全ては夢の中に
戦火は再び舞い起こり、妖と怪達は手加減もなくお互いを襲い、殺し合う。これが戦争の本質というものなのだろうか。妖も怪も、夢前の矢のせいで、理性を失い、お互いへの憎しみに駆られて動いている。
姿が似ているものも、そうでないものも、妖と怪という異なるものだからという理由だけで、争い合っている。これ以前にも、何度か妖と怪の戦乱は起きていた。だが、何度戦っても決着は着かず、次に持ち越された。妖と怪は今度こそ、決着を着けようとしているのだろうか。
照彦は走って夢前の所へ向かう。夢前はその場に立ち止まったまま矢を放ち続けていた。それを避けながら照彦は走って行く。すると、小魂は照彦の肩に乗ってこう言った。
「ぼく、あやねの所に行くっピ!りょくまるだけじゃ、しんぱいっピ!」
「小魂!気をつけて行けよ!」
小魂は照彦から離れ、絢音の所に飛んで行った。
夢前は、照彦達が向かっている事を知っても尚、合戦場の中心から動かなかった。夢前はその場から離れず矢を放ち、照彦達の動きを妨げる。
照彦は、同じように矢を放って夢前の矢を打ち消していった。
すると、夢前の背後から、大小様々な怪達が飛び出して来る。夢前が使役するナイトメアの怪達だった。
ナイトメアは矢の力で、理性を保ちつつ強大な力を手にしていた。ペグル達はもちろん、朝日も苦戦している。鬼界は怪達の世界だ。妖達は中々真の力を発揮出来ない。その為、神の力を手にしたはずの夢叶も苦しんでいた。
照彦は、ナイトメア達を退けて一人で夢前の方に向かって行った。瘴気に侵されている者も居るが、照彦は周囲の瘴気を浄化出来ているお陰で、鬼界でも普段通り動ける。照彦は夢前の前に光の矢を飛ばした。
小魂は、戦いを潜り抜けて絢音がいる妖の本拠地に辿り着いた。絢音の側には緑丸が居て、周囲を見張っている。
「あやね!だいじょうぶっピ?」
「うん…、朝日さんのこれのお陰でなんとか…」
絢音は大妖魔の羽衣に触れてこう言った。朝日の妖力で、絢音は瘴気に侵されずに済んでいる。
「そういえば、お前も怪なんだな?」
「ピッ?」
緑丸は小魂の身体をひょいと持ち上げて、こう言った。
「禍々しい気配がしない…、ここで産まれた訳じゃないのか?」
「ぼくは三途の川で生まれたっピ、この鬼界には初めて来たっピ」
小魂は緑丸の手からスルリと抜けて、頭の上に乗った。
「ぼく、あやねをまもるっピ」
「ああ…」
小魂と緑丸は、絢音の前に並んだ。二人の目の前では、妖と怪達が目を光らせている。
「絶対に傷つけさせない」
緑丸は、決して怪達を絢音に近づかせまいと刀を持った。
照彦は、ようやく夢前の目の前にたった。夢前の周囲は黒い竜巻が渦巻いており、他の誰も近づけない。
夢前はその場から一歩も動かずに、照彦に矢を向ける。
「妖と怪は分かり合えない。それなのに何故揃いも揃って俺の邪魔をする?」
「どうして分かり合えないって決めつけるんだよ?!」
照彦が鎌を振ろうが槍を降らそうが、夢前はその場から一歩も動かない。そこまで動かないと言う事は、そこに何かあるというのいうのだろうか。照彦は鎌に光を集め、強く振った。
「『光の傷』!」
夢前は、蝙蝠の翅で飛んで照彦の光を避け、矢に技を込めた。
「『暗黒旋風』!」
照彦の光と夢前の闇は、入り混じりながらぶつかり、お互いを打ち消し合う。照彦は、闇の中に自分の光を探し、それをもう一度集めながら夢前に放った。
ビガラスは蠍の怪と戦いながら、先程の夢前の事を振り返っていた。ビガラスはあの夢前の姿にかつての自分を重ねていた。
「あいつは昔の俺に似てる」
「変異してるっていうの?」
ビガラスは遠くに見える夢前を睨みつけた。
怪の力を使う時、怪の特徴を持った姿に変異する事をビガラスは身を持って分かっていた。変異した時は強大な力を得る代わりに制御が効かなくなる。
だが、夢前は制御が効いていないような様子を見せていない。ビガラスよりも怪の力を使いこなしているのだろうか、それとも、元もあった"人間"を失っているのかのどちらかだった。
ビガラスは真由と共に刀を振り、蠍に向かっていった。
絢音は小魂を抱え、妖と怪が争っている様子を見ていた。
「私、こんな戦場に居て良かったのかな…、付いてきて迷惑じゃなかったかな…」
小魂は丸い目で絢音をじっと見て、こう言った。
「あやねはてるひこたちのじゃましてないっピ、てるひこも、あやねがいるから強くなれたっていってたっピ」
絢音は小魂の頭を撫でて、腹に触れて指を温めた。
「さっき照彦君が自分の気持ちを自分の言葉で伝えてくれたの、それが嬉しかった…」
