける少女になってやる。新しい門出だ。どうせなら、いけるところまでか弱くなろう。
そして、殺したくなったら闇夜に紛れて殺せばいい。適当な誰かを。
そうだ、涙を流そう。私は両手で顔を隠す。
「すいません。さっきまで襲われてたんです。それで、ごめんなさい。男の人が怖くって、殺してやろうって。すいません。」
滲むような、同情を誘うような弱い声で語る。真実を騙る。
誰もが息を呑む音がする。誰も私に声をかけられない。完璧に優しい、此方を憐れむような目に変わる。
あっ、ははぁ♪ふふーん♪
どんどんと今まで殺していた私が顔を出す。心にある檻が粉々に、監獄が脱獄囚で溢れかえる。これからもどんどんと出てくるだろう。
私は、もう自由だ。鳥籠なんてもうない。
檻も作る必要が無い。
ーーーーーーーー私は死ぬ。きっと死ぬ。多分、三ヶ月と持たない。どうせバレる。
けども、うん、きっと後悔はしない。
いい門出だ。
いい天気だ。
いい人生だ。