7月20日
―明日、アリーシャ隊の一人と戦うことになったんだ―
―……僕の友達と、ね―
前日にラヴィッチからそう告げられまた戦争が始まるんだと胸が締め付けられる思いと、彼の友達と戦うことになるという複雑な思いに葛藤していた。
場所は人気の無い森の中。どこから来られてもいいようにライ厶達は既に戦闘服に変身し、倭と茜と鎖椰苛を囲うように守りながら歩いてくれている。その後ろをラヴィッチが歩いている。
「よぅ」
「!!」
その人はいきなり攻撃してくる訳でもなく木に凭れながら退屈そうにこちらを見ていた。
さらさらと靡く銀髪に軍服のような正装、ラヴィッチと同じ青い瞳がこちらを射抜くように見ている。
ライ厶達が警戒しながら倭を庇うように前に出た。
「俺の名は…」
「めっちゃイケメンやーーーーん!!!!!」
茜が食い入るような目で彼を凝視し一人嬉しそうに飛び跳ねている。
そしてウチは茜って言うんで茜ちゃんって呼んでくださいね♡とまるで合コンでもしているのか錯覚するほど自然な流れで自己紹介をした。
「あ、オレは鎖椰苛だ」
「本条緑です」
「紺野ライムだ」
「レイノーラ・ステイブルーよ。レイと呼んでくれて構わないわ」
「あっ、黒花やま……」
「阿呆か貴様ら!!!敵に仲良く自己紹介してどうする!!!!!」
皆が順番に自己紹介していき、最後に倭が名乗ろうとした所を遮りナイチがまとめて突っ込みを入れた。
まるで倭が空気のようで少し悲しくなり泣きべそをかいてしまった。
すぐに気付いたラヴィッチが倭を慰めるように頭をよしよししながらナイチを睨みつける。
ちなみに彼の名前は事前にラヴィッチから教えて貰っていた。
「やま、泣かないで?……ナイチ、空気ぐらい読めないの?ねぇ」
「はぁ!?俺のせい!?貴様らが阿呆すぎるから突っ込んだだけだぞ!!っておいラヴィッチ帰ろうとするな!!」
「……はぁ」
「溜息!?」
「ナイチうるさいから戦う気無くした」
「いやまともな事を言っただけでそうなるなよ!!」
二人のコントのようなやり取りが延々と繰り広げられ、こいつらは本当に友達なのかとライ厶が小さな声で呟いた。ある意味友達なんじゃねぇかと鎖椰苛が返し苦笑いする。
先程のようなピリピリした空気が和らいだ気がしたのでもしかしたら戦わずに仲間になってくれるのではと期待値が高まり説得に入る。
「私たちの仲間になるって気持ちはある?」
「ない」
終了である。それも真顔で言われてしまっては話だけで解決というのは叶わないだろう。
「いや、だからここに来たんだろう」
そして冷静な声で突っ込まれる。ナイチはどこにいてもツッコミ役なんだろうなと倭は頭の隅でそんなことを考えてしまった。
「あーもう、埒が明かないな。お嬢、ライさん、みっちゃん、殺っていいよ」
ラヴィッチはこれから血に塗れた戦闘が始まるとは思えない程のキラキラな笑顔で頑張ってねと三人に手を振った。この時全員がラヴィッチに対し本当にナイチとは友達だったのかと心の中で疑問視したに違いない。
「……まぁいい、行くぞ……ふっ!」
「っく……!」
ライ厶が躊躇いなくナイチに突撃し綺麗な長い脚で思い切り蹴り飛ばした。油断していたナイチは飛ばされるも瞬時に空中で体勢を整え右手から光を出現させ大きく円を描くように広げるとライ厶に向けて掲げた。
「……!な、んだこれ……身体が動かぬ……!」
するとその光はライ厶を縛り付け動きを封じさせた。
ナイチも緑やレイのように魔法が使える事に驚いた。というか最早アリーシャ隊全員が魔法を使えるんだろう。
追加で魔法が来てやられてしまうとライ厶が必死にもがいて抜け出そうとするがそれは微動だにしない。
「ライム……!っきゃあ…っ!!!!」
レイが駆けつけその光に触れるとバチィッ!!と大きな音を立て吹き飛ばされてしまった。
緑も魔法を使ってライ厶を解放させたいがあの状態では彼女にまで攻撃が当たってしまう為何も出来なくなっている。
「みー!時間を稼げ!!我がその間に……ッ!?!」
突如銃声が鳴り響きライ厶の腹部を貫通させる。
ナイチが銃弾を発射させた。彼は魔法と銃の両方を扱うことが出来るようで銃を構え真っ直ぐにライ厶を撃った。
ドサッと倒れ込むライ厶から血が溢れ、地面を黒紅色に染めていく。
映画やドラマの世界でしか見たことの無い本物の銃。それを躊躇いなく人に撃ってしまう彼が、怖くてたまらなかった。
「ライム……!私が回復を……!」
遠くまで弾き飛ばされていたレイがカードを手に持ち、銃に当たらぬよう機敏に動きながらライ厶に近寄った。
が、遅かった。
「ふ……」
「……ッ!?」
カードが光を放ちライ厶を包もうとした所でナイチの銃に撃たれ無造作に倒れてしまった。
「な、なぁ……二人とも……気ぃ失ってるだけ、やろ?!」
「……あぁ、ライもレイ嬢も、ギリ心臓からズレてるところに当たってる。痛いに変わりはねぇけど」
「あんなの……一般人の私達が受けたら……」
そう思うと身震いした。ライ厶達は魔術師だからある程度の痛みには強いのだろうけどただの一般人の倭達が食らってしまったら、例え心臓から外れたとしても命に関わるだろう。
今、目の前では緑が魔法を唱え、ナイチと戦っている。銃弾を上手く躱し、本を開いては術を唱えて攻撃を与える。
ナイチも遠くから同じように魔法を使い、緑の攻撃を避けては銃を容赦なく発砲する。体力の限界が来るのも時間の問題だ。
「在原ちゃん……」
「……」
不安になりすぐ隣のラヴィッチを伺うと、彼は怖いくらい冷酷な視線で二人の戦闘を見届けていた。何を考えているのか全く読めない。
(どうしてそんな目で見ているの……?)
