第六の世界、夢界
鐘の音が鳴り終わった後、照彦は外を見た。景色は先程の夢原と何も変わっていないようだったが、昼間なのに一人も人は居なかった。
「夢界に移ったようだね」
ペグルは綱から手を放し、階段を駆け下りて行く。照彦はそれに付いて行った。
夢界と知って、てっきり照彦は現世と掛け離れた世界だとばかり思っていた。ところが、此処は現実世界と鏡写しのように似ている。一つだけ違和感があるとすれば、照彦達以外の人が居ないという事だった。
「夢前は何処に居るんだろう?」
照彦は、目に映る家を一軒一軒開けていった。ところが、夢前どころかどの家にも人一人居ない。また、住んでいる気配もなく、空っぽだつた。
「もしかしたら…、夢湧の井戸に居るのかも」
照彦はそう言って山を駆け上がって行った。絢音、ペグル、夢叶、氷月はそれに付いて行く。
「でも、どうして夢湧の井戸に居ると思ったの?」
「何となく…、そんな気がするんだ」
照彦は、現世で夢前の魂がそこにあったから、とは言わなかった。それを言えばきっとペグルや夢叶が驚き、慌てると思ったからだ。照彦達は走ってそこに向かう。
夢原城の敷地内、天守閣から少し離れた場所に夢湧の井戸はある。そこは現世と全く同じように存在していた。
照彦達がその中に入ると、そこは照彦が現世で落ちた時と同じ空間が広がっていた。すると、紫色の光がこちらに近づいて来る。
「あれは、夢水晶!」
夢叶の前に、紫色の水晶が現れた。照彦がそれに触れると、水晶は組紐に着き、光を放った。
「やっと七つ集まった!」
七つの水晶の輪はくるくると回って、照彦の腕に着く。
「でも、これ何に使うんだろう…」
照彦はそれを握って、先に進んで行った。
地下の空間は何処までも、ここが井戸の中とは信じられない程に、横に広がっている。
「この井戸、こんなに広かったっけ…?」
照彦はそれに違和感を感じながらも進んで行った。
すると、夢叶が足を止めた。目線の先を見ると、そこでは妖達が牢の中に監禁されている。それは、夢叶が夢前の所に居た時に見た夢と全く一緒だった。
「みんな…!」
「妖達がここに監禁されてる…」
夢叶は急いで鍵を外して逃がそうとした。ところが、妖達は力が弱まっていて、牢から一歩出た瞬間に、身体が水晶のように透明になって、固まってしまった。
夢叶は、もう少し早く助け出せたなら、助ける事が出来たのにと悔いた。だが、どんなに悔いても、妖達は動きそうにない。
すると、その妖の一人の身体が粉々になった。水晶のひとつひとつが妖力を持っていて、光を放っている。身体や魂を奪われても、力はまだ残っているというのだろうか。
照彦はその中にあった、手の平程の大きさの欠片を拾った。ひょっとしたら夢前を倒すのに役立つかもしれない。
照彦がそう考えていたその時、待ち構えていたかのように夢前が現れた。夢前は、赤い肩パッドが着いた黒い衣装を纏っていて、手には弓を持っている。
「お前達がここに来るとはな」
照彦は鎌を、ペグルと夢叶は杖を取り出す。
「夢守としてこの夢界は守ってみせる!」
夢前は矢の雨を降らせ、一同を遠ざけた。
ペグルは寒月を呼び出して、夢前の所に向かった。寒月は夢前の矢を避けながら走っていく。
「お前に夢守の何が分かると言うんだ?」
「夢はお前の世界じゃないんだ、妖達をここまで虐めて、夢を滅茶苦茶にして、何が夢守だよ!」
ペグルは光の飛弾を放ちながらそう言う。
「妖の力を集めたのも、夢守達を封じたのも準備に過ぎない。全ては霧山ペグル、お前を殺す為だ。お前達が居なければ俺はこういう事にはならなかったんだ」
夢前は恨み節を言っているようだったが、口調は淡々として、感情が全く見えなかった。
「最初から僕が狙いだったの?」
