正体がバレる!?
照彦は絢音とペグルを探して、青波台の住宅街を走り回った。だが、他のクラスメイトの姿はあるが、二人の姿はない。
「先に帰ったのかな…」
照彦は、二人は先に家に帰ったと考え、探すのを諦めて帰ってしまった。
その日もまた、夢を見た。以前夢で見た謎の男が、今日戦った大蛸の怪と共に、照彦の前に立ちはだかっている。
「お前…、何者だよ」
男は大蛸に乗って、足を組んで照彦を見下ろした。
「風見照彦、お前に言う程の価値はない」
名乗ってもいないのに、男は照彦の名前を知っていた。
「どうして俺の名前を知ってるんだよ?!」
「俺は全て知ってるのさ、まぁ…名前だけは教えておくか…、俺の名は夢前蒼汰だ」
夢前は大蛸を指示して照彦を襲わせた。照彦は、とっさに鎌を取り出してそれを払う。
「多少骨はあるようだな」
「くっ…」
照彦は、鎌を握り締めたが、その手は震えていた。
「ここは夢、夢は俺の世界だ。俺の世界では全てが俺の思い通りになる」
夢前は、蔑むような目で照彦を見つめる。
「そして夢は現実になり、現実は夢となる。お前が棲む世界は、浅はかな夢だ」
夢前と大蛸の怪は、その場から消え去ってしまった。
翌日、その日の朝は、様子がおかしかった。天気予報では晴れと言っていたのに、青波台はどんよりとした黒雲に覆われていて、風が吹き荒れている。
照彦は、その日も学校に行く為に、外に出た。家から少し離れた公園で、絢音とペグルが待っていた。
「おはよう、今日も早いね」
「さあ、早く行こうか」
三人は雨が降り出す前に、急いで学校に向かった。
午前中に降り出した雨は、照彦達が帰る時間帯まで降り続いた。梅雨時なので、仕方がない部分はあるのだが、予報外れの雨に、皆戸惑っている。照彦も、ここまで雨が降り続くとは思わず、折り畳み傘を持って来ていなかった。
三人での帰り道、仕方なく照彦は絢音が持ってきた傘の中に入った。
「ごめんな、傘持ってきてなくて…」
「そっちこそ…、傘持たせてごめん」
絢音の傘は、ピンク色で花柄の傘だった。二人が入るには小さく、照彦は傘を差してるはずなのに、ずぶ濡れになっている。
「絢音が差すと俺が入らないんだ、しょうがないだろ」
「そういえば…、絢音ちゃんって背ちっちゃいね」
「うん…、背の順で並ぶ時毎回一番前だもん…」
教室の前に出た時によく分かったが、絢音は低学年と間違えられる程身体が小さい。話してみれば、年相応だが、見た目だけでは間違われるだろう。
「今までであんまり背伸びなかったな…、成長期じゃないのかな…」
絢音は、濡れないように必死に傘の中に入り込んでいた。
三人がそうして並んで帰っていると、背後から何かが被さった。昨日照彦達を襲った大蛸の怪だ。
「危ない!」
照彦は、とっさに絢音を庇った。照彦が差していた傘は手から離れ、地面に転げ落ちる。
「照彦君?!」
「絢音、ペグル、逃げろ!そして隠れとけよ!」
絢音とペグルは状況が呑み込めないが、照彦の指示に従った方が良いと考え、塀の裏に隠れた。
二人が逃げた事を確認した照彦は、鎌を取り出して大蛸に向けた。
「お前は昨日の…、そして、夢に出てきた怪なんだな?!」
大蛸は巨体を動かして、照彦に向かう。照彦は、大蛸から遠ざかり、光の矢をぶつけた。
雨は容赦なく照彦に打ち付けていく。大蛸は、雨の方が動きやすいのか、昨日よりも動きが素早く動いていた。
「『冥道裂斬』!」
照彦は光の矢が刺さった足を断ち切ったが、足はすぐ生え変わる。どれだけ足を斬っても、それは変わらなかった。
大蛸はしばらく照彦を翻弄していたが、突然照彦とは違う方向を向いて、走り去った。大蛸が向かった先には、絢音とペグルが隠れていた。
大蛸は塀を巨体と足で打ち壊した。身を守るものが無くなった二人に、大蛸は容赦なく襲いかかる。
「危ない!」
照彦は、正体が見られるのも構わず、二人の目の前に現れて大蛸を払った。
「照彦君…?」
照彦が二人を見た後、もう一度大蛸を見ると、大蛸の足が凍っていた。恐らく、雨で濡れた大蛸に冷気が当たったのだろう。だが、照彦にその力はない。
すると、何処からか声が聞こえた。
「今その足を断ち切って!」
照彦は凍り付いた足を登り、頭を踏み台にして一気に飛び上がった。そして、その勢い足を全て断ち切った。大蛸の怪はその場で消滅していく。
黒い雲の隙間から、一筋の光が差した。そして、空は一気に晴れ上がり、虹が掛かる。
照彦は鎌を持ったまま二人に近づいた。
「俺、二人に言ってない事があるんだ。実は俺、死神なんだ」
「死神…?」
「今まで隠してて、ごめん」
照彦がそう言って頭を下げると、ペグルもこう言った。
「僕も、二人に言ってない事あるんだ」
「ペグル…?」
ペグルが小さい声で何かを呼ぶと、煙とともに中くらいの狼のような生き物が現れた。
体毛は灰色で目はペグルのように水色になっている。そして、胸元には霊水晶が付いていた。
「僕の一族は夢守って呼ばれてて、他種族を使役して夢を守る存在なんだ。そして、僕だって人間じゃない。半仙って言って仙術を操る存在なんだ」
「その小さな狼さんは?」
すると、狼が自ら言葉を発した。
「俺は寒月、雪狼って呼ばれる狼の妖なんだ。ペグルのパートナーで、姿を隠しながらも一緒に行動してる」
「寒月は父さんが使役していた氷牙の息子さんなんだ。僕の一族は代々妖を使役してるんだよ」
「そうなんだ…」
照彦はペグルの話を聞くのは初めてだった。夢守も、半仙も、今まで聞いた事がない。照彦は、自分が知らない世界もあるんだなと思った。
「さっき大蛸の足を凍らせたのは、お前がやったのか?」
「そうさ!」
寒月は、そう自信満々に答えた。
絢音は、目をぱちくりさせながら、その話をずっと聞いていた。
「絢音、突然変な話してごめんな、そんな一気に飲み込めないだろ」
「妖…、死神…、本当に居たんだ!」
絢音は目を輝かせて、二人と一匹を見つめる。
「絢音ちゃん…、怖くないの?」
絢音は何故か無邪気に笑っていた。