11.夢魔王の降臨(3)
「崩剣『隆起』!!」
ロゥレルが地面にツルハシを叩き付け、複数の岩を生やし冒険者を空へと吹き飛ばす。
彼らはキュリアスの能力により操られているだけ。殺したくないと思っての判断か、彼女は遠距離の攻撃を繰り返し、そのツルハシを直接振るうことはない。
まあ、普通にツルハシは人へ振り下ろすものじゃないけど……。
「もうっ、数が多いし……やたらとタフ……いい加減起きなさいよ!!」
「無駄よぉ。この子たちの夢を覚ませるのは、術者である私だけ。昔なら話は変わるけどね」
何度攻撃をしようと、致命傷でなければ立ち上がり、向かってくる。
唯一救いだとすれば、彼らの動きが鈍重であること。冒険者とは思えないほどに動きが鈍い。
ただ、この淫気に晒され続けたロゥレルにはその救いさえ薄れ、体力を消耗していく。
そして特に厄介なのが、三人の冒険者。
「オォッ……!」
「アハッ!」
「なっ、くぅ!?」
ゲストの剣がロゥレルのツルハシを削り、ソークの唱えた氷塊が襲う。
他の冒険者と同じように鈍重でありながら、その威力は桁違いだ。ロゥレルも防ぐだけで防戦一方。
おー、さすが追加報酬で出た装備なだけある。
惜しいなぁ。あのアイテム売ってれば、それなりに稼げたんじゃない?あとでロゥレルに鑑定してもらおうかな。
「ロゥレル、一度下がって」
「フェーク!?あなたは無事!?」
「ミミを安全な場所に降ろしてきた……大分キツイだろ?俺の後ろに下がれ」
「きゃ……!?ば、馬鹿言わないで!一人でやる気!?」
彼女の腕を掴み、半ば強引に俺の後ろへ。
それに、君が頑張ってたんだから一人じゃないだろ……。
「まぁ……ここからは俺一人で十分だけど」
「オアァッ!!」
「フェーク!危な……っ!!」
ロゥレルが叫ぶ。
当然だ。何せ、ゲストの剣が正に俺を両断しようと振り下ろす光景を目の当たりにしたのだから。
ゲストの身体越しに、キュリアスの笑みが見える。
致命傷……いや、確実な死だ。
「……まあ、俺じゃなければの話だけど」
「オォッ!?」
「なっ、これは……!?」
彼の剣は、俺の眼前でピタリと止まった。
「これはどういう……!?完璧な支配下にあるはず……なぜ止まるの!?」
「え、これ本当に操られてる?ゲストの私怨で斬りつけてるようにしか見えないんだけど……」
キュリアスが驚きに顔を染めてるけど……本当に操れてる?ゲストの歯を食い縛った顔を見るに、個人的に俺を殺しに来てるとしか思えないんですが。
そんな感想を抱いていると、今度は俺の左右から挟むように氷塊と光弾が飛来する。ソークとペールの魔法だ。
しかし……それすらも俺に届く前に消失する。
「ナァッ……!?」
「アハッ!?」
「おい、医術士が殺す気満々の攻撃するな……あと君は操られてもその笑い方なのかよ……」
「どうして……こんなことは……!?」
キュリアスの余裕が一変。自身の能力が通じない事実に随分と狼狽している。
んー、あいつの顔芸も面白いけれど……いい加減収集をつけるとしよう。
「ロゥレル、俺の後ろで動くなよ」
「え……?」
「……ここにいる全員、吹き飛ばして無力化する」
腰に差していた二本の剣の内、短刀の方を引き抜き構える。
飛ばす場所は……うん、あの商業ギルドでいいでしょ。あんなのを復活させたのだ。
何より……銅貨一枚の罪は重い。ちょっと怒ってるんだからね。
「不殺剣……『突破』!!」
「オォッ……!?」
上半身を思い切り捻り、短刀"不殺剣"を横凪に振るう。
目の前のゲストはまだしも、距離のある冒険者らには剣が届くはずもない。しかし……立ちはだかっていた全ての冒険者が、業風を受けて弾けたように飛んだ。
「オァァッ!!」
「きゃあ……っ!!」
弾かれた冒険者らは商業ギルドに衝突し……動かない。
……うん、狙い通りだ。やっと落ち着いたな。
「……た、たった一人で……本当に……」
「あ、誰一人死んでないぞ。この剣は文字通り、殺めることは出来ないからな」
「……あり、得ない……!あなた一体……!?」
「あれ、ボクちゃん呼びは止めか?別に呼ばれたかないけど」
