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夜明けの来ない世界で君と笑う  作者: 相川あきら
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第二十四話 戦闘

 一瞬。一瞬だ。瞬きする間に、吉田さんは男の首根っこを掴むと私たちを覆う透明な壁に叩きつけた。なんとも痛そうな音と、ミシミシと軋むような音が反響する。


「ちょっと!」


 藤原くんが声を荒げた。睨み付ける勢いで、吉田さんと男に視線を向ける。対峙する鬼から視線を外した吉田さんは、私たちを目に入れると、「すまない」と唇を動かした。

 藤原くんが愛嬌のある顔立ちに似合わない舌打ちを溢す。いつのまにか張られた透明な壁ギリギリまで踏み出していた私を後ろに引き戻して、背に庇うようにして立った。

 同時に、箱状の壁の上面に何者かが降り立つ。


「すまない。遅くなった」


 見上げた視界に映ったのは、黒い翼を広げた煤竹さんだった。モッズコートの背から伸びるしなやかな双翼に、一瞬布地の心配をしてしまう。突き破っているのだろうか。


「本当だよ!」

「結界を張りなおせ」


 私が呆けて見上げている間に、藤原くんが大声で文句を述べた。それを一瞥して煤竹さんは翼をはためかせると、そのまま取っ組み合う吉田さん達に突っ込んでいく。いつのまにか杜若教授までもがそこに参戦していた。

 藤原くんが空中を手で払うような仕草をする。今まで特段息苦しかったわけではないが、新鮮な空気がなだれ込んできて結界が消えたことを理解した。次の瞬間、冷えた風が遮られて、新たに壁ができたことを理解する。


「けっかい……」

「そ。これが僕の特殊能力。一度張ったら動かすことができないって弱点はあるけど、強度には自信があるよ」


 思わずぽつりと声が漏れた。藤原くんは律儀に戦いから目を逸らすことなく、解説してくれる。

 どうやら範囲や展開時の意識により強度にばらつきはあるらしいが、ちょっとやそっとではびくともしないものらしい。張ったまま結界ごと移動ができないのは玉に瑕だが、一点から動かない防御においては、今まで生きてきて右に出る者はいないとか。千年生きている人が言うのなら、相当強いのだろう。

 いつのまにか小刻みに震えだした手を押さえ込み、終わらない戦闘に目を向けた。武器の類は使われていない。拳と拳がぶつかり合う肉弾戦。組み付いては投げ、投げられては掴みかかり。周囲に聳え立つ木を利用し、戦いは立体的に展開される。

 吹き飛ばされた煤竹さんが宙で態勢を立て直し、木の幹に着地した。そのまま踏み切ると、男の脳天に鋭い蹴りを落とす。

 ひらりと身をかわした鬼の鋭い爪が、吉田さんの肩口を切り裂いた。鮮血が舞い飛び、血飛沫が木の幹に降りかかる。


「ふ、藤原くん! 吉田さん怪我!」

「うぅん、やっぱり成り立てなだけあって強いな……」


 藤原くんが、下唇を噛んだ。吉田さんを庇うように煤竹さんが鬼を投げ飛ばし、頭上を飛び越えていく。藤原くんは私と鬼を結ぶ線の上に立つように、体を入れ替えた。

 傷口を抑え、荒い息を吐く吉田さんが踏み出す。何か、心ここにあらずといった目をしているのがわかった。思い返せば、杜若教授や煤竹さんの声かけに対する反応も些か鈍い。

 やはり、鬼に対して彼はまだ何か思うところがあるのだ。


「一旦退け!」

「松太、躊躇う気持ちがあるなら下がっていなさい」


 空気を震わせるような声が飛んだ。煤竹さんだった。鬼と組み合い、視線は逸らさないままに吉田さんに向けて叫ぶ。

 ジャケットを脱ぎ捨てながら、杜若教授が続いた。吉田さんと同じように、額から二本の角が生えていることに、今になって気がつく。鬼としての本領を発揮するときに姿が変わるのだろうか。繰り出した右手はいつのまにか拳ではなく、爪で引っ掻くような動きになっていた。


