いざ、冥界へ
その蠍の怪には、以前戦った大蛸の怪と同じように、頭に目の文様がある。照彦は鎌を取り出して、蠍に向けた。すると、ペグルも同じように杖を取り出す。
「ペグル、技使えるのか?」
「僕は仙術が使えるんだ」
ペグルは、寒月を呼び出して、杖を高々と上げた。
「『転変』!」
ペグルの杖から放たれた光が、寒月に当たった。そして、寒月は蠍に向かって攻撃を放つ。
「『霊氷結』!」」
寒月から放たれた冷気は、蠍の周囲を凍らせた。
「僕は攻撃こそ出来ないけど、味方の能力を上げたり、相手の能力を上げたり出来るんだ」
「俺も行く!『光の傷』!」
照彦は、一つの攻撃を靄に、もう一つの攻撃を蠍に当てる。鎌の攻撃が当たった事で靄から扉が現れた。
蠍は二人の攻撃を避け、現れた扉を塞いだ。
「あいつ…、僕達を行かせないつもりか」
「絢音!先に行ってろ!ここはむしろ危険だ!」
「でも…!」
「俺も、すぐ行くから…」
照彦が絢音を逃したその時だった。蠍の顎で、照彦の鎌が粉々に砕けた。突然の出来事に、照彦は、攻撃する気力を失ってしまった。
蠍は更に、再び攻撃しようとした寒月を弾いた。蠍の身体は燃えだし、寒月の氷を溶かす。
「身体を燃やして…、自滅する気なの?!」
「とにかく、早く行け!」
照彦は、ペグルと寒月を先に行かせた。そして、散らばった鎌の破片を拾って、慌てて追いかけた。
扉の向こうには、草原が広がっていた。その向こう側には三途の川が流れていて、幾つも舟が行き交っている。
そこは、死神達が棲むという冥界だった。死後、魂達はそこを経由して、天空の塔を昇り、新たに生まれ変わる。
照彦達は三途の川の辺りに立った。すると、一艘の舟が、近づいてきた。それは、照彦の知り合いの死神で、三途の川の船頭をしているラメルだった。
「よっ、照彦じゃねえか!それと、こいつらは?」
「俺の友達の日岡絢音と霧山ペグルですよ」
ラメルは、二人をじっと見つめた後、櫂を持った。
「俺はラメル、海の死神だ。照彦が友達と一緒にか…、それで、何の用で冥界に来たのか?」
「調べ物、それと祖父ちゃんと話をしに来たんだ」
「ラメルさんって、照彦君のお祖父さんと知り合いなんですか?」
ラメルは少し考えて、こう答えた。
「冥界なら知らない人は居ないな、なんてったって照彦のお祖父様は冥府神皇、冥府を統べる王の昴様だからな」
それを聞いて、絢音とペグルは驚き、声を上げた。
「照彦君って…、そんなに凄い人だったの?!」
「俺自身はそんなに凄くないけど…」
照彦が謙遜すると、ラメルがそれを否定した。
「いや、照彦も凄い死神だって俺は思うぜ?」
「えっ…?」
「俺、照彦が産まれた日の事覚えているもんな」
照彦は、自分が産まれた時の事を、父親にも、母親にも聞いた事がなかった。
ラメルは、照彦が産まれた時の事を語り始めた。それは、伝説のように思えるが、ラメルは決して誇張せずに、見たままの事をそのまま話しただけだった。
照彦が産まれる前の十日間、冥界は闇に包まれた。昼間なのに、辺りは夜のようで、人々は不安になっていた。ラメルは暗い中も、舟を漕いでいた。
ところが、照彦が産まれた瞬間、地上に太陽が産まれたような眩しい光に包まれた。そして、一日中昼間のように明るくなり、それが十日間続いた。照彦の身体はその間、光り輝いていた。
照彦はその話を他人事のように聞いていた。照彦には、全く身に覚えがないのだ。産まれた頃の話をされた所で、今の自分には関係ない。
「昴様が星なら、照彦は光だなって俺は思うんだ」
「俺、お母さんは普通の人間なのに…」
「照彦君って、やっぱり凄いの?」
「俺、父さんや祖父ちゃんみたいな死神にはなれないよ…」
「なぁ、照彦はどんな死神になりたいんだ?」
照彦は、ラメルから顔を反らせた。
今の照彦には自信というものが全くなかった。それに、これから自分がどう生きたいのか、何を目標にすればいいのか分からない。ただ、目の前の事に必死になっているだけだ。夢前の事も、果たして自分の力で解決出来るか、分からない。
ラメルは更に照彦に質問をする。
