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真孝、何者?

 私はちゃぶ台の上にある自分の部屋の鍵をひったくって、置いてあったジャケットを掴むと、ダッシュで真孝まさたかの部屋を出た。アパートの外階段をどたどたと駆け上がり、自分の部屋の中に入ると、やっと息ができた。


 なんだろう、この心の奥底で爆発しそうになる苦しくて甘い感情。

 年末じゃないけど、<第九>が頭の中で鳴り響く!


『もうずっとおまえが好きだったんだよ! 悪いか鈍感女、不感症! 俺はおまえに一番近い男でいたかった。幼馴染っていうカテゴリーって、特別感あるだろ?』


 あの、アンドロイド真孝が、蝋人形真孝が、私を好き?

 なぜか卓球練習で真孝とラリーしているときの完璧なフォームが頭をよぎる。


 いつから私の事好きだったの? 中一から?

 卓球部で先輩の後ろでボール拾いをしているころから?

 まさかね、あり得なくない?

 ほぼ10年だよ!

 戸惑うけど、でも全然嫌な感じはしない。むしろ嬉し……。


 もしかして、私も真孝のこと好き……だった?


 だって、好きじゃなきゃ、こんなに毎週のように会って卓球したり、一緒にいたりしない。

 うわああ~、これ、どうすればいいんだろう。

 そういえば、さっき五感すべてって言ってたけど、味覚って?


 私は、そこであやふやだった夢のことを思い出した。

 

 うそうそうそ、夢だと思ってたけど。

 もしかして、真孝が?


 確か夢の中ですごく喉が渇いて、水が飲みたいって言ったら、誰かが、水をくれたんだよね。

 そう、口移しで!?

 わああああ、今更だけどおーーー!!!


 ここで両手で頭を抱えてもどうしようもない。


 いや、妄想だよね。きっと夢だ! 全然、どんな感じだったかも何も覚えてないもん。

 真孝~、何やってくれちゃってるの!? 勝手に夢の中で私のファーストキス奪って。

 てか、よく考えたら、この年齢としでファーストキスが夢の中って、あり得なくない? あり得ないことが二度までも!?

 だめだ、思考回路停止。きっと夢だから。気にしない!


 私はシャワーを浴びようと、洗面所でブラウスを脱いだ。鏡に映った自分の姿を見てドキッとする。


『均整がとれた身体つきとか慎ましい胸とか、甘い体臭とか……』


 いや~生々しい、やめて、幼馴染もどきだったくせに。

 ん? こんな所、虫に刺されたかな? 痒くはないから、掻いた覚えないけど。変なの。


 鏡に映った胸の真ん中あたりがほんのりと赤くなっていた。



 熱いシャワーを浴びて、少し落ち着いてスッキリした気分で水を飲んでいると、外からザッザッって音がする。毎朝のお決まりの音。大家さんの真孝が、竹ぼうきでアパートの周りの掃き掃除をする音。いつもはもっと早い時間だけど、今日はたぶん私に構ってたせいで今の時間。

 真孝がいるから、私は安心してここで一人暮らしができている。

 私がきゃあーって、叫べば、きっといつでも来てくれる。

 真面目で優しい。

 真孝がお料理も家事も得意でマメな理由、きっと私だけが知っている。



◇◇◇



 あれは、真孝と中学の部活で一緒になって少し経ったある日。今でも忘れられない。

 私がお母さんと、病気で余命幾ばくもなくて緩和ケアを受けているおばあちゃんのお見舞いに、とある総合病院に行った時のこと。

 偶然見てしまった。同じ緩和ケア病棟で。

 真孝が、ニット帽をかぶった女性の乗った車椅子を押している姿を。

 女性は色白で彫りが深くて日本人離れした美しさだった。真孝に似てると思った。きっとお母さん。嬉しそうに真孝を見上げながら話かけている。真孝は、ガラスのように繊細な、すぐにも割れてしまいそうな笑みを浮かべていた。

