己の力を信ずるのは
照彦は、広い戦場の中、仲間達の所へ向かって行った。戦場では、灰や妖と怪のものらしき死体が転がり、辺りは殺伐としている。
だが、死体と思われたものの中に、息をしているものがいくつか居る。その中に、照彦よりも小さな妖の子供が居た。照彦は駆け寄って抱きかかえる。
照彦が、自分の瓶の霊力を飲ませようとしたその時、瓶が粉々に割れてしまった。中に入っていた夢前の魂も、何処かに消えてしまう。仕方なく、鎌の雫で妖の子供を助けたが、これを倒れている妖と怪全員にするのは難しいだろう。
「仲間…、だけじゃない。みんな傷ついているんだ」
妖と怪もお互い傷つき、命を落としてしまった者も居た。こんな争いをして結局何が残ったのだろう。
妖と怪の対立の歴史を知らない照彦は、何故ここまで争うのか全く理解出来なかった。中には似たもの同士が傷つけ合った痕もある。
照彦はその様子を見ながら、広い合戦場の中で仲間達を探した。すると、妖の本拠地で手を振る朝日が見える。照彦はそこに向かって走って行った。
朝日も太一も、ペグルも絢音も、他の皆も無事だった。朝日は、照彦が無事なのを確認すると、安堵した表情を見せた。
「照彦!無事で良かった」
「みんなも……、良かった」
照彦は仲間達が無事な事に安堵する一方、他の傷ついた者たちから目が離せなかった。
「みんな傷ついているんだ、すぐに助けないと!」
照彦は仲間達を置いて走って行った。自分の力で、少しでも妖と怪達を助けないといけない。
だが、負傷者は想像以上に多く、照彦一人では全て救い出す事は出来ない。弱音を吐いてはいけないとは分かっているが、無力な自分が嫌で、涙が浮かんできた。
その涙が鎌に落ちたその時、鬼界に灰色の雲が広がり、太陽の光のように光る雫が降ってきた。その雫は妖と怪達を包み、傷を癒やしていく。フォルシアも、矢を浄化されて元に戻った。
すっかり治った妖達と怪達は何事も無かったように合戦場から立ち去って行った。朝日は照彦の力に驚くと、側に近寄ってこう言った。
「照彦、これは感謝の印だ、受け取れ」
朝日は、照彦の手の平に妖水晶を、太一は魔水晶を乗せた。二つの水晶は一人でに動き、照彦の組紐に着いた。
「これで六つ集まった!」
「照彦君は争いを鎮めるだけじゃなくて、傷ついた妖と怪達を癒やしてくれたんだね」
朝日は一同を見渡してこう言った。
「さぁ、帰ろうか」
朝日が鎌を地面に突き刺すと、周囲の空間が歪み、鬼界から妖界へ移り変わっていく。他の妖達も、それと一緒に帰って行った。
照彦達が居なくなった後、蘇芳は照彦が居た方を見てこう呟いた。
「浄化の力か…、確かに便利だが、怪によっては弱点になり得るからなぁ」
紅丸と真白は蘇芳の横に立つ。
「妖と怪を区別する理由は何だろうって、俺は思うよ」
妖である自分達が鬼である蘇芳と上手くいっているという事は、きっと他の妖も同じように出来るはずだと思ってしまう。
紅丸と真白は、蘇芳に仕える事になった事を後悔していない。故郷を離れ鬼界に渡るようになった事も、それが自分達の生き方だと考えている。
照彦は、自分の瓶が消えてしまった事を改めて確認すると、ペグルに先程自分が考えていた事を伝えた。
「夢前って、俺を狙ってた訳じゃなかったんだ…、って思ったよ」
「それじゃあ、一体誰を…」
ペグルはそれを他人事のように考えていた。すると、夢叶がペグルにある質問をする。
「ペグルさん、いつ矢を食らったのですか?」
ペグルは矢に刺されていた事に全く気づいていなかった。それは、側にいた皆も同様だ。
何故ペグルは矢に刺されたのか、それを考えていた時、晴哉が横に来た。
「夢前蒼汰は妖を滅ぼそうとしている。そのきっかけは霧山家への憎悪だ」
「そうなの…?」
「恐らく先程の争いも、妖を滅ぼす為に仕向けたのだろうな…」
晴哉は、夢前家の事は遠い過去の事だと思っていた。ところが、夢前は目の前に現れ、妖達を攻撃していた。
争いは過去のものではなかったのか、晴哉は先程起こった事が半ば信じられなかった。