「望むならお前は人間として生きることも出来た、それなのに、どうして照彦は死神として生きたいんだ?」
照彦は、頭の中が真っ白になった。死神として生きたいのは本当だが、何故自分はそうしたいのか分からない。
「分からないよ、そんなの…」
照彦は、結局ラメルと居る間に、その答えを出す事が出来なかった。
そして、ラメルの舟は、城下町の商店街に辿り着いた。照彦達は、ラメルと別れて、宮殿に向かう。
商店街は、古代中国を模した装飾が施されていた。服や食料品など、現世で売っているものの他に、鎌を売っている店もある。
照彦は、『糸屋』という服屋で立ち止まった。そこには、鹿の角をした少年の姿がある。その少年は、冥府神霊の一人であるピコだった。
「あれ?ピコ?」
ピコは、照彦達に気づくと、一礼して、こう言った。
「昴様はあいにく外出されて…、しばらく戻って来ませんよ。
夢前蒼汰について調べに来たのでしょう?私が調べた所、転生した記録はありませんでした。恐らく、魂を消滅させられたのでしょう」
「どうしてその事を…?」
「昴様は最初から存じ上げていたそうです」
ピコがそういってまた礼をした。
すると、背後から鼬の尻尾をしたピコと同じ背丈をした少年が現れた。ピコと同じく、冥府神霊のフェムトだ。
「鎌を直したいなら、『火山屋』ってとこに行くといいぜ」
照彦はリュックサックから、粉々になった鎌を取り出した。欠片は残さず拾い、袋の中に入れている。
「地図やるから行ってみなよ、ほれ」
フェムトは、ぐしゃぐしゃになった手書きの地図を、照彦に手渡す。それは、どうも参考にならないが、霊廟の近くの山である事は分かった。
ピコは、敬意を見せないフェムトに苛立ちを覚えながらも、平然を装っていた。そして、照彦の前に立って、黒塗りの箱を開けた。
「それと、昴様にこちらを預かっております、これを照彦様に託します」
ピコは、箱の中に入っていた金色の組紐を手渡した。
照彦がそれを握ると、照彦の胸が光り、霊水晶が飛び出して組紐に付いた。
「この紐に『七つの水晶』を集めろと、昴様が仰っておりました。」
霊水晶の他に、冥水晶、妖水晶、魔水晶、有水晶、昔水晶とある。だが、照彦が知っているのはこの六つだ。
だが、昴は『七つの水晶』と言っている。つまり、照彦が知らない七つ目の水晶があるという事だろうか。
「二つ目の水晶、冥水晶は、前冥府神皇の月輪様の霊廟にこざいます。残りは…、自分の力でお集め下さい」
「何で俺に頼んだんだろ、お祖父ちゃんも旅しているなら自分で集めればいいのに…」
照彦はそう呟きながらも、昴直々の頼みならしょうがないと思い、組紐をリュックサックの中にしまった。
「鎌の事もあるし、霊廟に向かおう」
照彦達は、ピコとフェムトと別れて、馬車に乗った。
城下町を抜けると、一気に人が少なくなる。周囲は緑の山と田園が広がり、チラホラと小屋のような家が見える。
そこに、かつての冥府神皇の月輪の霊廟があった。照彦は、一度馬車を降りると、霊廟に続く階段を登って行った。
月輪の霊廟は、装飾が付いた紅い屋根で、中は月の紋様が描かれている。その中央に、霊水晶に封じ込められた月輪の遺体があった。
月輪は亡くなった当時のままの姿で、そこにある。照彦は霊水晶越しに月輪に触れた。
「まさか、照彦君のご先祖様だったりするの?」
照彦は頷いた。
すると、月輪の胸元から赤い光が現れ、冥水晶が組紐に着いた。
「これで、二つ目の水晶が集まったね!」
「さあ、次は火山屋に行こう」
三人は霊廟を後にした。
照彦が再び馬車に乗ろうと、馬主の死神に火山屋の事を言うと、何故か馬主は首を振った。
「駄目だ、そんな所には連れて行けないよ」
「どうしてですか?」
「そこには不良死神が昔から巣食っているんでね」
「でも、鎌が壊れたから直しに行かなきゃ…」
「行くなら行け、ワシは行かん」
馬主の死神はそっぽを向いて、照彦達を置いてさっさと帰ってしまった。
「逃げちゃった…」
「とにかく、俺達は行こう!」
照彦達は、火山屋があるという山へ登りに行った。