表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/18

10.夢魔王の降臨(2)


 クラウデッドの街に近付く程に、思考を乱すような淫気が強まっていた。

 心と身体を絡めとるような……それなのに、不快感を全く感じない。その感覚に身を任せそうになる。

 

 それがとても恐ろしかった。


「まあ、その感覚も俺には分からないけどな……」

「どうしてと言いたい所だけど……今回ばかりは運が良かったわ。私は結構きついから……」

「いやだから、俺には追加報酬が害を与えるような効果は……」

「な、これは……っ!?街中の人が倒れていると言うの!?」


 全く話を聞いてくれない。

 

 クラウデッドの街を出入りするための外門……そこにあるのは普段のような喧騒ではなく、静寂。

 そして、倒れ伏した人々の姿だった。


「そんな……まだ外門なのに、こうも広範囲で……!?」

「息はあるな。ただ眠ってるだけみたいだ」


 人々はピクリとも動かないが、特に外傷もなく眠っている。夢魔王が殺しを好まないと言うのは本当らしい。

 

 ただ……まだ街の入り口だと言うのにこの惨状。

 クラウデッドの街は各国の物流の中心地……街とは言え、国に劣らない程の規模があり、生活する人々の種族も多用だ。

 それに、俺たちが異変に気付いてこの街に着くまでにかかった時間は半刻弱。にも関わらず、誰一人立ち上がることすら出来ていない。


 広範囲、短時間、そしてこれを成し遂げる夢魔王の力……


 ……うん、認識を改めよう。

 これは確かに危険だ。古代の魔物の長……ロゥレルの言っていたことも、過大評価ではないらしい。


「ダメ、どうやっても起きない。夢魔王の能力が作用しているだけあるわね……」

「でもまぁ、命に別状はないって奴だ。夢魔王とやらを直接叩いて起こさせる他ないな。人数も多いし」

「となると、この淫気が最も濃い……街の中心ね」

「……中心、か」

 

 街の中心、そこは冒険ギルドと商業ギルド、二つの二大ギルドが集中している場所。

 やたら大きく装飾の派手な噴水のある場所だ。

 

 つまり、俺にとっては良い記憶がない場所。

 パーティーに散々利用された挙げ句に追放され、商業ギルドには追加報酬のアイテムを超低価格で取引され……しかもその結果が現状とは、泣けてくる。


 と言うか、あの商人訴えてよくない?世界を揺るがす程の魔物の心臓が銅貨一枚だったんだよ?

 ん?もしかして夢魔王さん、それにぶちギレて復活したんじゃないの?だったらあの商人捕らえて献上すれば解決じゃない?


 それなら喜んでやりますが。


「……フェーク?大丈夫?何か凄く怖い笑顔だけど……」

「何でもない。俺よりも、ロゥレルは大丈夫なのか?随分とこの……淫気?に参ってるみたいだけど」

「正直キツイけど……弱音は言ってられないから……!」

「ボーッとするけど……頑張る……」


 どうやら周囲に漂う淫気も、相当な効果があるようだ。自らの意識を保とうと、頬をつねったり足を叩いたりしている。

 ミミは……頭がふらふらしていて、宝箱の蓋にゴンゴンぶつかっていた。


 ミミちゃん……頭おかしくなっちゃうよ……?


「時間をかければ、こっちが不利か……じゃあ、早く中心に向かうとしよう」


 

 








◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「さて、中心の噴水広場に着いた訳だけど……」

「これ、は……っ!?」

 

 中々に酷い有り様だった。

 中心だけあって、その人数は多い……が、全員がもれなく倒れ、または適当な壁を背に項垂れている。

 

 多量の荷物をばらまいて眠る商人、己の武器を抜くことなく倒れている冒険者……。



 そして、その中心。

 その復活を喜ぶように水のアーチを描き続ける噴水の前に、彼女はいた。


 

「……あら、この淫気の中で意識を保っているなんて……現世にも、骨のある人間がいたのね」

「あなたが、古代サキュバスの長……《夢魔王キュリアス》!!」


 ロゥレルがツルハシを構えるその先で、夢魔王キュリアスは妖艶に微笑んだ。


 夢魔(サキュバス)吸血魔(ヴァンパ)と共通の、鋭角ばった一対の羽。それを広げると、膜にはハートの印が浮かび上がる。

 毒々しくも艶やかな薄紫の髪……そのサイドテールを結ぶように、非対称な一本の角が生えている。


 そして流石サキュバスの長と言うべきか、その容姿は『美しい』の一言だ。

 無駄のない肉付きを、彼女にピッタリと張り付いている黒い膜が際立たせる。一方で、腰にはヒラヒラと舞う可憐な黒膜のスカート。


 どんなサキュバスとも、一線を画した雰囲気だ。


「さすがサキュバスの長。信じられない位の別嬪さんだ」

「残念、サキュバスに性別はないわよぉ?ボクちゃん♪」

「……マジで?」

 

