第八話
「やー、いい天気ねー。絶好のハイキング日和よね」
「そうですね。あ、サンドウィッチ食べます?」
「おりゃぁぁぁぁっ!」
空は澄み切った青空。雨季の蒸し暑さは夏季の熱とともに季節風に乗って過ぎ去り、アントレッグ大陸で一番過ごしやすい時季になりました。実りの季節。海でも陸でも山でも、様々な実りが見られるようになります。
「あ、おいしー。これ、どうしたの?」
「朝、宿のおかみさんにキッチンを借りて作ってみました。夕べのチキンの残りです」
「てりゃああぁぁぁっ!」
私とサニーさんは森の中を抜ける道の脇、手ごろな岩に腰掛けてサンドウィッチを頬張ります。
昼下がり。セントリノ・シティから東に位置するこの森に住んでいるという黒賢者ヨキさんに会うために、夜明けとともに街を出た私たち。夕べの襲撃もあって警戒しながら進んでいたのですが、ここまで暗殺者はおろか人とすれ違うこともなく、さすがに緊張の糸も途切れ、こうして休むことにしました。
「それにしても自害するとは、敵ながら天晴れだったわ」
「まさにプロでしたね。襲撃を予測してなければ危なかったかもしれません。」
「だぁぁぁぁぁっ!」
そう、夕べ捕らえた暗殺者。口の中に毒を隠していたらしく、意識を取り戻すと同時に自害してしまいました。どこに属していたとかそういう証拠は一切なく、男の顔にも見覚えはありませんでした。
あ、ちなみに死体は街の自警団に強盗と言って引き渡しました。
「でも、リリィはどうして襲撃があるって分かったの?」
「ああ、それはですね。ほら、ラファードさんが『ここの宿しか空いてなかった』って言っていたでしょう? あの街で普段からそんな状況になるとは考えにくいじゃないですか。それで思ったんですよね……誰かが私たちを、あの宿に泊まらざるをえないようにしてるんじゃないかって」
「てやったぁっはぁ!」
私は手にしたサンドウィッチをピコピコ振って見せながら、サニーさんに説明します。
「それに、昼間のドラゴンとか不可解なこともありましたし、時々変な視線は感じていたので」
「あー、視線は感じてた。アタシはてっきりリリィの可愛さに、どっかのバカが見てるのかとも思ったんだけれど」
サニーさんの言葉に私は苦笑してみせました。注目を浴びてしまうのは美少女の悩みの一つですが、さすがに十四年も生きておりますので、ある程度は慣れました。
「ふぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「にしても、やっぱりリリィは大したもんだわ。アタシとラファードは全然気づけなかったもの。それに、戦いにも動じないし。なんせ、カワイイしッ!」
「ちぇすとぉぉぉぉっ!」
「わっ、ちょ、サニーさん! サンドウィッチが落ちますっ!」
「ぬおぁぁぁぁあっ!」
「……ああ、もうっ! ラファードうるさいっ!!」
「そう思うんなら手伝えッ!!」
私とサニーさんがのんびりお昼を食べている、道を挟んで少し向こう。ラファードさんが大量のスケルトンやゾンビと戦っていました。一人で。
「それくらい、一人で十分でしょ。それとも、女の子にアンデッドモンスターと戦えってゆーワケ?」
「リリィちゃんはともかく、お前は戦えよっ!」
「やーよ。手が汚れるから」
「ちくしょおっ!」
涙目で大量の……パッと見ただけでも二十体はいる生ける屍と戦いながら、ラファードさんが叫びます。というかこの状況で会話ができるっていうことは、まだ余力があるということです。やはりラファードさん。単純に剣術の技量だけなら、私より遥かに上。ひょっとするとお父さんクラスかもしれません。
実際その後、私とサニーさんがサンドウィッチを食べ終わった頃には、全てのモンスターを倒していました。当然のように無傷で、強いて言うならば多少鎧とマントが汚れた程度でしょうか。それも白だから汚れが目立つといった様子です。
基本的に『死なない』アンデッドモンスターですが、ゾンビは頭を。スケルトンは腰骨を破壊してしまえば行動できなくなります。これは冒険者等の旅をする人間には重要なことですので、しっかりと記憶しておいてくださいね。
……まぁ、私が炎の魔術や浄化の術を使えば、一瞬で倒せたのですけれど。
「はぁ……はぁ……さすがに疲れた」
「はい、おつかれさん。サンドウィッチはもうないから」
「……鬼か、お前は」
さすがに疲労を隠せないラファードさんに、サニーさんがニッコリと告げます。
この二人、ずっとこんな関係なんでしょうか。さすがに小指の爪の先のホコリくらいラファードさんが不憫になります。
「はい、ラファードさん、お水です。やっぱり男の人は頼りになりますね」
「え、いや、これくらい当然だって。ありがとう、リリィちゃん」
私が微笑みながら水筒を差し出すと、ラファードさんはパッと爽やかな笑顔になって水筒を受け取ります。単純です。なんて扱いやすい人なんでしょう。それとも男の人はみんなこうなんでしょうか。
『いい? 男の人は褒めてあげればいいの。適度に落としてしっかり持ち上げる。そうやって、手の上で転がしながらイイ男に育てるの』
お母さん。お母さんの言っていたこと、少しだけ分かったような気がします。
「それにしても、こんなところに昼間から大量のアンデッドなんて……ひょっとして、夕べの襲撃と関係あるのかな?」
サニーさんが口の周りを手の甲で拭いながら首を傾げました。
「うーん。ないとは言えませんが、違うような気がします。これはどちらかというと、誰かがこれ以上先に進ませないようにしてる気がするんですよね」
「ああ、そういえば宿の人が話してたね。この森には怪物がでるから、みんな近づかないって」
私の言葉にラファードさんが頷きます。
そう、多分これは、ヨキさんがこの森に仕掛けているトラップのようなものなのでしょう。人と関わらないようにするために。どうやら、レックスさんから聞いた以上に面倒な人のようです。
「でもま、もしそうだとしたら、もうちょっとでヨキの家があるってことなんじゃない? 休憩もしたし、先を急ごう」
「……」
サニーさんはしれっと言い放つと、何か言いたそうなラファードさんを無視して森の奥へと歩き始めました。ラファードさんは溜め息だけ吐き出すと、黙って後に続きます。いやぁ、微笑ましいくらいに不憫です……と。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「……?」
空気を引き裂いて、森の中に悲鳴が響き渡ります。そんなに離れていません。
「いくよ、二人とも!」
「ああっ」
「はいっ」
走り出したサニーさんに続いて、私たちは悲鳴の聞こえた方向へと走り出しました。




