9.夢魔王の降臨
「こんな悪夢が、現実になるなんて……!」
ロゥレルは走る。
雨は止んでいたが、降っていた方がましだろう。空は膿んだように気味の悪い紫に染まっていた。クラウデッドの街に近づく程にその濃度は増していく。
おぞましい……そのはずなのに、心の何処かでその空を求めてしまう。素晴らしいと惚けてしまいそうになる。
「これが、夢魔王……サキュバスの頂点に立つ者の力……!!」
古代……十一の種の魔物が台頭していた時代。
その存在が、現代に復活してしまった……!!
「『五芒星』に連絡を送る時間はない……他国の応援なんて尚更……でも、様子だけでも調べて伝えないと……!」
無事では帰れないかもしれない……いや、その確率の方がずっと高い。
それでも、私は『五芒星』の一員だ!古代遺物の知識なら右に出る者はいないと自負がある……!
現状を、誰よりも正確に!世界の危機を伝えてみせる!
ロゥレルは、決死の想いを胸に走るー!
「……みたいな気持ちなんだろうなぁ……」
「そんな気持ちよ!なのにあんたは……何でそんなゆっくり歩いてるのー!?」
ロゥレルが振り返り、そう叫ぶ。
え、今の呟きが聞こえたの?だいぶ距離もあるのにすごいな。
「何でと言われても……急ぐ必要がないから?」
「この空が見えないの!?それとこの、纏り付くような漂う淫気!!どう考えても急ぐ必要あるじゃない!」
「落ち着きなさいって。ちょっと雲行きが怪しいだけだよ~」
「なっ、も~……!!」
今度はこっちまで戻ってきた。どうやら、俺の返答が気に入らなかったようだ。私怒ってますと、頬を膨らませている。
「フェーク……そもそも、何で亜人の子まで一緒なの!」
「……んにゅ、呼んだ?」
「『ミミ』だ。さっき教えたばかりだろ」
亜人の子改め……"ミミ"が宝箱から顔を出す。
そう……俺が背負った宝箱から。
背負った方が俺の両手も空いて便利だからね。
何より……ミミは自分では動けない。上半身だけなら、その出てる分だけ自由が効くが、彼女は宝箱だ。
だから宝箱に紐をくくりつけ、両肩に背負って移動する他ないのだ。
「何でって、ミミをあの場に放置する訳にもいかないだろ。動けないんだし……それに、ミミが付いて行きたいと言ったんだ。
こんな少女の頼みを無下にするなんて、可哀想じゃないか」
「だけど今は状況が……!」
「パパ、あれがお空……?」
「そうだぞー、ホントはもっと綺麗な青色だけどね」
あと、パパ呼びに関しては諦めました。
「もう……状況分かってる?夢魔王が復活したのよ、あの古代サキュバスの長が!あなたも故意では無かったにしろ……世界の危機なのよ!?」
危機と言ってもなぁ……。
そのサキュバスの長とか言う魔物は、俺の《サブ・クエスト》スキルで得た追加報酬、夢魔王の核心臓から復活したのだ。
だったら別に大したことないし……。
「それに夢魔王は殺しを好まない、支配欲の強い魔物だったんだろ?だったら街で大虐殺とかは起きてないだろうし……ロゥレルが教えてくれたことじゃないか」
「そうだけど……それでも、その力が世界にまで広まったら……行きましょう。もう私たちしかいないのよ!」
そう言って、彼女はまた走り出す。
と言うか、いつの間にか俺たちしかいないことになってるし……。
殺しを好まないなら、その隙を付いて倒せる冒険者もいるでしょ。俺を追放したパーティーだって、俺の追加報酬の装備があるんだからさぁ。
「……しょうがない。また怒られる前に走るか……」
「パパ……何か、空気が怖い……ぴりぴりする……」
「……大丈夫さ。ちょっと走るけど、我慢してくれよ?」
クラウデッドの街まで、もう少し。
俺は今度こそ、ロゥレルを追いかけるように走り出した。




