7.シフィア大国
「ここがシフィア大国……」
馬車に揺られること、丸一日。
クローバーに説教され、ロゥエルたちから地味に優しくされ、新たに可哀そうな人というレッテルを貼られた移動の旅も到着とともに終わりを迎えた。
東にチャルバフ大森林、南に外海のあるこの大国は農作物にも海産物にも恵まれた王制大国。クラウデッド街が貿易の町だとするならば、この国は生産国に位置付けられる。
当然、クラウデッド街に負けず劣らず賑やかな国であり、多種多様な種族が入り乱れる多国籍国家だ。
「食文化だけでなく、ここは歴史的にも価値のある観光地でもあるのよ」
「あれだろ?この国を囲うように建てられた、五隅にある大石像」
この国は真上から見ると、ちょうど正五角形を形どっているらしい。
そしてその角にはそれぞれ人を象った石像があるという。今いる馬車の乗り換え地点からもその一つが見えるが……剣を地に突き刺し、柄に手を添えている男の像だ。
「像の五人は、古代の魔物の時代を終わらせた勇者の一党……つまり、魔物の長を封印して五臓六腑へと変えた冒険者たちよ。そしてあの男の像がその一党のリーダーとされた人物なの」
「へえ、五臓六腑を……!」
それは何とも感慨深い。
そして同時に……とても申し訳ない。『あなた方が封印した五臓六腑、俺が世界にばらまきました』なんて言ったら殺されるのではないか。
責任もって全て回収するので、勘弁して下さいね……。
「因みに、私たち保護財団の『五芒星』って名前もあの五人の勇者になぞらえて付けたのよ」
「なるほどな。互角だし、五人だし、五臓六腑は古代遺物……尊敬の念って訳だ」
「……そうね」
「……何、違うのか?」
「別に、そこまで気にすることじゃないわよ」
ロゥエルの性格なら、もっと五芒星を誇らしげに語ってくると思っていたが……。
「それより、早く行きましょう。ミミたちも限界みたいだし」
「パパ、ご飯ー!あ、パパがご飯?」
「ク、クラウデッド街じゃない……人が一杯……大丈夫、私は奴隷。ご主人様のいる奴隷……!」
……確かに、五臓六腑の情報も集めなきゃならないしな。
ミミは相変わらずだし、ネイルは初めての遠出に顔面真っ青だし。落ち着ける場所を探すためにも、まずは宿探しだ。
「そういえばロゥエル。宿には当てがあるんだっけ?」
「ええ。私の部下が手配しているから、まずは合流するわ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
繰り返すが、シフィア大国は人口も多い大国だ。
それは正五角形の城壁内にある城下町ではさらに実感を強める。それは分かっているのだが……
「ちょっと人が多すぎないか?それにやたらテンションが高いぞ……」
言ってしまえば、お祭り騒ぎなのだ。
酒を飲み歩いていたり、仮設の食事処が大通りの大半を占拠していたり……何より冒険者と学生の姿が目立つ。
この国にも大きな学院はいくつかあるし、冒険者が多いことも当然なのだが……余りにも多く感じるのだ。
「……そういえば、今頃の時期だったわね。学武祭は」
「学武祭?ってこら、ミミ!俺の指まで食べないの!」
屋台で買った海鮮物の串焼きをミミに食べさせながら、ロゥエルの話に耳を傾ける。
「腕っぷしの強さを競う大会のようなものよ。いくつか規約はあるけど基本は誰でも出場可能で、勝ち進めば賞金なんかも出る。魔物の時代を終わらせた五人の勇者に捧げる儀式って建前だけど……実際は平和ボケした人々の余興かしらね」
そりゃ大層なイベントだ。
盛り上がるのは羨ましいが、こっちは五臓六腑を探しに来たのだ。遊んでいる暇などない……興味はあるし、非常に残念ではあるが。
……ミミは夢中で串焼きを食べて幸せそうだ。ネイルは既に串だけとなったそれを両手一杯使って支えて……え、君その体で数十本も食べたの?俺の仲間の食費えぐくない?
そんな事実に唖然としていると……大通りの人混みを抜けた一人の若い男が俺たちへと駆け寄ってきた。
「ロゥエルさーん!お待たせしましたぁ……!」
「お疲れ様、シグルト。色々頼んで悪いわね」
「いえいえ……あっ」
ロゥエルの同僚らしいその男が、俺を視界に入れるなり動きを止めた……と思ったら、わなわなと震えながら俺に歩み寄ってきた。え、何怖い。
「あ、あなたが多くのSSレア古代遺物を所有し、更には五臓六腑まで持っていたという……フェークさん、いえ!フェーク様でしょうか!?」
「あ、あぁ。そうだけど」
「お会い出来て感激ですぅ!!聞けば、現存しないSSレアのアイテムを創造するスキルをお持ちだとか……これはもう神の域ですよ!!あ、私は五芒星の調査員の一人であるシグルトと言いまして!」
ぶんぶんしないで!腕が取れちゃうぅぅーー!!
あと微妙に情報が間違ってるし!レアってだけで、SSレアに限られる訳じゃ……!
「シグルト、気持ちは分かるけど抑えて……早速だけど、頼んでいた五臓六腑『始祖竜の三焦』について情報はあるかしら」
「はっ!し、失礼しました!『始祖竜の三焦』……はい、有益な情報が一つ」
「本当に!?」
跪いた神の域と呼ぶ俺を放置し、話が進んでいるようだ。
……ミミ、串で俺の腕をチクチク指すのは辞めなさい。お行儀が悪いわよ?
「はりちりょー」
やかましいわ。
「それで、『始祖竜の三焦』は今どこに?やはり取引相手のシフィア大国商業ギルド長が?」
「いえ、それが……」
「?」
「……こちらをお読み下さい」
「これ……は……っ!?フェーク!あなたも見て!」
今度は何だ。
随分と沈痛な面持ちになってしまったシグルト。そして一枚の紙を見た途端に焦りだしたロゥエル。
言われるがままに、その一枚の紙へと目を通す。
……学武祭の広告か?随分派手な色合いと文字で、どこを読めばいいのか判断に迷うが、どうにか目を凝らして文字列を追う。
説明文は先ほどロゥエルが話してくれたものとほぼ同じ。
……優勝賞金は金貨五百枚!?とんでもないな、優勝でなくともそれなりの額があるぞ。
あとは賞品のアイテムとし……て……
「……なあ、この賞品の一つの『始祖竜の三焦』ってさ……」
「……信じたくないけどね」
古代の魔物の長が賞品って……どうすんだよ……