 このことは、これまで誰にも言ったことは無いし、これからも誰にも言うつもりもない。真孝本人にも。

 真孝をあの病院で見かけたのは、あの時、あの一度だけ。その後は会うことはなかった。そのうち、おばあちゃんのお見舞いに行くこともなくなって、それっきり。


 真孝は、中学一年生の後半、部活を休みがちになった。先輩にそのことで詰め寄られても、頑なにただ用事があるとだけ話していた。

 たまに来ると、完璧なフォームで何かを振り切るようにボールを打っている姿が印象的だった。

 その姿に、思わず声をかけていた。


加宮かみや、あのさ、明後日、市民体育館に卓球の練習をしに行くんだけど、一緒にどう?』

棚橋たなはし? ……行く』


 驚いた表情は向けられたけど、真孝からは意外にも断られなかった。


 いつも、暇な日曜日、同じ卓球部の愛ちゃんと市民体育館で卓球台を借りて練習をしていた。その日は、愛ちゃんは都合が悪いと言って来なかったので、真孝とふたりだけになってしまった。

 でも、たいがい同じ時間帯で練習している敬老会の人たちがいるので、私は平気だった。

 敬老会のみなさん、特にリーダー的存在の連城れんじょうさんは、よく声をかけてくれた。連城さんは恰幅の良い身体つきに似合わないほど、ラケットを振ってボールを打つ動きが機敏で華麗だ。

 

『よお、利衣りいちゃん!』

『連城さん、こんにちは。今日は愛ちゃんは来ないけど、加宮を連れて来たよ』

『おお、彼氏か? お若いふたりで仲良く卓球とは、妬けますなあ』

『ち、違うから。彼氏じゃなくて加宮。同じ卓球部なだけ』

『おお、そうかそうか。邪魔はせんから、ごゆっくり』


 なにか誤解があるようだったが。


 真孝は、連城さんたちに頭を下げて普通に挨拶していて、今どき礼儀正しい子だなとか褒められていた。私の彼氏扱いされたことに対しては、照れもせず、全くの無反応だった。


 気にしてないならいいか。


『加宮、こちらの連城さんたちね、いつもここで一生懸命練習してて、上手なんだよ。シニアの大会で上位入賞してるの。チーム【かれすすき】っていうの。もうチーム名のネーミングが絶妙でおかしいでしょ?』


 真孝は、無反応だったが、


『メンバーがね、加藤かとう連城れんじょう鈴木すずき菅原すがわら菊池きくちだからね、僕ら』


 連城さんがそう言ったとたん、笑ったんだ、真孝が。

 クスっと。

 なんだか嬉しかった。


『加宮くんは利衣ちゃんより頭は冴えとるなあ。利衣ちゃんは理由を言っても最初キョトンとしてたからね』

『ひどい、連城さん』

『利衣ちゃんは僕らのアイドルだから、よろしく頼むよ、加宮くん』


 アイドルは愛ちゃんのほうだと言おうとしたら、真孝が真面目に頷いたから、気恥ずかしさに何も言えなくなってしまった。


 私たちは、軽く準備運動をして、卓球台に向かい合った。


『じゃあ、加宮、フォアの練習から行くよ?』

『わかった』


 真顔で、大きく頷かれた。


 フォアのラリーが気持ち良いくらいに続く。愛ちゃんだと、こうはいかない。レベルが同じで相性が良いのかもしれない。その後、バックハンド、ツッツキ、サーブ、ドライブ、スマッシュの練習メニューを一通りこなす。

 ラリーが長く続くと、なんとなく相手と心や気持ちが通じてくるような錯覚に陥る。

 真孝とのラリーは心地良かった。


 そして休憩中、無口だった真孝が突然喋り出した。


『棚橋は、バックのツッツキが安定しないね。見てると、スイングが大きすぎる。もっと身体に引き付けてコンパクトにラケットを振ると良いと思う。あと、ボールに対してベストなポジションが取れてない。移動が少し遅いかも。素早く基本姿勢に戻ってみて。フォアとバックの切り替え練習もしたほうがいい』


 ポカンとしてしまった。

 加宮、何者?


『加宮は卓球、小学校の時やってた? 好き? だから卓球部に入ったの?』

『卓球は少し、やったことある。部活必須だったし、卓球部は人数が少なくて楽そうだったから入った』


 気の無い返答だった。


『ふーん。私はね、好きだよ、卓球。少しだけ小学校のクラブでやってたんだ。ラリーが続くと気持ちいーってならない? 試合で競り勝った時は、もっと気持ちいーーって。楽しいってなるの』