小魂は絢音を見て笑った。
すると、夢前が放った黒い矢が絢音目掛けて飛んで来た。小魂は絢音の前に出て、光の弾を放った。だが、間に合わず矢は小魂に突き刺さってしまった。
小魂の白い身体は黒く染まり、風船のように膨らんでいく。緑丸は刀を小魂に向け、斬ろうとするが、弾力があって斬れない。凶暴化した小魂は、見境なく緑丸を襲い、喰おうとした。
その時、黒い斬撃が小魂を貫いた。小魂の身体は一気に萎み、地面に叩きつけられる。
「これぐらいの相手に手こずるなんて、まだまだ半人前だな?」
その声と共に烏の羽根を生やした長身の鬼が姿を現した。その鬼は緑丸の刀の師匠である濡烏だった。
「お師匠様…!」
朝日に仕えるようになってから、緑丸は一度も濡烏に会えてなかった。唐突の再会に、緑丸は倒れた小魂に構わず濡烏に駆け寄る。
小魂は視線を絢音に合わせ、小さく鳴いた。それに気づいた絢音は小魂に駆け寄り、手の平に乗せる。
「小魂ちゃん!」
「安心しろ、本気でやってない」
小魂は傷だらけだったが、息はしていた。
「いい主人を持ったな?」
濡烏は遠くに居る朝日を見ながら緑丸にそう言う。
「神である主に仕えるのが八咫烏の務めですから」
緑丸はそれが当然であるかのようにそう言った。そして、絢音と小魂が無事なのを確認すると、再び刀を持って濡烏と並んだ。
照彦が夢前と戦っていたのと同じ頃、蘇芳は暴走した太一と向かい合わせていた。
「俺とお前は同じ鬼神だ」
太一は蘇芳の話を聞いている様子はない。ただ、目の前のものを破壊しようと拳を振り上げている。蘇芳は邪魔が入らないように周りを炎で囲み、自らの拳を炎で包んだ。
「『獄炎拳』!」
太一の拳と蘇芳の拳がぶつかり合い、衝撃で周囲が吹き飛ぶ。蘇芳は炎の弾を繰り出して、太一の動きを封じようとした。
ところが、蘇芳の炎が当たっても、太一の動きは止まらない。また、蘇芳以外にも、他の怪や妖達にも攻撃を始める。そんな太一に蘇芳は、わざと前に出て攻撃を食らった。
暴走状態でありながらも太一の攻撃は的確で、蘇芳の弱点を確実に突いていた。
自分よりも強い相手に怖気づく事なく、寧ろ心を奮い立たせられるのは、蘇芳の性だった。
一度昴と一度本気で戦った事があるので油断していた蘇芳だったが、想像以上の実力を持つ太一に驚き、本気で立ち向かう。
「俺を本気にさせたな?」
蘇芳の目は輝き、放つ炎は鬼界の溶岩よりも赤くなった。蘇芳は消し飛んだ炎を再び燃やし、自らの足に炎を纏わす。
「『獄炎蹴』!」
蘇芳の足は太一の腹に当たり、動きが一瞬止まった。そして、蘇芳の炎が太一の身体に移る。
太一の身体はしばらく燃えた後、突風と共に火が吹き飛び、太一は元通りになっていた。蘇芳は、太一を立たせると、煤を払ってこう言う。
「俺の炎に焼かれて、よく無事だったな?」
「燃やされるのには慣れてるからね」
太一は、先程まで燃やされていたのが嘘だったように、涼し気な顔をして蘇芳を見つめた。
照彦は、まさか夢前とここまで対等に渡り合えるとは自分でも信じられなった。だが、どれだけ攻撃を放っても夢前に当たらず、消耗していく一方だ。
すると、照彦の前に真っ黒な矢が現れた。先程の声が矢の中から聞こえる。
「(闇を制するのは闇だ、これを彼奴に撃てば倒せる)」
照彦がその矢に手を伸ばそうとしたその時、胸の中でそれを止める声が聞こえた。それに気づいた照彦は、手を引っ込める。
確かに、この矢を刺せば夢前に決着が着くかもしれない。だが、そうする事が本当に良い事だろうか。自分が望む生き方に似合うものだろうか。
「駄目だ…、出来ないよ。それに、憎しみで憎しみを制すればまた新しい憎しみが生まれるだけだ」
照彦は、用意された闇の矢を浄化した。
「(そうか…、なら、自分の力でどうにかするしかないな)」
その声は夢前を倒すのを諦め、照彦から消え去った。そして、照彦は浄化で発生した光を集め、槍を作り出す。
「『光の槍』!」
槍は夢前の胸に刺さり、夢前は地面に落ちる。
「この姿でも夢の中でないと真の力を発揮出来ない、か…」
夢前は黒い竜巻になって、逃げるようにその場から立ち去った。照彦は、そんな夢前に不審を抱いた。
夢前は朝日を倒す程の実力者だ。本気を出せばすぐに照彦を倒す事が出来ただろう。だが、夢前は本気を出さなかった。
本領を発揮出来なかったというのもあるだろう。だとしても、照彦を本気で倒したいのなら、互角に渡り合おうとせずに、弱点を突いてすぐに倒すはずだ。
夢前の狙いは最初から照彦ではなかったのだろうか。照彦はそう考えながら朝日達の所に戻って行った。




