冥界での激戦
照彦が夢界で苦戦を強いられている時、同じように冥界でも死神達は戦っていた。夢前の臣下であるナイトメア達が暴れ、その気に触れた他の怪達も暴れている。死神達はそれを止めるのに必死だったが、ナイトメア達は桁違いに強く、戦いに不慣れな死神達は次々に倒れていった。
懸命に戦っている死神達に混じって、朝日に呼ばれてやって来た真由とビガラスが居た。二人は智とチルと共に蠍の怪と戦っている。
火を纏った蠍の怪は、草花の力を持つ真由とビカラス、チルには明らかに不利だった。同様に火の力を持つ智も、あまり攻撃が入らない。
その現状を見たビガラスは、ある策を思いついて、二人に伝えた。
「真由、チル、出来る限り強い木を生やしてくれないか?」
「でも、生やしても燃やされるだけだから…」
「良いから、やってみてくれ」
真由とチルはビガラスの言う事に疑問を持ちながらも、強い木を生やした。二つの気は絡み合って、蠍を縛り付ける。
だが、二人の予想通り蠍は自らを燃やして、木を炭にした。やっぱりと思う真由だったが、ビガラスは何か準備している。
「何やってるの?」
「真由、俺に向けて強い『風』を吹かせてくれないか?」
『風』、魂の流れを、此処冥界で造るとはどういう事だろうか。真由はビガラスの考えが読めない中、指示通りに『風』を吹かせた。それを見ながら、ビガラスは何かを造っている。
ビガラスが造っていたのは、弓矢だった。矢の先には霊水晶の欠片が埋め込まれていて、全体的に蔦が巻かれてある。
そして、腕輪の霊水晶に手を触れた後、弓矢を引いて放った。ビガラスの足元には魔法陣が光っていて、魂が集まっている。
「あれは…?」
「俺が死霊使いである事を忘れてたのか?」
ビガラスの家系は魔法使いの中でも死霊使いと呼ばれ、魂を扱うのに長けていた。強力な技を放つには大量の魂を必要で、普段は放てないが、此処冥界では『風』さえ吹かせれば幾らでも集まって来る。
弓矢は見事に蠍の腹に刺さった。だが、全く効いていないらしく、刺さったまま動こうとする。
ところが、真由とチルが生やした木で身動きが取れなくなった。
「これぐらい強い木だったら、燃やしても崩れないと思ったんだよ。もし、それが崩れても俺がすぐ生やす事が出来る。何れにしろ奴は動けない。引き続き狙う」
ビガラスは矢をもう一本取り出して放った。
先程かけた術のお陰もあって、ビガラスの感覚はいつもより研ぎ澄まされていた。矢は同じように蠍の腹に刺さったが、今度は効いているようで、蠍は苦しんでいた。
真由とチルは、ビガラスに続いて攻撃を始める。蠍の怪はもう少しで倒せそうだった。
そう思ったその時、更に黒蝙蝠の怪が向かってくる。それに気づいた智は、三人から離れ、黒蝙蝠に向かう。
「智さん!」
「ここは俺がしておくから、後は任せた」
智は炎を鎌に纏わせ、黒蝙蝠に向けて振るった。チルは智に付いて行こうとしたが、ビガラスにマントを掴まれた。
「チル、まだ俺達も終わってないんだ」
チルは、智と一緒に戦いたいという気持ちがあったが、仕方ないと思ってビガラスの言う通りにした。
朝焼けと夕焼けが入り混じった幻想的な空は、戦いの中で黒く濁っていった。怪達の邪気の影響で、空気が汚れていく。
蝙蝠を追いかけて来た智は、背後から誰かが同じように追いかけている事に気づいて、一度立ち止まった。
「智、協力するぜ」
智を追いかけて来たのは、シェイルとウォルだった。二人は他の怪と戦っていたが、智が一人で蝙蝠に向かっている事に気づいて駆け付けてくれたのだ。
「僕達はどうすればいいんだ?」
智は少し考えて、こう言った。
「それなら、俺を蝙蝠の所まで飛び上がらせてくれないか?」