 正確には雄でもあり、雌でもあり、両性でもあり、無性でもあると言う。

 どんな生物相手でも魅了が効果を出すように、全ての種族・性別を持つことができるそうだ。


 ある意味、生物の頂点じゃね……?


 と言うか、"ボクちゃん"て何?パパの次はそれですか。


「キュリアス……どうやって復活した!?その『五臓六腑』の封印は、並みの方法では解けないはずよ!」

「つまり、並みの方法ではなかったと言うことよ。お嬢ちゃん♪」


 キュリアスがおもむろに片腕を挙げると、彼女の足元に倒れていた男がふわりと浮かぶ。

 

 ん、商人……?あっ!



 あいつ、あの"銅貨一枚野郎"じゃないか!



「この人間、私の封印を解いて下らないことを考えていたようだけど……私が人間ごときの支配や命令を受け入れるとでも?嘆かわしい雄だこと……」


 吐き捨てるように呟き、男を俺たちの後方へと吹き飛ばす。


 あちゃ~、既に献上されてたか……。しかもキュリアスのご機嫌良くなってないし……。

 封印を解いた銅貨一枚野郎……あの男の事情も聞きたいところだが、まずは目の前の存在が先だ。


「あなたの目的は何なの……!?」

「決まっているでしょう?この世界の支配よ!」


 予想通りの宣言だった。

 支配欲強すぎるでしょ……。



「古代……他の十の種族の存在が脅威となり、私たち夢魔の支配は成せなかった。しかし、今の世界には当時の威圧感と気配がない。私だけが復活した今の時代に、敵はいない!

 夢魔の世界は、目の前にあるわぁ♪」



 桃色を帯びた淫気が、一層にその密度と濃さを増す。


 頬を紅く染め、自らの身体を抱き締めるキュリアス。古代のような天敵もいない、降ってきたこの幸運に大分酔いしれているようだ。


「……それを、成させる訳にはいかない……!!今ここであなたを倒し、また封印させてもらう……!!」

「ふふっ♪既に息も絶え絶えのあなたに出来るかしらぁ?」

「おいおい、俺を無視するなよ。それとミミのこともな。たった三人も眠らせないで、支配なんか出来ると思うか?」

「んぅ……パパ、食べる?」


 あれ?もしかしてミミちゃん、支配されちゃってる?


「……ふふっ、面白いわね。その余興、乗ってあげるわ♪」

「眠るのはあなたの方よ!夢魔王キュリアス!!」


 ロゥレルが駆け出し、ツルハシを振りかぶる。

 

 だがキュリアスは動かない。聖母のようにも、悪魔のようにも見える笑みを浮かべて、ロゥレルを見つめていた。


「せっかちなのはダメね、お嬢ちゃん?物事には順序があるもの……いきなりボスは狙えないものよ?」

「!?」



 ガキン!と、音が鳴った。



 彼女の前に躍り出た一つの影が、その攻撃を受け止めている。

 かと思えば、ロゥレルは大きく振り払われた。


「くぅ……っ!?何……!?」

「おー……これは……」


 キュリアスを守るように立つ、一つの影。

 それが四つとなり……そして何十となり、俺たちの前へ立ち塞がる。


「まさか……冒険者を操って……!」

「言ったでしょう?これは余興よ♪」


 虚ろな顔で俺たちを囲むのは、先ほどまで倒れていた冒険者たち。

 なるほどね。彼らは全員、彼女の支配下。手取り足取り動く、キュリアスの駒って訳だ。


 そして彼らを率いるように前に立つのは、ロゥレルを弾いた……記憶に新しい冒険者がいた。


「その三人は中々面白かったわぁ。自らの実力を勘違いして、とっても惨めで面白い……さぁ、楽しんでちょうだい♪」

 



 剣士ゲスト

 医術士ペール

 魔術師ソーク



 

 ……君たちホントに操られてんの?

 操られるふりして、俺に嫌がらせしたいだけじゃないよね?


「……来なさい!私たちは、負けない!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