三つ目の死神
照彦の鎌は壊れたので、修理しにいかなければならない。照彦達は、緑が深い山を登っていく。
フェムトによると、ここに『火山屋』という鍛冶屋があるらしい。だが、この山を見るとどうもそれがあるような雰囲気はない。
「本当にあるの?」
「でも、この地図ではそうなんだし…」
照彦達が、不安になりながらも山を歩いていると、茂みから何者かが飛び出した。
髪の毛と目は水色で、腕には生傷と海豚の入れ墨が着いている。ひょっとして、先程馬主が言っていた不良死神というものだろうか。
「おいおい、無断で俺の縄張りに入りやがって、それはないだろ?」
「水の死神なのに、どうして山を縄張りっていうんだよ」
照彦がそう問うと、不良死神はやれやれと言って腕を組んだ。
「ここは、俺の仲間が支配してた山だ。あいつが消えてから俺がその後を継いでるって訳だよ。
不良死神は、水で造った鎌を取り出して、照彦に向けた。
「俺の名はドルフィン、荒海の奏者だ。この先を通りたいなら、俺を倒してからだな!」
照彦は、鎌を取り出そうとしたが、鎌を直すためにここに来たので、今は壊れている。
とりあえず、鎌が無い状態で今は凌ぐしかない。
「お前、鎌は?」
「今は持ってない!」
「お前、それでも死神か?まぁ、行くぜ!」
ドルフィンが鎌を地面に突き刺すと、地面が水のようになった。ドルフィンは、その上を波に乗るように進んでいく。照彦は、一瞬の出来事に戸惑いながらも、ドルフィンに向かって行った。
「俺、照彦の手助けをする!」
すると、寒月が照彦の前に現れ、照彦の足元を凍らせた。足場が出来た照彦は飛び上がり、ドルフィンに向かって攻撃を放った。
「『閃光の矢』!」
「『荒海の刃』!」
ドルフィンは、照彦の矢を弾こうとしたが、ほとんどが当たってしまった。
「お前、何の属性なんだ?その力が感じられない…」
ドルフィンが、照彦の力に戸惑っていると、背後から何かが刺さった。だが、それは照彦ではない。
照彦がドルフィンの横を見ると、そこには、先程と同じ蠍の怪が居たのだ。
「あいつ、俺達を追い掛けてきたのか?!」
ドルフィンは蠍に向かうが、身体が痺れてその場に倒れる。
「あいつの毒は強力だ!気をつけろよ…」
「ドルフィンさん?!」
毒が回ったのか、ドルフィンはもう戦える状態ではなかった。ドルフィンは青褪め、刺された傷は紫色になっている。
ドルフィンとの勝負は諦めて、照彦達はこの蠍の怪を退けなくてはならない。
今まで遠くから寒月の様子を見ていたペグルが、照彦の横に来た。
「ここから僕も戦うよ」
「ペグル、何かあるのか?」
ペグルは杖を取り出した。
「この技が使えるかな、『転壊』!」
ペグルが杖を振ると、蠍の周囲が青色のオーラに包まれた。
「これで蠍の能力を下げたよ」
蠍の動きは鈍っている。この隙に一気に畳み掛けたい照彦と寒月は、同時に攻撃を放った。
「『光の矢』!」
「『氷柱の雨』!」
ところが、二人の集中攻撃を受けても、蠍は倒れないどころか、元気になって二人に襲い掛かってくる。
照彦は、攻撃を防ごうと、光で壁を造った。
「『光の壁』!」
だが、蠍はその壁を簡単に打ち砕き、寒月に毒針を刺した。寒月はその場に倒れ、苦しみ出す。
「寒月!」
「うっ…、ペグル…」
ペグルは寒月を抱え、蠍の前を離れる。
そして、蠍は照彦一人を狙い、毒針を構える。照彦は、次はどうすればいいか分からなくなった。
「『炎石の痕』!」
その時、燃え盛る鎌が蠍を貫き、蠍はその場から消えてしまった。突然現れた女性は、鎌を下ろすと、照彦達とドルフィンを見つめる。
「来てみたらこんな事になって…、みんな、大丈夫?」
「ええ…、まぁ」
女性はたっつけ袴を着て、御札が付いた笠を着けている。また、身長は高く、ドルフィンと同じくらいはある。
「あなたは不良死神なの?」
「俺はコークスから言われた事を守ってるだけだよ」
「コークス…?」
女性は息を呑んだ。
「あらやだ、コークスってうちの旦那さんと同じ名前じゃない」
「同じ名前…?」
女性はそれを不思議に思いながらも、ドルフィンの傷を見てはっとした。
「とにかくこの傷を直さなきゃ、家まで来てくれる?」
「これくらいの傷、三途の川に浸せば治る!」