「あぅっ…ぐ…!!」
すると悲鳴と銃声が聴こえ、瞬時にその方向を見ると血塗れの緑が倒れていて動かなくなっていた。
「みど、りん……」
「ちっ、無傷で勝つつもりだったんだが当たってしまったか……」
それでも少しはナイチにダメージを与えられていたようで頬に傷が出来て服にも血が滲んでいた。
だけど頼みの綱の三人がついにやられてしまった。ナイチはこちらに近づいて、余裕そうに銃のトリガーガードに指を入れてくるくる回している。
次は誰を殺ればいい?と恐ろしい事を言いながら。
もう頼れるのは彼しかいない。
「在原ちゃん……!!!」
名前を呼ぶが返事はない。助けてくれない事に悲しくなり俯いて涙を流す。
「あり、はらちゃ……っ、お願い……っうぅ……助けて……っ!」
藁にもすがる思いでラヴィッチに泣き付くと、頭を撫でられた。その手が温かくて思わず顔を上げると、いつもの穏やかな表情の彼がこちらを優しく見つめていた。
「……任せて」
倭の涙をそっと指で拭うと、それだけ小さく呟いて前に出た。その背中がとても頼もしく見えた。
「ナイチ、他の皆には手を出さないで欲しい」
「……」
「ここからは僕と一対一だ」
「……ラヴィッチ…!」
「ふふ、そんなに躍起にならなくても。ナイチはもう僕の……敵でしょ?」
ラヴィッチが前に出てからナイチの表情が曇りだした事に気付く。敵、とハッキリ言われきっと悲しくなったに違いない。青い瞳が揺らいでいる。
「……あぁ、そうだったな。貴様は俺の敵だ……受けて立ってやる……!」
吹っ切れた顔で再び左手から魔法を生み出す。ラヴィッチも剣を手に持ち、一直線にナイチに向かって走り出し振りかざす。
望まない展開に胸が張り裂けそうだ。二人のことはまだ全然知らないけれど、ずっと一緒にいて戦って強くなって戦友になった仲間とこうして殺し合いをすることになるなんて、聞くだけで悲しくなる。
ラヴィッチが思い切り剣を横に振り切ると、ナイチの胸辺りを大きく切り付けた。ナイチは痛みに顔を歪ませたがすぐに銃を構えトリガーを何度も引きラヴィッチに放つ。それは彼の肩や腹部を掠め、怯みかけるも即座に魔力を自分の剣に憑依させナイチを斬る。
どちらも攻撃をまともに食らっているにも関わらず動きが鈍くなる事なく戦い続けている姿を見て、両方本気でぶつかり合っているのだと悟る。
見ていられなくなり目を閉じたその時、倭の脳裏に突然映像が浮かび上がった。
その映像には二人の小さな子どもがいて、顔立ちや髪の色からラヴィッチとナイチだとすぐにわかった。年齢までは定かではないが恐らく小学生前半だろうか。
『貴様、今日は調子がいいな』
『あははっ!そうかも!ナイチと一緒だといつもより力が発揮出来るんだっ』
ハッと目を開くと実物の彼らが戦い続けている。先程よりもお互い大きくダメージを負っていた。返り血なのか、己のものなのか、分からないくらいに出血が酷い。
そしてまた目を閉じると同じように再び映像が浮かぶ。
ほんの少しだけ大きくなったラヴィッチとナイチが笑い合っている。
『ナイチはずっと僕の親友……あ!戦友だ!』
『フン、俺の他にもアリーシャ隊に戦友ならいるだろ。いちいちうるさい奴だ』
『僕の最初の友達は君だもん!一番の戦友だよ!』
『勝手に言ってろ』
恐らく過去の出来事なのだろう。
その情景を見ながら倭は自然と涙が溢れた。茜に大丈夫?と心配そうに声をかけられ何かを察した鎖椰苛がそっと倭を抱き締めてくれた。
「……っ、クロ……」
「……!ライちゃん!レイちゃん!みどりん……!」
倭達の傍で、倒れていたライ厶達が目を覚まし現状を茜が説明した。
ひとまず目を覚ましてくれた事に安堵し目を閉じると再び幼い彼らの姿が浮かび上がった。
空は暗く雨が降っていて、何故かラヴィッチが大泣きしている。よく見るとナイチの右腕に切り傷があり血が流れているではないか。
『ナイチ……ごめん…っ、僕が……悪いのに……!』
『気にするな』
『だってこんな……怪我させて……!』
きっと一緒に訓練をしている最中にナイチがラヴィッチを庇い怪我をしたのだろう。それで自分を責めて泣いているのだ。