「分かったよ」
二人は智が言う事を呑み込んで、その通りに動いた。
まず、ウォルが周囲に水を発生させる。次に、シェイルはそれを凍らせて空へ向かう階段を造った。
「これでどうだ?」
「ありがとう!」
智は、二人が造ってくれた階段を登って蝙蝠の真上に来て、炎の鎌で斬り付けた。
だが、チルよりも小さいとはいえ怪にしては小さい黒蝙蝠は、それをすり抜けてしまう。それを見たウォルは、水の鎖で蝙蝠を捕まえ、縛りつける。更に、シェイルが水を凍らせて動きを封じた。
「この状態でもう一度やってみろ!」
智は、もう一度二人が造った階段を駆け上り、蝙蝠に向けて炎の鎌を振り上げた。シェイルの氷は解けた後蒸発し、その勢いで蝙蝠は消滅する。智は、三人でようやく怪を倒せたと感謝し、二人と拳を合わせた。
真由達が戦っていた頃、朝日は太一と共に大蛸の怪と戦っていた。大蛸は、照彦が戦った時よりも強くなっていて、神化をしたはずの二人も苦戦している。攻撃をしようとしても、中々する事が出来ず、向こうの攻撃を避けるだけで精一杯だ。
朝日は怪の力を弱まらせる為に、対となる妖水晶の力を使い、技を放っている。太一も同じように戦おうと大蛸に近づくが、何故か朝日に止められた。
「太一、一旦神化を解け!」
「どうしてですか?」
「また暴走したいのか?」
朝日は以前、夢前の矢で太一が暴走した事を思い出していた。
周囲で関係ない他の怪も暴れている事から、恐らくナイトメアの怪達は夢前の矢と同じような力を持っているのだろう。その気に触れてしまったら、神化で怪の力を持った太一もきっと危ない。もし、暴走してしまったら朝日一人では手がつけられないだろう。
朝日の言葉を受けて、太一は仕方なく神化を解いた。そして、鎌を振って戦おうとする。だが、霊に対しては異常な力を発揮する太一でも、性質的に安定した怪に対してはあまり技の効果がない。太一は神化する事によってその部分を補っていたが、今はそれが使えないのだ。
朝日は一人で大蛸に向かい、妖の火で大蛸を包んだ。
「『妖獄炎』!」
だが、大蛸はその火を掻き消してしまい、自分の力にしてしまった。
個体差はあるが、怪にとって妖の力は弱点だ。それに準じて朝日は、怪と戦う時はずっと冥府神妖の姿で妖の力を使っていたのだ。ところが、大蛸にはその力があまり効いていないようだった。
夢前が使役する怪は、昴の冥府神霊程ではないが、長年生きている怪だった。きっと妖と数え切れない程何度も戦っていただろう。そうだとすれば、妖力に対する耐性も付いているはずだ。
「長年妖と戦っていたのか、あまり効いてないな」
朝日の妖の力も効かない、太一が鬼の力を使ってしまえば暴走する。二人で戦おうとしていた朝日は、すっかり行き詰まってしまった。
その時、冥府仙女の姿をした真莉奈が二人の所にやって来た。真莉奈はしばらく神界に居たが、騒ぎを聞いて冥界に駆けつけてくれた。
「真莉奈さん!」
「二人とも、大丈夫?!」
空を飛んでいた真莉奈は、二人の前に降りてきた。朝日は、突然現れた真莉奈に驚くが、その隙を与えさすまいと、背後から大蛸が襲う。
真莉奈はそれを読んで、大きく飛び上がり鎌を取り出して振るった。
「『冥道弓月斬』!」
真莉奈の斬撃は大蛸を貫き、白い炎にして消してしまった。神化した真莉奈が持つ無の力を見せつけられ、二人は圧倒される。
「私の力は基本的に属性とか耐性とか関係ないから」
朝日の所に再び降りてきた真莉奈は、大技を放った後だと言うのに平然としていた。
すると、フォルシアと戦っていた白蛇の怪がその中に入って来る。白蛇は暴れ回り、巨体をあちらこちらにぶつけていた。
大蛸を倒せて安堵していた真莉奈だが、その暇は無かったようだ。三人は、急いで白蛇に向かって行った。