奴の支配下にあった冒険者は一斉にダウン。残りは、今回の主犯である夢魔王キュリアスのみ。
それにしても、奴は古代サキュバスの長……十一の種族の一角を率いる存在だろう?それが人間を操ってちまちま操って数の暴力とは。
だけど残念。どれだけ数が多かろうと、どれだけ一個体が強力であろう関係ない。
奴は"俺の追加報酬のアイテムで復活"した。
その事実があれば、俺に勝てることなど万が一にも存在しない。
「さて、そろそろ再封印させてもらうぞ」
「……古代でも現世でも、脆弱な人間がぁ……調子に乗らないでぇ!!」
「っ、速いっ……フェーク!」
魔法か、はたまた純粋な身体能力か。
十数歩はあった距離を瞬時に迫り、俺の面前へ……そのしなやかな手で俺の頭を掴む。
「ふふっ、ゼロ距離……直接あなたを支配下に置いて……!」
「だから、それは無理だ」
「……は?……ぐぅっ!!?」
至近距離なんて、明らかに愚策だ。
その腹に剣を叩き付け、弾くことなど簡単なのだから。
「くはぁっ……っ!!」
キュリアスの華奢な身体が飛び、衝突した噴水の水柱が歪なアーチを描いて落ちる。
「水も滴る良い女……いや、性別は無いんだったな」
「……なぜ……直接あなたに触れた……支配を拒めるはずは……」
「……『夢魔王の核心臓』からの復活。あんたは知らないだろうが、それは俺のスキルで手にいれたアイテムだ」
キュリアスは崩壊した噴水から出ようともせずに、顔をしかめる。話の糸口を掴めていないのだろう。
だがこいつは、自身が核心臓から復活して、いま存在していることを自覚している。だったら話は早い。
「あんたは俺が得た……俺のスキルが造り出したアイテムから生まれた。そして、そのスキルにはある"効果"があってね」
「効、果……?」
「……スキルで得た追加報酬のアイテムは、決して俺に害を為すことはあり得ない」
キュリアスの眼が見開く。
それは驚愕……しかし、それはすぐに薄れ、代わりに全く別の感情が灯った。
怒りだ。
「この私が『アイテム』!?古代に夢魔を率いた、十一の種の長がアイテムだと!!?付け上がるな人間ッ!!
私は、夢魔王キュリアスはここに在る!!!」
浸った水が荒立ち喚く程の、圧。
いつの間に俺の隣に来ていたロゥレルが、小さな悲鳴をあげて身体を震わせる。
さすが、伝説される魔物だ。動けなくても、その存在は圧倒的。
ーだけど、俺には意味を成さない。
「何と言おうが、アイテムだったことに変わりない。それに……今からまた、アイテムになるんだから」
「……!?」
「……『封印に戻れ』」
キュリアスの頭に触れて、呟く。
その怒り、驚愕、憎しみ、多くの感情が交ぜ合った顔を最後に……俺の手の内には、いつかの心臓が握られていた。
ふえぇ……気持ち悪いよぉ……!
「はぁ、やっと終わった……ロゥレルは怪我とかないな?」
「凄い、信じられない……再封印まで出来るなんて……!」
おおぅ、よくそんなマジマジと心臓を見れるね……。
手に入れた最初こそ、封印なんて知らなかったけど……使い方を知っている今なら、いつでも復活だろうが封印だろうが簡単だ。
「めでたしには早いぞ。色々壊してるし……何より寝てる人々を起こさないと」
「そ、そうだったわ!でも、起こせるのは夢魔王だけだって……」
「あぁ、だから"これ"を使って起こせばいい」
「……え?」
「はい、支配解除!」
心臓を適当に掲げて、呟く。何かの儀式かな?
それに呼応するように、心臓がドクンと跳ね……倒れていた人々が意識を取り戻し始めた。
だから……一々気持ち悪いなぁ、この心臓!
『ん……あれ、私は何を……』
『痛ぇ……なんか身体中痛ぇぞ……?』
「え、は……な、何で起きて……!?フェーク!?」
「え?いや、普通にアイテム使って起こしたんだが……」
「……何で普通に使いこなしてるのよー!?」
「それは起こせるって知ったから……えぇ……?」
暗雲が晴れ、どこまでも広がる青が空を塗り始めたー
……待って、とりあえず引っ付くの止めて。心臓仕舞わせて、ヤバい人に思われるから!!