『少しわかる』

『あと、難しいボールとかスマッシュを無心で返せたとき、私凄いってなる』

『確かに』

『加宮のスマッシュはね、軽い』

『え?』

『フォームは完璧だけど、体重移動がね。体重を右足から左足へ乗せる時、もっと右でためて思い切り踏み込んでみて。練習なんだし』

『……わかった』


 それからは、加宮と日曜日に練習することが多くなった。一緒に行ってた愛ちゃんは、あまり熱心なタイプではなかったから休日まで練習したくないと言って来なくなってしまった。



◇◇◇



 最近は、ふたりで卓球をしに市民体育館に行くときは、真孝の車に乗せてもらうことが多い。

 今日は、助手席に座ることが、なんだか照れくさくてしかたがない。

 真孝も、さっきのことがあるからか、あまり喋りかけてこない。


「ねえ、いつから私のこと好きだった?」


 ドキドキしながらも、思い切って気になるとこを聞いてみた。

 真孝は、今まで彼女の一人か二人はいてもおかしくないくらいには、イケメンだと思うのに、それでも私が良かったの?


「そ、そんなの、いつだったかなあ。利衣とは一緒にいても疲れないし、俺の事ギラつく目で見ないのおまえだけだから。利衣は俺の事どう思ってる?」

「え、っと、嫌いじゃない。……たぶん好き……」


 何でもないことのように言ったつもりだけど、顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。何を言わすのよ!!

 

「そうか、安心した。俺の一方通行じゃなくて……」


 穏やかな声なのに、私の胸に衝撃が走った。両思いが確定した瞬間だもの。


 真孝は嬉しくても悲しくてもあまり感情的になったりしない。物足りないって思う人もいるかもだけど、私は安心できるんだよね。


 私たちは正面を向いたまま、そんなさりげない会話の中で、お互いの気持ちを確かめ合った。



 市民体育館の中では、卓球のボールが跳ねる音や靴音、人々のざわざわした声が響いていた。


「連城さんこんにちは」

「よお、利衣ちゃん、加宮くん」


 連城さんたちのチーム【かれすすき】のメンバーさんたちはみんな相変わらず達者だ。いまだに現役。


「今日も一緒かい? 結婚はまだ?」

「しな……、ま、まだですから!」


 真孝とふたりで行くたびに、毎回そう言ってからかわれていたけど、今日は響きがリアルで無性に恥ずかしい。

 しない! といういつものフレーズを言いそうなったけど、まだ、に言い換えたこと、連城さんたちに気づかれたかな。

 隣りの真孝を見上げると、満足そうな顔。こやつは、気づいていそう。


「利衣ちゃん、加宮くんは色男だから早く捕まえておかないと、誰かに取られちゃうよ。ほらほら、あちらさんに、狙われてる」

「へ?」


 連城さんのラケットの先に、隣でバドミントンをしている女子たちがいた。みんな真孝に目が釘付けになってる!?

 なによなによ。真孝は、もう私の……なんだから!!


「利衣、今日はいつもの練習メニューをこなしたら、試合しよう」


 真孝は、我関せずだった。


「ほう、で、今日はどうするの?」


 私も急いでなんでもないっていう顔を作って、平然と受け応えをした。


 私たちは、たまに簡単な試合をして、勝ったほうが負けたほうにご飯やお茶をおごったり、欲しいものをねだったりしていた。真孝との勝敗は五分五分だ。この前は私が勝ってイタリアンレストランのランチをもぎとった。ちなみにその前は真孝が勝って、確か真孝の好きなSF映画に付き合わされたんだった。


 今日は、何をねだろうかな?

 ワールドホテルのケーキバイキングかなあ。


「俺が勝ったら、温泉旅行な。旅行代金は俺が持つから」

「え? な、なんで?」


 真孝が、思いもよらないおねだりをしてきた。


「10年分の慰労と、夢だったから。温泉旅館でする……た」

「旅行って、と、泊りなんだよね」

「ああ、利衣とゆっくりしたい」

「え? っと、するんだ?」

「当たり前だろう。そのために行くんだから」

「え~、やらしい」

「はあ? た、卓球だよ、卓球。俺、温泉で卓球がしたかったんだよ」

「はあ? なんでわざわざ温泉で卓球?」

「いいだろ。夢だったんだ。温泉卓球」

「ふーん」


 ビックリした。

 泊まりでしたいなんて言うから。主語を抜かさないで欲しい、卓球という大事な主語を!!

 誤解するじゃん!



