第七話
第二章 美少女は常に狙われる
月のない夜。風の音さえない静寂に包まれた世界は、室内を闇に染め上げています。
何の気配もなく、衣擦れの音もなく、二つ並んだベッドの膨らみだけが、そこに生物が存在するということを知らせていました。
違和感。
牙を研ぎ澄ませた獣でさえ気づけないほどの、ほんの僅かな空気の流れが宿の一室に起こりました。
ザシュッ!
「……っ!?」
輝かない黒塗りの刃が布を引き裂き、ベッドに突き立てられた瞬間、刃の主から動揺の気配がこぼれます。
『白の太陽!』
私の言葉に精霊が応え、純白の光球を生み出し室内を照らし出しました。
そこには黒装束に身を包んだ、体つきからして男と思われる人物。いかにも暗殺者といった姿です。
「はい、ざーんねーん」
サニーさんが不適に笑いながらワードローブから歩み出て、男に言い放ちます。私もそれに続くと、光球を頭上に投げて固定しました。
「どこの誰だか知らないけれど、アタシたちを狙ったのが運のつき。誰の差し金か……ゲロってもらうからね!」
サニーさんは一瞬で男との間合いをつめると、その勢いのままで拳を放ちます。しかし男は紙一重で身を捻って拳をかわし、手の中の刃をサニーさんへと滑らせます。
「……はぁっ!」
キィン!
裂帛の気合。男の方へと振り向きざまのサニーさんの手刀が、男の漆黒の刃を叩き折りました。男に再び動揺の気配。それはそうでしょう。金属と革でできた籠手をつけているとはいえ、自分に向かってくる刃を手刀で叩き折る人なんてそうそういません。ていうかやりません。
「……」
男はすぐに体勢を立て直すと、開け放たれていたドアへと向かいます。目的を達成できなければすぐ退く。間違いなくプロです。しかし、そう簡単には逃がしてあげません。
私は杖の先端を男に向けると、すでに呪文を唱え終わり、完成していた魔術を放ちます。
『赤の十字弓!』
火の精霊によって集められて収束した熱は、無数の炎の矢を形作り、男へと放たれます。
『ウィンド・ラッシュ!』
「なっ!」
しまった、魔術も使える!
私が放った炎の矢は、男が生み出した突風によって吹き散らされ、男へと迫っていたサニーさんと私へと進路を変えます!
「サニーさんっ!」
「……おっとぉ!?」
私がマントで炎の矢を絡め取りながらサニーさんへと視線を向けると、サニーさんは両手の籠手で全ての矢を叩き落しました。
……いやいや。どんな訓練を積んでくれば、その領域まで辿り着けるんですか?
「あっちち……やばい、逃げられる!」
サニーさんは床に落ちた炎を踏み消し、慌ててドアをくぐった男を追いかけます。
「大丈夫ですよ」
「へ?」
のんびりとマントに残った炎を払い消しながら私が言うと、サニーさんは間抜けな表情を向けながら足を止めました。
と、廊下から重く鈍い打撃音が響いてきます。
「たまには活躍しないと、男が廃りますからね?」
私たちが廊下に出ると、隣の部屋の前で黒ずくめの男が倒れていて、その傍らには薄明かりに煌く片刃のロングソードを手にしたパジャマ姿のラファードさん!
……うーん。格好良く成りきれない人です。
私とサニーさんはラファードさんの笑顔になんとなく溜め息を返しました。
騒ぎで目覚めた宿泊客で賑やかになってきた宿屋の廊下。私は部屋から持ち出してきたシーツで気絶している男を簀巻にし始めたのでした。