ビガラスは蠍に大量の矢を刺し、動きを封じ込めた。もう蠍の方からは攻撃が出来ない。
「もういいですか?」
「後はチル、幻影花を咲かせてくれないか?」
チルはビガラスがこれ以上何をするのかと思いながら、バトンを振って花を咲かせた。
すると、幻影花の中にビガラスが呼び寄せた魂達が入っていった。そして、花は巨大化して砲台のようになり、弾を繰り出す。その弾は種子のようだったが、蠍に効いているようだった。
それを見ながらビガラスは風水華を、真由は風月華を取り出した。そして、二人は巨大化した幻影花の上に登り、蠍の真上に立つ。
「ビガラス君、いこう!」
二人は同時に飛び上がり、霊力を纏わせて同時に斬り付けた。その斬撃は蠍の巨体を貫き、蠍はその場に倒れた。
そうして、真由とチル、それからビガラスはようやく蠍を倒す事が出来た。真由はこの大きな怪を三人で倒せたと感激する。ビガラスは、そんな真由を制して、一度前を向いた。
ビガラスの目線の先には巨大な怪が居る。蛇の胴体に蜘蛛の目が着いた姿のその怪は、首をゆっくり動かしてこちらを向いてきた。
死神達があれをどうすれば良いのかと戸惑っていた時、流星のような光が現れて、その怪を貫いた。光は急に曲がって真由の元にやって来る。
その光の正体は昴だった。神化して赤い法衣を纏っていた昴は、怪の方を見てこう言う。
「あれは神魔と成り果てた夢前蒼汰だ」
「お祖父ちゃん!どうしてここに?」
「お前達は下がってろ!ここからは俺がやる」
昴は大勢の死神達を静止させ、一人で夢前の方へ向かう。
昴をどうする事も出来ずに立ち止まっていた真由の所に、グルーチョがやって来た。グルーチョも昴を止められなかったと落ち込んでいる。
「まさか勝算があるというのでしょうか…」
「お祖父ちゃん、何をするんだろう…」
真由とグルーチョ、それから大勢の死神達は昴が行った先をじっと見ていた。
すると、背後で暴れている白蛇がそこへ向かって来た。それに気づいた死神達は、大慌てで白蛇に向かって行った。
その頃、三途の川では、小魂と小桃が一緒に話していた。最初は普段と同じ景色だった三途の川だったが、怪が暴れた影響で波が高くなっていった。それを見て不安がる小桃に、小魂はそっと寄り添う。
「ピュ〜…」
「大丈夫っピ、ぼくがいるっピ」
だが、そう悠長な事も言えなくなってきた。小魂の顔馴染みであるはずの、骨魚や魚人達が、ナイトメアの気に触れて我を失い暴れている。
同じ怪である魂喰虫達が暴れるのも時間の問題だろう、他の魂喰達は流れに逆らって逃げている。小魂も、小桃の桃色のヒレを自分のヒレで掴んで一緒に逃げた。
三途の川の流れはいつもより急で、油断したら流されそうだった。それに必死で耐えながら、向こうの方へと行く。
すると、小魂の小さな胸に誰かの声が聞こえてきた。
「(照彦が危機に陥りそうになっている、助けてくれないか)」
「きみはだれっピ?どうしててるひこの事をしってるっピ?」
その声は何も答えない。その代わり、川の向こうの方に光が差し込んできた。ひょっとして、この光の先に照彦が居るのかもしれない。
だが、そうなれば小桃を置いていかなければならない。目の前の小桃の事も心配だったが、照彦の事も気になる。考えて迷った末、小魂は小桃の両ヒレを持った。
「こもも、ぼくは行かなきゃいけないっピ、ごめんっピ」
小魂は小桃のヒレを離し、一人で先へ進んだ。
小桃は急に小魂が消えたと思い、慌てて呼んだが、返事がない。
この光の先に照彦が居るかもしれないが、その確証はない。それでも、小魂は照彦を助けたいという一心で、一人光の中に飛び込んでいった。




