栗、黄金のきんとん 〜フリージアの香り大晦日
『栗の甘露煮』の瓶詰めが売り出されていた、大勢のお客で賑わう大手のスーパー、年の瀬のあれやこれがまだ沢山置かれている。
「買う」
瓶詰めのそれをカゴに入れると、側の薩摩芋をいっぽん山から選び出す。本職はクチナシの実で色つけをするけれど、家には食黄の小さな瓶がある。それを少し混ぜたら良い、芋が黄金色になるから。
金時人参、蓮根、ゴボウ、海老芋、クワイ、橙……、見慣れたものと時期物が、うきうきとした様子で、白菜と白ネギ達と共に混ざり野菜売り場に並んでいた。シャキシャキの水菜をひと株、湯がいても生でも使い勝手がいい野菜。
惣菜売り場を覗く、その前に鮮魚コーナーで、刺し身の切り落とし、これは色んな種類のお魚が入っている。独り身にはこれでいい、後は味付け数の子、いくらの醤油漬け。カゴに入れると、人の流れに乗り次に向かう。そこで蒲鉾を一本、伊達巻きは厚焼き玉子を焼くのでいらない。
「黒豆にお煮しめ、八幡巻きもここでいいな、うーん。なますぐらいは作ろうか、人参と大根くらいなら家にあるし、肉はローストビーフ買おう、玉ねぎあったし、和風ドレッシングと水菜で合わせたらいいや、うん、それでいい」
惣菜売り場で、パックに色鮮やかな栗きんとんが、ペットリと入って売られている。それを手にする事はない、私はこれだけは作る派なのだ。
「うふふふ、きんとんは沢山食べたい」
上握り寿司のパック、年越しそばのカップ麺、雑煮用の某メーカーの切り餅、チーズにお菓子を適当に見繕い、買い物を終える。肝心要のお酒は、クリスマスに実家に帰った時に、発泡酒じゃない缶ビール数本と共に、届けられたお歳暮からせしめてきている。
それと悪友から貰ったシャンパンも冷蔵庫にある、なので重い瓶類は買わなくても済んだ。
何時もより膨らんだエコバッグを肩から下げて家路についた大晦日の午後、あちらこちらで、迎春の用意が既に整っている。それを眺めていたら、何かそれらしいものを買いたくなった。
途中にある花屋でフリージアの黄色と白の花を、百均ショップを覗く、お正月飾りもそれらしい食器も祝箸もここで揃う、小さな塗の盆を一枚と、祝箸、梅を型どったガラスの箸置き、リースみたいなしめ飾りを買った。
―――「お正月はお父さんとハワイに行くから、うふふふ還暦祝いなの、だから戻ってきてもいないわよ」
冷蔵庫に仕舞いながら母親の声が頭を過る。ハワイに辿り着いて観光をしている両親。嬉しそうに携帯に電話を入れてきた。なのでお正月に渡そうと思っていた、還暦祝いを慌ててクリスマスに家に届けた。
「早めに言ってよねー、私もまざりたかったのに、でお兄ちゃん達は?連絡ついたの?あっちで会えるかな、杏奈ちゃんだっけ、大きくなってるだろうなぁ」
「うん、会えそうなのよー。由紀さんが飛行機とホテル抑えてくれたみたい、隆弘はそんな事全然できないからね、あー、孫に会えるぅ!それもこれもお前が早く結婚しないから、ねぇ、この前のなんで断ったのよ、彼と別れたってたから、お話勧めたのに!」
海外赴任中の兄夫婦と合流できるらしい事を聞いて、少し安心をした。持ってきた母親のお気に入りの店のケーキをつつきながら、出された紅茶を飲んでると、見合い話を蹴った事をグズグズと言われたクリスマスの日。
「だってー、男はいいやと思ってるしぃ、それになんか合わないな!だったんだもん、すぐ離婚していいなら考えるけど」
「はい?それは駄目でしょうが!んーここのケーキ美味しい」
苦笑しながら母はサンタの飾りがあしらわれたそれを、嬉しそうに口に運んでいた。
そうはいってもこればかりはねぇ、無理!せっかく気儘に過ごしているというのに、香る花を青の細長いグラスに活ける。それを玄関の下駄箱の上に置く。室内は暖房をかけるからすぐ痛む、玄関ならば少しばかりマシだろう。
そして、小さなキッチンで薩摩芋の皮を厚く剥きながら、親子の話をあれやこれと思い出す大晦日の夕暮れ。
芋を適当に切って水に漬ける、白く濁る。一息つこうとコーヒーを入れて飲む間に灰汁を抜く。飲み終わると、水を捨て湯がく、レンジでチンよりも、くつくつと柔らかく湯がく方が、後で裏ごししやすい。
「湯だったらしっかり水分を飛ばして、粗めに潰してから裏ごし!そのひと手間が滑らかになる!」
少しずつ、少しずつ、裏ごし器でホロホロにしていく。途中面倒くさくなるが、そこは我慢のしどころ。全てが終われば、砂糖に栗の甘露煮のシロップを入れてからトロ火にかけ練る、このあたりは適当なのだ。
もったりとしたら栗を入れ、火を止める。食黄をちらり、手早く混ぜると鮮やかな黄金色になる片手鍋。甘い香りが立ちのぼる。
ほのあたたかなそれを、スプーンですくって黄色をひと口。トロリと広がる甘さ。
「んんんん!甘ーい!おいひー!」
外はいつの間にか暗くなり、テレビのニュースでは道路事情が流れている。晩御飯は上握りひとパック、それに合わせるのは、実家からせしめた純米酒。ビールと共に冷蔵庫に入れてある。
食卓に、百均の半円の塗り盆を置く、上にそれらしく寿司を盛る。ご馳走感が出た。シャンパングラスにしようかと食器棚から取り出した。少しばかりきんとんを若竹色の小鉢に盛り付ける。
梅の箸置きには、何時も使っているのを揃えて置いた。うん、見栄えはいいなぁと、眺めてから酒瓶を開けようとしたとき、椅子に置いてあるナイロンに入った、正月のお飾りに気がついた。
「あ、その前に大晦日にお飾り下げるのは良くないってけど、令和の時代いいよね!」
買っていたしめ飾りを飾りに外に出る。かわいいそれをマンションの玄関ドアに飾った。よくわからないが時代なのか、吸盤がセットで入っていた。
縄で編んだ輪っかに、鼠、松竹梅の造花の飾り、おもちゃみたいなそれは、すました顔で可愛らしく新年の神様とやらをお迎えしている様。
しばらく眺めてから、ガチャと部屋に入る、下駄箱の上に飾ってある、白と黄色のフリージアがふわりと、甘く瑞々しく香りを放っている私の大晦日。
終ー。