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夜明けの来ない世界で君と笑う  作者: 相川あきら
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第三十話 永遠を願う

 あれから二日。土日を挟んで週が明け、月曜日の朝が来た。ここ一週間ほどの不安定だった空模様が嘘であるかのように、気持ちがいいくらいの晴天である。車窓を流れていく景色も冬にしては鮮やかで、春の訪れを感じるほどだった。まだ十二月なのだが。

 大学の最寄一つ手前の駅で停まった電車に、吉田さんが乗り込んできたのはそれから間もなく。惚れた欲目なのか普段から彼が輝いているように見える私だが、今日はいつにも増して後光を幻視しそうなほどの笑顔だった。センスのいいコートの裾を靡かせ、人混みをかき分けて私の元へやってくる様は、さながらモーセ。

 あまりにも当然のように人が自主的に避けていくのは、その眩いオーラのせいだろうか。想いを交わして初めて会うからそう見えるのかとも考えたが、彼の後ろに見える煤竹さんと藤原くんは頭を抱えていた。多分私の勘違いではないのだろう。


「おはよう。澪さん」

「おはようございます。松太さん」


 楽器を奏でたような優美な声が私の耳をくすぐった。いつもより割増で深みのある声に仕上がっている。彼は己の人を惹きつける容姿も声も香りも人間を釣るための餌だと少々疎ましく思っていたはずだが、かつてないほど全開だった。己の魅力的な部分全てを私にぶつけてきている。

 呼ばれた名前に返した瞬間、花が綻ぶように彼が笑った。そのあからさまな様子に思わず苦笑いが浮かぶ。

 あの日、煤竹さんと烏羽さんから事の顛末の説明を受けた私は、まず母に連絡を入れた。気を失っていた時間は大して長くなかったのだが、連絡もなしにいつもより二時間三時間帰宅が遅くなれば流石に一報は入れておくべきだろう。

 幸いにして怪我の類は龍雲さんに治してもらえたし、見える限りの血の跡は私が気を失っている間に寿美子さんが拭いてくださっていた。おまけに彼女は修復の能力を持っているらしく、汚れた衣類一式は元どおり。

 友人と遊んでいて夕飯は食べて帰ると連絡し、そのまま烏羽さんの送迎で私の通学利用路線の沿線にある大型ショッピングモールに向かった。アリバイ作りのためにレストランで吉田さんと夕食をとって、その場である“提案”をされたのだ。


『その、よかったら名前で呼んでくれないかな?』


 孫に向けるような視線で呼び名を改められた時とは大違いだった。目を逸らし、耳まで赤くして。あの余裕に満ち溢れた吉田さん──もとい松太さんは、どこに行ったのだと心配にすらなるほどのギャップ。その呟くような小声でされた提案に、私は一も二もなく肯いたのだ。

 回想に耽っていると、つむじのあたりに焦げ付きそうなほどの視線を感じた。見なくてもわかる。松太さんだ。柔らかい笑みを浮かべて、私を凝視しているのである。頬が熱くなり、そっぽを向いた。恥ずかしい。窓の外を高速で流れていく景色に目を向ければ、その横顔にかかった髪の毛を細く、それでいてしっかりしたしなやかな指が避けた。


「いいね。こういうの」

「私は恥ずかしいです……」


 居酒屋の暖簾をくぐる真似をして「へい大将」とでも言うかのようなノリで、顔を覗き込まれる。耳にかけられた髪の毛を払い前髪を引っ張って顔を隠せば、クスクスとした笑い声が鼓膜をくすぐった。

 髪の毛のカーテンの隙間から見えた松太さんは、先程の私と同じように窓の外を見ている。過ぎゆく景色を目で追い、呟いた。


「浮かれてるんだ。許してくれ」

「……百年生きたお爺ちゃんなのに?」

「お爺ちゃんも知らないことくらいあるさ」


 意地を張って可愛くない返しをする私を、そこもまた愛おしいと言いたげな目で松太さんが見下ろす。俯く私をわざわざ腰をかがめて覗き込み、「それともお爺ちゃんは嫌いかい?」といたずらっぽく問うた。