 その後、白熱したゲーム運びに今日もお熱いねえ、とか、続くラリーに息ぴったり、とか連城さんたちに、はやし立てられながらの試合の結果は、異様な強さを見せた真孝に軍配が上がった。


 ちよっと、真孝っ! 密かにどこかで練習して来てない? 私が完敗なんて、有り得ないんですけど。

 正直かなり悔しかった。


 そして、ランチに立ち寄ったオシャレなカフェでまったりし、私の敗戦の悔しさが収まってきたタイミングで、真孝は鞄からそれを出してきた。

 

 ほら、見てみろよ、とばかりに。

 温泉旅館のパンフレット、もう準備してあったの!?


 でも、わあ〜!! なに、この森林、せせらぎが聞こえてきそうな川、山に囲まれた露天風呂、ヒノキの香りですと? わびさび、純和風、高級っぽい旅館。ほとんどの日本人が好きそうな落ち着いた佇まい。

 お湯はアルカリ性だから、お肌がツルツルになりますとか書いてある。

 わーい、私、ぴかぴかの美人になれるかな。

 そして美味しい食事。夕食バイキング和洋50種類!?

 おおおおお、贅沢ー!

 部屋は和室かあ。広縁付きで、外の眺めもよさそう。

 そそられる。プランが完璧すぎて、もう、わくわくしかない。


 真孝、手際が良すぎ! もう、何者なの?


 あれ? 卓球の勝負は負けたのに、何か乗せられて、真孝の良いように運ばれてる?


 まあ、いいかー。



◇◇◇



 瞬く間に時は過ぎ、真孝まさたかとの温泉旅行の当日を迎えた。

 前日は、なんだか柄にもなく緊張しちゃって、色々女の子らしい準備をしてしまった。ムダ毛処理とか、新しい下着とか着ていく服とか。お風呂で髪をまとめるターバンとか?

 泊まりの温泉旅行なんて、家族とだって子供のころしか行った記憶がない。

 浴衣だって、うまく着られるかどうか。心配だったので着かたも検索しておいた。

 真孝は、温泉卓球がしたいだけみたいに言ってたけど、本当の所はどうなんだろう?

 真孝は真面目だからなあ、たぶん、エロいことはないな。きっとない、はず。

 

 楽しいこと考えよう! 温泉で卓球。大浴場とか、露天風呂とかどんなだろう。

 それから、豪華バイキング!

 ふふふふ。楽しみ~。



 一泊だけど、それなりの荷物を持って、家を出る。

 ここから一番近い山間の温泉街の旅館だから、車で一時間もかからない。あんな素敵な所があったなんて、知らなかった。

 十二時に出発して、どこかでお昼を食べてから旅館へ行く予定だった。


 真孝は、すでに車を出してアパートの前で待っていた。さすが。


「真孝、お、はよ? かな」

「おはよう。利衣りい


 真孝の薄く青みがかったシャツは目にも爽やかで、黒系のデニムも似合ってる。いつも卓球をしに行く姿と何も変わらないのに、今日は特別素敵に見えるのはどうしてだろう。

 初夏の日差しと、真孝の優しい笑みが眩しい。


 私は真孝の隣にいて、おかしくないのかな。

 レースが裾にあしらってある深緑のチュニックに、オフホワイトのシンプルなカーディガンに同系色のデニム。髪はショートだったけど、肩に付くくらいまで伸びたから、揃えてもらって毛先に緩やかなパーマをかけた。


「荷物、これだけでいいの?」

「うん」


 真孝が私の旅行バッグを受け取って、車の後部座席に乗せた。


「じゃあ、乗って。お昼はさ、蕎麦でいい? 街道沿いに美味しい蕎麦屋があるらしい」

「いいよ。夜は豪華バイキングだから、お昼はシンプルがいいよね。さすが真孝」

「利衣、胃薬持ってきたか?」

「そ、そんなにがめつくないから」

「へえ、食べすぎ飲みすぎには気をつけろよ」

「わかってるもん」



 私たちは、途中のお蕎麦屋さんでざる蕎麦を美味しく食べてから、旅館にチェックインした。

 

 部屋は、普通の畳の部屋で、座卓があって床の間にきれいな紫陽花がいけてあった。部屋の窓からは、パンフレットと同じように川が見えてその先に森が広がっている。広縁に、ひじ掛けの椅子とテーブルがあるから、外の眺めも楽しめる。部屋には既に布団が二組並んで敷いてあって、少しだけ心臓が高鳴ってしまった。