「あの、今更なんだけど、“捕まえる”んじゃないの?」

「え? あぁ、それは基本的にはないね」


 藤原くんの背に隠れながら、問いかける。どうにも先ほどから見ていて、攻撃は全て命を刈り取る方面に特化しているように感じられた。制圧や無力化が目的ではない動きに、疑問が湧いたのだ。

 藤原くんは戦闘を目で追いながら、言葉を紡ぐ。曰く、妖怪を構成するのは人間の“信じる力”であるが、その力の大元を占めるのは恐怖である。暗闇や得体の知れないもの、不思議な力への畏怖の念が寄り集まって彼らを彼ら足らしめているのだ。故に人に畏れられないと、彼らは存在できない。しかしだからといって無闇矢鱈と人を襲って人間が死んでしまっては、元も子もなくなる。人間ありきの彼らなのだ。

 だから、鴉天狗警察が存在する。度を越して人への危害を加える妖怪を取り締まるために。それはつまり、制約の範囲内では人を脅かすことが認められていると言うことだ。道を踏み外せば、人間の生命の危機に直結する。


「だから、更生の余地は与えられない」


 妖怪は人間がいないと存在すらできないが、その分力は人間よりよっぽど強い。純粋な物理的な力だけでなく、異能や特殊能力を持つ。人間より強い種族だ。その強い種に制限をしているとはいえ、脅かす権利を与えているのである。それ故に道を踏み外すことは許されない。ひいては妖怪自体の存続にも関わるからだ。

 死んでしまった人間が、辛うじて存在している土地神の信者だったらどうする?

 そう言うことである。


「吉田松太郎」


 不意に空気が震えた。響いた名前に、全員の視線が杜若教授に締め上げられた発生源である男に向向かう。

 張ったわけではない。少し離れた距離にいる私の、人間の耳に辛うじて届く程度の音量。

 それは、吉田さんのかつての名前だった。


「アイツ……」


 藤原くんの舌打ちと共に、隙を突かれた教授の体が横に吹き飛んだ。藤原くんがより一層私の体を自分の後ろに庇う。


「お前と俺のなにが違うんだ? お前はこちら側だろう?」


 杜若教授の手が離れて地面に倒れ込んでいた男が、よろめきながら立ち上がった。呪詛のようなおどろおどろしい声音が、木立に立ち込める。


「お前に、僕のなにがわかる」

「わかるさ。特殊能力って言うのか? 鬼は一人一人持ってるんだろう?」


 「追跡か」と藤原くんが呟いた。


「百年遡るのは簡単じゃなかったが、それでもわかったよ。お前はただ運が良かったからそっちにいるだけで、本来こちら側の人間じゃないのか?」

「黙れ!」


 怒号が鼓膜を震わせる。吉田さんが駆け出した。引き絞られた矢が弓から離れるような勢いだ。叩き込まれる拳を、男がいなす。

 我も忘れて、とはこのことだろう。幾度か鮮血が舞い、宙に弧を描いた。煤竹さんと杜若教授は、下手に手を出して巻き込まれることを危惧しているのか、距離をとって慎重に様子を伺っている。

 恐怖で縋り付いた腕から震えが伝わって、藤原くんが案ずるような表情を浮かべて振り向く。その肩越しに、吹き飛ばされる吉田さんが見えた。

 声にならない悲鳴が、喉から迸り出る。

 木に激突して落下した吉田さんの体を、煤竹さんが引っ掴んでこちらに投げた。藤原くんは心得たように吉田さんが激突する直前に結界を解く。おそらく避難させるつもりだったのだろう。

 しかしその一瞬を、男は見逃さなかった。吉田さんの代わりにと組み付いた杜若教授を吹き飛ばし、駆け寄った煤竹さんを投げ飛ばし、瞬きの間に急接近する。

 男が、吉田さんに向けて大きく爪を振りかぶった。藤原くんは結界を張ろうにも、ここまで接近されては難しいだろう。満身創痍の吉田さんを、せめてもと引き寄せた瞬間、歪に口角を吊り上げた男と目が合った。

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