『僕……っ、ナイチの……戦友……失格だ……っく、うぅ……』
『阿呆!!今まで五月蝿いくらい戦友戦友言っておいてこんな事で戦友失格だと?いつもの堂々とした態度はどうした!!これでは戦友の貴様を思って助けた俺が報われんだろう!!』
真っ直ぐな瞳でそう叱るナイチは本当にラヴィッチの事を大切に思っているのだと知った。そんな二人が戦うのはやはり間違っている。
「……っしまった……!!」
現実のナイチの不意をつかれた声に目を開けた。体力に限界が近いのか彼は身体の力が抜けてしまい尻餅をついて転倒した。
「ぅおおおおお!!!」
すかさずラヴィッチがナイチの上に跨るように立ち膝になり、顔面目掛けて剣を振り降ろそうとする。
ナイチは覚悟を決めたのかグッと目を閉じた。全員が息を飲んだ。
そして直後にドスッという鈍い音がしたが剣はナイチの顔の真横に突き刺さっていた。
「ははっ、やーめた♪ナイチにトドメは刺さないでおこうっ♪」
この状況に似つかわしくない位の明るいラヴィッチの声が静かな森の中で響く。彼はちょうど倭達に背を向けた体勢なので顔色を伺うことは出来ないがどんな表情をしているのか倭には分かっていた。
「何故だ…!俺は貴様の仲間とやらに手を出した!敵ならば早く殺せ!!」
「殺らないよ」
「……っ、だから、何故……っ!?」
ナイチが言葉に詰まった。恐らくラヴィッチの表情を見たからだ。
「ナイチは……っ、僕の、戦友だからに……っきま、ってる…じゃん……」
「……っ!ラ、ヴィッ……チ……」
ラヴィッチは言葉を詰まらせながら、涙を流しながらそう告げた。ナイチも彼のその言葉を聞いて涙が出ていることに気付いた。
「大切な友達を殺すなんて……やっぱり出来ないよ」
そう言うとその場で立ち上がり今も倒れているナイチに手を差し伸べる。
「ナイチ…僕の仲間に戻ってきて?
……君が必要なんだ」
ナイチは弱々しく自分の手をラヴィッチに伸ばした。
その手を勢いよく掴み、ありがとうと嬉しそうに笑った。
「という事でナイチも仲間に戻ってきたから、よろしくね」
きっと各々言いたい事があるに違いないのだが、ラヴィッチの有無を言わさない笑顔に誰も声を上げることが出来なかった。
戦闘は苦戦したが最終的にこちら側に来てもらうことが出来て良かったと思う。
アリーシャ隊というものが一体何人いるのか教えて貰っていないがこうして一人ずつ説得して仲間になってくれればと願う。上手くいかない事はもちろん分かっているし戦闘は避けられない事もわかっている。
―――
「次は私達の番ね」
「うん、そうだね」
真っ暗な室内で大好きな彼女の声だけが聞こえる。もしも僕の目が誰かに抉り取られて見えなくなってしまっても妹の声を聞くことが出来るならそれでもいいと思った。
「じゃあ、この水色の女の子をまた血祭りにあげようか」
「女を狙うなんて……兄さん……破廉恥」
モニターに映し出された水色の髪色の女の子にしようと指差すと妹は悔しそうにプリプリと嫉妬心をあらわにする。安心させるように妹の頭を引き寄せ、そっと口付ける。
「大丈夫だよ、僕が一番愛しているのは…………ね?」
「兄さん……嬉しいわ…」
キスをするとすぐにうっとりするその瞳がたまらなく好きだ。この世界に僕達二人だけだったら、ずっとこうしていられるのにと思う。
それもこれも、僕達に居場所をくれたサラン様のお陰である。
「ラヴィッチ君とナイチ君の代わりに、僕達がサラン様を喜ばせる結果を出そうね」
「えぇ、そうね。ナイチ君は何かムカつくから彼もグチャグチャにしてあげようかしら」
「ナイチ君のこと嫌い?」
「だってナルシストだし、兄さんの方がかっこいいもの」
「本当、可愛いこと言うね…」
愛おしくて仕方なくなったのでベッドに押し倒して再び唇を重ねた。
この微睡みが終わったら作戦会議をしよう。
今度こそサラン様のために……。
ナイチが仲間になった!
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