 真孝もそうだったみたいで、荷物を置くとすぐに部屋の電話で卓球台の申し込みを始めた。

 一時間五百円。二階のレクリエーションホール。


「やっぱり、卓球で汗を流して、一度温泉に入ってから夜ごはんだよね」

「そうだな。夕飯のバイキングは五時三十分から八時三十分までみたいだから、その間にレストランに行けばいいし。まずは浴衣に着替えるか。利衣も着替えろよ。そっち見ないから」

「え? 浴衣着て卓球するの?」

「あたりまえだろ。温泉卓球なんだから」


 そう言うと、真孝はシャツを脱ぎだした。

 

 ちょ、待てコラ。なんで急に脱ぎ出す!


 一応、真孝が私のほうを見てないのを確認してからチュニックとデニムを脱いだ。タンクトップを着てるし、下もスパッツをはいてるから、まあ見られても平気なんだけどね。

 浴衣の着かたを調べておいてよかった。


「利衣、必ず丹前たんぜんは着ろよ」


 背中のほうから、声がかかる。


「わかってるよ」


 裾をそろえて、右身ごろから体に当てて左身ごろを合わせる。で、帯を二重に巻いて体の横で蝶結び。

 着られた〜、良かった。


「もうそっち見てもいいか?」

「いいよ!」


 浴衣に着替えた真孝の姿が、なんだかカッコ良すぎて、思わず息を飲んでしまった。姿勢が意外と良くて、きりっと見える。肩幅がありすぎない所も浴衣には良いのかも。清潔感もあるし、それほど和風な顔立ちでもないのに、髪の色も少し明るいのに、似合ってる。


「真孝、かっこいい」

「利衣も似合う。可愛い」

「ありがとう」


 なんだか、ふたりでカタコト喋ってるし。

 思わず顔を見合わせ、ふたりで笑い出してしまった。


「利衣……」


 目の前に真孝の胸が迫る。

 

「あっ……」


 真孝の長い腕が私の背中に余裕でまわって、抱き寄せられていた。


「もっと早くこうすれば良かった 」

「真孝……」


 うわー、なんだろう、この温もりに包まれる安心感。

 とんでもなく幸せな気持ち。

 このまま時が止まっても良いと思えるような瞬間かも。

 ぽーっとなって真孝を見上げたら、予期せぬ唇が降ってきて、それは私の唇や首元に何度も吸いついた。軽くだけど。


 ま、真孝でも、真孝なのに、こ、こ、こ、こういうこと、するんだ!?


 真孝も男だと再認識せざる負えなくなって、心臓がバクバクした。


 息苦しい。刺激が強すぎ!

 もっとファーストキスは爽やかなものかと思ってたのに。


「利衣、ごめん。嬉しくて最初からがっつき過ぎた」


 素直に謝られた〜!

 嬉しくて、とか、素直すぎる!

 卓球どころの話では……。


「じゃあ、行くか。温泉卓球」

「う、うん……」


 真孝、切り替えはや


 でも、これじゃあ、夜はどうなるの!?

 


 旅館の卓球スペースは、卓球台が六台も並んでいて、充実していた。既に何組かの家族連れや社員旅行風の人たちがワイワイキャッキャと楽しそうにラケットを振っていた。

 私たちは、もちろん持参したマイラケットとマイボールをケースから取り出す。そして、軽くウォーミングアップ、そして勢いがついてきて、まわりの宿泊客を圧倒するような熱いラリーを繰り広げ……?

 ところが、すぐに中断。眉間にシワを寄せた真孝がわざわざ私の所にやって来る。

 そして耳元で、温泉卓球は遊びなんだし、裾が乱れるほど足を開くなとか、浴衣の帯が緩んで着崩れたら大変だからあまり本気になるなとか、注意された。

 中に着てるから平気なのに、と口をとがらせると、そういう問題じゃない、、、とのお小言。


「俺が気が気じゃない」

「はいはい、まわりのキャッキャに合わせますよ」

「利衣、温泉卓球なんだから……」

「何度も言われなくてもわかったってば」


 頷いて、裾がバタつかない程度のゆるゆるのラリー、たまに熱くなりかけると、すかさず真孝が私の所に注意をしに飛んでくるけど、それはそれで内心浮かれた。

 真孝に世話を焼かれている感じが、なんだかとっても心地よかった。



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