日常が崩れる時
照彦は、ペグルの両肩を掴んで、揺さぶった。
「ペグル…、お前、どうしたんだよ?!」
「どうしたって?」
揺さぶられながらも、ペグルはヘラへラ笑って照彦を見つめている。照彦は、その顔に苛立ち、余計に揺さぶってしまった。
「目と髪の毛、どうしたんだよ?!」
「照彦君、分かるの?!」
ペグルは、照彦の手を振り解いた。
「ペグル…?」
「僕の目がおかしい訳じゃなかったんだ、やっぱり…、変だよね?!」
照彦は、うんと言う代わりに頷いた。
そして、二人は歩きながら喋り始めた。どうやらペグルは、父親が亡くなってから、様子がおかしくなってしまったらしい。
「何だろう…、お父さんが死んでから…、身体の中の何かが、スーって抜けていくような感じがしたんだ」
「えっ…、まさか人間じゃなくなったとか?!」
「そうかも知れない…」
ペグルは自分でも、自分の身に何が起こったのか分かっていなかった。
教室に入ると、先に絢音が机に座っていた。
「おはよう照彦君、あれ…?」
絢音は、ペグルと会うのは今日が初めてだった。
「転校生の日岡絢音ちゃんだね?僕は霧山ペグル、日本人と日系人のハーフなんだ」
「髪の毛が白いの…、どうしたの?」
絢音は、ペグルを指差して明らかにそう言っている。
「分かるの?」
「うん…」
ペグルは、確認の為に他のクラスメイトにも聞いて回った。
ところが、照彦と絢音以外のクラスメイトには、以前と変わらないように見えるようだった。
「お母さんも気づかなかった。僕の目がおかしいだけだと思ったけど…、やっぱりそうなんだ!」
ペグルはそう大声を上げた。
「どうしたんだよ、ペグル!」
「心当たりがあるんだ…、変な話だと思わないで、聞いてくれる?」
ペグルが話しだしたのは、霧山家の奇妙な伝統といえるものだった。
「僕の家系の長男坊はね、死んだら仙人になるんだ。その仙人は代替わりっていうのがあって、魂が入れ替わっていくんだ」
「魂が…、入れ替わる?」
「でも…、お祖父ちゃんが亡くなる前にお父さんが亡くなってしまった…、それでバランスが崩れているのかもしれない。それで僕がこうなってしまったんだ!」
ペグルは頭を抱え、机に伏せた。
「ごめんね…、変な話して」
照彦と絢音は、ペグルにどう声を掛ければいいか分からなかった。
ペグルはしばらく落ち込んでいたが、ようやく顔を持ち上げた。
「絢音ちゃんはただの人間じゃないかも知れない」
「私が?確かに霊感は強いけど…」
「(俺も、二人に死神だって言うべきかな…)」
ペグルが身内の話をして、照彦もそう明かそうと考えたが、二人を危険に巻き込みたくないと思ったので、それを止めた。
その帰り道の事だった。三人が話しながら歩いていると、背後から大きな影が現れた。
照彦が振り向いて見ると、墨のように真っ黒な大蛸の怪がこちらを見下ろしていた。
「二人とも、危ない!」
二人も大蛸に気づいた。大蛸は三人を足を踏み潰そうとする。
「早く逃げろ!」
二人は照彦の声に驚き、慌てて逃げた。
大蛸の頭には目の紋様が浮かび上がっている。照彦は鎌を取り出して大蛸に向かった。
「『光の傷』!」
照彦の斬撃は大蛸の足を断ち切った。
ところが切り口から足が生え、照彦を再び襲う。
「『閃光の矢』!」
照彦は大蛸の足を矢で刺して動きを封じたが、すぐに振り解かれてしまった。
そして、大蛸は照彦とは反対方向に逃げていく。
「しまった!」
照彦は慌てて追い掛けたが、大蛸は既に何処かに消えてしまっていた。
「逃したか…、あれ、二人は何処に行ったんだ?!」
照彦は、鎌を仕舞って二人を探しに行った。
一方、智は幻影花の花畑に居た。果実を採るために向かったのだが、周囲にあるのは花ばかりだ。
諦めて戻ろうとすると、小さなコウモリが花畑に埋もれているのに気づいた。智はそっと、コウモリを拾い上げる。
そのコウモリは、何かに襲われたのか、傷だらけで、弱っている。智はフードにコウモリをそっと入れた。
すると、突然智を何者かが襲った。間一髪で避けた智が上を見上げると、そこには、先程のコウモリよりも一回りも二回りも大きなコウモリが羽ばたいている。
智はそのコウモリに見覚えがあった。
「あいつ…、黒蝙蝠の怪だな。ナイトメアの一種の…」
コウモリの頭には、目の紋様がある。それは、ナイトメアの証拠だった。
ナイトメアとは悪夢隊という異名もある、最近になって活動を始めた怪の派閥の一種だ。獄炎の輩と違い、明確な頭領が居るらしく、それに従って行動している。
ナイトメアに属する怪は、かつて討伐されたり、封印された怪だが、何者かが働きかけた事で復活したようだ。
智は鎌を取り出して、黒蝙蝠の怪に向ける。黒蝙蝠の怪は、一気に飛び上がると、智に向かって飛んできた。
「『烈風の鎌』!」
智は、黒蝙蝠の怪に向かって、鎌を振り上げたが、飛び回る黒蝙蝠の怪に当てるのは難しい。
智は、幻影花の花畑を全て焼き払う事も考えたが、あまり周囲に被害を与えない方がいいだろう。
それに、先程拾った小さなコウモリも事もある。ここは無理に倒す事を考えずに逃げた方がいい。
智は黒蝙蝠からなるべく離れるように逃げた。黒蝙蝠は智を追うが、智は火球をぶつける。そのうちの一発が黒蝙蝠に当たり、燃えたが、身体が燃えても尚、黒蝙蝠は智を狙った。
しつこく追う黒蝙蝠の怪をようやく撒いた智は、小さなコウモリと一緒に屋敷に入った。
智はコウモリの傷口を消毒して、包帯を巻いて置いた。
コウモリはか弱い声で一度鳴いたが、智の姿を見て安心したのか、すぐに眠ってしまった。