ドルフィンは傷を抑えて立ち上がり、走り去ってしまった。
絢音がようやく戦いが終わったと、ほっと胸を撫で下ろすと、地面から風船が割れるような音が聞こえた。
「うわっ!な、何か踏んだ…」
絢音が恐る恐る足元を見ると、そこには、潰れた目玉が落ちていた。周囲には、液体が飛び散っている。
絢音が悲鳴を上げると、慌てて女性が駆け寄った。
「これは私の目だわ。ごめんね、驚かせて」
絢音は恐る恐る女性を見た。その目は二つ着いたままだ。それなのに、自分の目だというのはどういう事だろうか。
「え、えぇ…。あれ?ちゃんと着いてる」
女性は中腰になって、絢音をそっと撫でた。
そして後ろを向く。女性の首元には藍色のマフラーが巻かれている。だが、先の戦いでそれが解いてしまった。緩くなったマフラーの隙間から、光るものがあった。
よく見ると、それは目玉だった。フォルシアは、背後を向きながらも、絢音の事をじっと見つめている。絢音はまた悲鳴を上げた。それに気づいた女性は慌ててマフラーを巻き直す。
「あ、まただ…ごめんね」
「うっ…」
女性はまた絢音の元へ駆けつけ、絢音を慰めた。
一方、照彦とペグルは、毒に侵された寒月を見て、気を揉んでいた。
「寒月の傷…、直さなきゃな」
すると、女性が傷ついた寒月を抱え上げた。
「私が治してあげるわ、家まで来て」
「でも、俺達は火山屋っていうとこに行かなきゃいけなくて…」
焦る照彦を見て、女性はクスリと笑った。
「私はフォルシア、火山屋なら今から行くわよ、私はマグマ師匠の弟子なのよ」
「フォルシアさんも、鍛冶なんですか?」
フォルシアは、笑って頷いた。
そして照彦達はフォルシアの案内で、火山屋にやって来た。火山屋は山奥にある小さな二つの小屋で、薪がうず高く積み上げられてある。
恐らく、ドルフィンを倒してこのまま行っても、ここには辿り着かなかっただろう。偶然とはいえ、照彦はフォルシアと出会えて良かったと思った。
「着いたわ、ここよ」
フォルシアが扉を開けると、待ってましたと言わんばかりに二人の小さな子供が、フォルシアに駆け寄って来た。二人とも、絢音と同じくらいの身長で、女の子の方はフォルシアによく似ている。
「白い着物の女の子がパミス、黒い着物の男の子がスコリアよ。二人とも私の子供なの」
パミスとスコリアは、騒いでフォルシアにしがみつく。照彦はフォルシアに自分の名を名乗ってない事を思い出した。
「あっ、申し遅れましたね。俺は風見照彦です」
「風見って、ひょっとして昴様のお孫さんなの?」
照彦が頷くと、フォルシアが二人の子供にこう言った。
「二人とも、あなた達の従兄弟が来たわよ!」
「従兄弟ってどういう事ですか?」
パミスとスコリアはフォルシアから離れ、照彦にしがみついた。
「アクス叔父さんって分かる?私はその娘なの」
「そうなると、フォルシアさんは叔母さんって事ですか?」
「そうなるわね」
すると、向こうの小屋から、黒い着物を着た男性と、マグマ師匠らしき老爺がやって来た。
「おいおい、騒がしいぞ?」
フォルシアは寒月をひょいと持って、コークスに手渡した。
「コークス、この子を治してほしいの」
「子供の妖か、ちょっと待っとれ」
コークスは古傷だらけの腕で、寒月を持ち上げる。
「大人しいな、ホントに…」
コークスは、薬箱から薬を取り出して、毒を抜いて、傷を直した。
その間、寒月は毒が回っていないのにブルブルと震えていた。コークスから発する気に押されて、身体を動かそうにも動かせなかった。
照彦達が一度扉を開けると、空が夕暮れに染まっていた。もうすぐ一日が終わる。
「今日はここで泊まっていきなさい。照彦君の鎌は明日直すわ」
「ありがとうございます!」
「夕ご飯作って来るわね」
照彦達は荷物を置いて、パミスとスコリアと一緒に夕飯を待った。
その日の夕飯は、麦飯と山菜の味噌汁だった。どうやら、ここでは毎日のようにそういうものが出るらしい。照彦は、絢音とペグルに冥界の食事が合うかどうか分からなかったが、二人は完食していた。
その日の晩、照彦達は火山屋に泊まった。この一日だけで、色んな事があった。興奮してみんな眠れないかと思いきや、疲れ果てたのかすぐに眠ってしまった。