その時、幼い頃に自分の祖父から聞いた事を思い出した。
「夢前蒼汰がもしこの世に居るとすれば、夢界に居るはずだ」
ペグルはそれを聞いて背中に電撃が走った。
夢界、人々の精神世界とも呼ばれる特殊な空間だ。現実と夢を入れ替える事が出来る夢前なら、夢界に自分を留める事が出来るはずだ。絢音が呟いた仮説が、一気に現実味を増した。
そして、朝日と太一は青波台に、フォルシア達は冥界に、照彦達は夢原に戻ってきた。町は夕暮れに染まっていて、人々は家に帰って行く。
照彦達も、霧山家に入っていった。人の家のはずだが、照彦と絢音はまるで自分の家のように落ち着いた。しばらく戦場に居たからか、のどかな日常が特別なものに思える。
照彦達は夕飯を摂り、風呂に入ると畳の間で一休みした。小魂は照彦の膝の上でぐっすりと眠っている。照彦は、そんな小魂を撫でた。
すると、絢音が先程小魂が暴走した事を照彦に伝えた。
「そうだ、あの戦いで小魂ちゃんが矢に刺されて暴走したの」
「何だって…?」
照彦は小魂の両ヒレを掴んで、強く抱き締めた。
「絢音、ペグル、明日冥界に行っていい?」
「良いけど…、夢原から行けるの?」
「絶対に入り口があるはずなんだ」
照彦はそう言いながら、ポケットの中の鍵を取り出した。
冥界への入り口は、魂の通り道の間にあると言われている。山や川や海にある事が多いが、それがない場合はその土地の特色あるものにある事もある。照彦はきっと夢原にも入り口あると思ったのだ。
「でも照彦君、どうして急に冥界に行こうと思ったの?」
「小魂…」
小魂は目を覚まさない。照彦はそんな小魂を両手の平に乗せて、頬を擦り寄せた。照彦の目には涙が浮かんでいて、絢音も、ペグルも、照彦にこれ以上詳しい事を聞けなかった。
照彦は小魂と一緒に眠った。小魂の身体は温かく、握るだけで家に居るように安心した。照彦はその日はぐっすりと眠った。
その日の晩、照彦は不思議な夢を見た。照彦は真っ白な空間に居て、その中で浮かび上がっている。
横を向くと、白髪の小さな少年が照彦に気づいてこちらに向かって来た。その少年はフードが着いた光り輝く法衣を纏っていて、照彦の事をじっと見ていた。
「照彦!」
その目は金色に輝いていて、真っ直ぐな光を放っている。耳に当たる部分はヒレのようになっている。
その少年は照彦の事を知っているのか、名前を呼んで、嬉しそうな顔をして手を握って来たが、照彦は全くその少年に覚えがなかった。声からして、ずっと語り掛けてくれた人物という訳でもないし、他に当てはまりそうな人物はない。それなら、何故この少年は自分を知っているのだろう。
「誰?ってかどうして俺の事知ってるの?」
「照彦、冷たい…」
少年は分かりやすく落ち込んで、照彦を見た。
「助けてくれたのに、どうして…」
照彦は少年をなだめようとしたが、名前も素性も知らない少年をどうやって慰めればいいか分からない。
照彦は、少年が自分を助けてくれたと言ったのを聞いて、自分の力の事を思い出した。数多の妖と怪達を一度に救い出せる程の強大な力、それを何故自分が持っているのだろう。照彦は未だに答えが分からずにいた。
「俺、自分の力が本当に自分の力なのか分からないんだ。ひょっとして君は、俺の力の事知ってるの?」
「もしかしたら、自分から預かった力って事じゃない?」
「自分から、預かった…?」
預けるというのは誰かから受けるものだ。それを、自分から自分へというのはどういう事だろう。照彦は意味が分からなかった。
それを少年を聞こうとしたその時、照彦の脳裏に何かが浮かんだ。何処までも広がる草原に自分が立っていて、身体の中に魂が流れ込み続けている。それが何なのか考えたその時、誰かが放った一言が胸の中に響いてきた。
「普通に生きたかった…?どういう事だろう?」
「それが照彦がここに居る理由だよ」
少年は笑ってこちらを向いてくる。
「それじゃあ、また後でね」
少年は空を飛んで何処かに行ってしまった。
照彦は、その少年の名前を聞いていなかった事を思い出して呼び止めようとしたが、夢はそこで途切れてしまった。