 真面目に答えるのが癪で、整った顔面に手を押し当てて引き剥がす。彼にとってはそれすらも楽しいのか、小さくわざとらしい悲鳴を上げて身を引いた。


「いやぁ、昔の人も言っていたけど、恋しい思いは隠しきれないものだね」

「昔の人って……、藤原くんに怒られますよ」


 松太さんは、もう箸が転がっても面白いと言わんばかりに小さく笑い続けている。

 きっと何もかもが色鮮やかに、素晴らしく見えているのだろう。空気中を漂う塵さえも、光を反射してダイヤモンドのように見えているのだ。言わずもがな私もであるが。

 ちらりと窓から見えた川の水面に、魚の鱗の煌めきのようで美しいなと感想を抱いて、自分の重症さを悟る。いや、そんなこと冬も深まって花なんて咲いていないにも関わらず、空が綺麗だからと枝ばかりの木と一緒に写真を撮った今朝の時点でわかり切っていたことかもしれない。


「あまりにも世界が眩いんだ。五感は元から鋭い方だけど、それでもいや増して美しく見える」

「私も思ってました」


 お揃いですねと顔を見合わせて笑った。ここまできたらもうヤケだ。

 太陽の光を受けて、松太さんの濃い茶の髪が煌めいた。空気感を味わうように目を閉じた彼の頬に、長い睫毛が影を落とす。


「復讐を遂げられず、僕はなんのために鬼になったのかと思い悩んだ時もあったけれど……」


 憎しみに身を支配され、人の生の道を踏み外し、いいことなんてなかった。元から鋭い聴覚はさらに増し、力の加減はできずに日常生活もまともに送れない。元から母の死を受け入れられずに鬼になったというのに、復讐も果たせず何のために生まれたのかと思い悩んだ。

 当然、何もかもを捨てなければならなかった。たった一人残った真ん中の妹も。妹も両親も亡くし、兄も亡くした彼女には苦労をかけただろう。

 人に手をかけることで、鴉天狗警察に始末されようと考えたりもした。

 それでも、長く生きて、君に会えたことで、変わったことがあった。

 母の仇を取れなかったことは、当然今でも悔やんでいる。折り合いはつけられていない。それでも、途中で死を選ばなくてよかったと思えるほどにはなった。

 どこかすっきりしたような顔で頬を撫でられ、息が溢れる。少しでも自分の存在が彼にとってプラスの作用をするなら、これ以上はない。

 危うく作り上げられかけていた二人の世界ムードは、列車がホームに滑り込んだことにより霧散した。危なかった。

 並んで降車して、出口に向かって歩を進める。砂を吐きそうな顔をした藤原くんと煤竹さんが後に続いた。妖怪である彼らは、松太さんほどではなくても聴覚を含めた五感が鋭い。つまり、そういうことだろう。

 多少の恥ずかしさを感じながらロータリーにあるバス停留所に向かえば、風邪から復活した素子が最後尾に並んでいた。挨拶を交わしながら後ろに並び、休んでいた間の話をする。

 素子と二人で盛り上がってしまって、しばらくしてようやく松太さんを置いてきぼりにしてしまったことに気がついた。慌てて話を振ると、それを見ていた素子が意味深に笑みを浮かべる。


「ふぅん。松太さん、かぁ」

「な、なに?」

「ううん、なんでもない。あっ! 私あっちのサークルの友達のとこ行ってくるね。お二人は、ごゆっくり〜」


 ひらひらと手を振る素子を見送って、ようやく彼女が私が松太さんを名前で呼んでいたことを揶揄しているのだと気がついた。背中に文句を投げつければ、笑い声が返事をする。

 吉田さんは隣で肩を震わせると「面白い子だね」と微笑んだ。


「私にはちょっともったいないくらいにいい子です」

「おや、それはちょっとやけちゃうな」


 視界の端で、藤原くんが首を振って頭を押さえた。煤竹さんは我関せずと言った顔で文庫本を読み耽っている。

 そんな二人を尻目に、私たちは自然と手を繋いだ。絡めた指がなぞられる。

 こんなにも普通で幸せな時を送っているのに、彼は妖怪で私は人間なのだ。彼は何か特別なことがない限りは、永劫生き続ける。それこそ栄養源である人間の霊力が絶たれない限りは。ちょっとやそっとでは命を落とさない彼と、何かあれはすぐに命を落としいずれ死が約束されている私。これからきっと、多くの山にぶち当たるのだろう。

 それを考えると憂鬱だが、今は、こうして甘酸っぱい恋を味わっている今だけは、何もせずこの幸せに浸かっていたい。手のひらに感じるジンジンとした痺れを感じながら、そう思った。


[終]

→あとがき

あとがき


ここまでお読みくださりありがとうございます。

とりあえずここで区切りといたします。

誤字脱字等発見されましたらご報告いただけると幸いです。

感想をくださると、またそれがお褒めの言葉であった場合小躍りして喜びます。


ありがとうございました。



相川あきら

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