夢前は至近距離でペグルに向けて矢をつがえた。
ペグルは一瞬慌てるが、寒月が近くに居るのに気づいて、指示を出した。その指示に応じて寒月が氷の牙を向けるが、夢前はそれを片手で振り払われてしまった。
「現世は俺を拒絶した。その代わり、夢なら全てが俺の思い通りになる。」
夢前は自身の闇で照彦達を吹き飛ばし、拘束した。
ペグル達が動けなくなった中、照彦は自身の力でそれを解き、立ち上がった。
「全てが思い通りになると思ってるのか?」
照彦は水晶の輪をしまって、代わりに先程の妖水晶を取り出した。
「だったら…、お前の世界、壊してやるよ。お前が一番気に入らないやり方でな!」
照彦は妖水晶の力を鎌に注ぎ込んだ。
「照彦君!その力を使えるの?」
「やってみるしかない!」
照彦は鎌を大きく振りかざした。その斬撃はペグルと夢叶、寒月の拘束を解いたが夢前には全く効いていない。身体が自由になったペグル達は、再び杖を持った。
照彦とペグル、それから夢叶と寒月は夢前を囲み、一斉に攻撃した。夢前は刀を取り出し、それを弾き、先程の一斉攻撃を全て照彦達に返した。
「何をしたっていうんだよ…」
「まさか…、夢を書き換えられた?!」
ペグルは寒月に攻撃を辞めさせ、夢叶と向かい合わせに立った。
「僕達も夢を書き換えよう、夢叶!」
「『夢想改変』!」
「『明晰夢』!」
二人の技は渦上になりながら合わさり、次元を歪ませた。その状態で、二人は夢前に攻撃する。
「『仙術・白霞』!」
「『神妖の光』!」
二人の攻撃は光の束になって、夢前に降り注いだ。照彦はそれに追い打ちをかける。
「『冥道裂斬』!」
三人の攻撃は夢前に容赦なくぶつかった。夢前もきっとひとたまりもない、はずだった。夢前は膝を着くどころか、先程よりも元気になったように見える。
戦いに参加していない絢音は、照彦が張った結界と、霊水晶の力で守られていた。その状態で戦いを見ていた絢音は、今の夢前との戦いに違和感がある事に気づいた。
「照彦君、全然攻撃入ってないよ…?」
「えっ…?」
照彦は一度冷静になって夢前を見た。照彦達の攻撃は、全て夢前の身体の中に吸収されている。
更に夢前は、吸収した力を全て自身の闇にして、蓄積している。それを全て放たれたら、絢音の結界や井戸どころか、夢界が危ない。
「戦えば戦う程力を吸収してしまうなら、どうすればいいの?」
「それでも…、止めなきゃ」
照彦は鎌を持って、再び夢前に向かった。
「『光の傷』!」
「無駄だ、誰も俺を止められない」
夢前は照彦の攻撃を吸収して、よく似た闇の波動をぶつけた。それを受けた照彦はその場に倒れる。
照彦達を退けた夢前は、自身が蓄積した闇の力を開放した。力は井戸の空間には収まり切らない程に広がり、夢界の全てを覆い尽くした。
その力で、夢前の姿は異形のものへと変化した。身体全体は黒い蛇のようだったが、目は蜘蛛のように複数あって、蠍の尾と蝙蝠の羽根、更には蛸の足まで生えていた。その姿には最早人間だった頃の面影は全く無く、照彦達の声すらも届いていないようだった。
その状態になった夢前は、井戸の外に飛び出し、夢原の町を壊していった。更に、夢の中に封じ込められていた者達の力を吸収し、どんどん力を増していく。夢前は人間らしい理性を失い、暴走しているようだった。
照彦達は慌てて井戸から飛び出して、夢前に向かった。ところが、どんなに攻撃しても、無意味どころか逆効果だった。照彦達のどんな攻撃でも、夢前は吸収して自分の闇にしてしまう。
照彦達がここまでかと思ったその時だった。誰かの斬撃が夢前の巨体を貫き、夢前の動きが一瞬止まった。照彦が、それをした人物の方を見ると、黄金に輝く鎌を持った昴が立っていた。




