神界へ
その週の休日に、照彦とペグルは神界に向かった。絢音も、小魂も今回の旅では居ない。二人共、神界に行く事は出来ないし、行かせる訳にも行かなかったのだ。
そう自分に言い聞かせてきた照彦だったが、ずっと心の中に煮えきれない思いがあり、モヤモヤしていた。絢音と喧嘩したまま、逃げるように出て行ってしまったからだ。
「絢音って、こんな風に怒るんだな」
「そうだね…」
照彦と絢音の喧嘩に巻き込まれるような形で、ペグルも絢音と話していない。ペグルは、照彦に気を遣ってなのか、これ以上絢音の話をしなかった。
神界は、冥府の王宮の中にある光の柱を通る事で行く事が出来る。照彦とペグルはその中に入った。地上に縛られていた身体が、光とともに空へと昇って行く。
そして、照彦達は神界に着いた。足元はガラスのようになっていて、上を見上げると何処までも何処までも青い空が広がっている。二人は、その中を走って進んで行った。
そもそも神界は、神の中でも徳を積んだ者しか行き、住むことが出来ないような場所だ。行き来する事は簡単ではないが、照彦は何者かに呼ばれて此処にやって来た。
照彦は誰か居ないかと辺りを見回すが、誰も居なく、周りはしんとしている。
「誰も居ないね…」
すると、空から羽が落ちてきて、一人の女性の天使が舞い降りて来た。
「下界からの客人ですか?」
「ええ、そうですが…」
ペグルは、一歩前に出た。
「僕の父親…、霧山の仙人の事を存じませんか?」
天使は少し考えてこう答えた。
「ひょっとして、天久の事でしょうか?仙人が暮らす域に案内しますね」
そう言って、天使は天高く飛び立った。
だが、飛ぶ事が出来ない照彦達は、天使の後を追うことが出来ない。そこで、ペグルは杖の力で雲を固定させ、照彦と一緒に乗った。
「凄いな、これが仙術なのか?」
「まあね」
天使は、照彦達をチラチラ見ながら飛んで行く。
「天使って、仙人と関わっているんですか?」
「私は神界の中でも色々な場所を飛び回っている特殊な天使ですからね。私はルピナス、天帝様の直属の臣下です」
ルピナスは『風』、魂の流れも聞こえるという羽耳でペグルの話を聞いている。
「天帝様っていうのは何なのですか?」
「天界、神界はそうとも呼ばれます。天帝様は神界を支配する大いなる神で、この世界が生まれてすぐに産まれたと言われております。あまりにも立派な存在ですので、限られた者しか顔をご覧になる事は出来ず、臣下である私もご覧になった事はありません。」
それを聞いて、ペグルは興味を持った。
「どんな顔してるんだろうね…」
「何処にでもホイホイ顔を突っ込むお祖父ちゃんとは大違いだよ…」
「お祖父様とは?」
照彦は、姿を思い出しながらこう説明する。
「冥府の王って言えば良いんでしょうかね…。自分とは関係ない事にも顔を突っ込み口を出すような感じですね…」
「ああ…、あのお方ですか。以前此処に来られてましたよ」
昴が神界に来ていたという事を、照彦は初めて知った。昴は夢前の手掛かりを掴む為に旅をしている。恐らくその一環で来たのだろう。
照彦は、ルピナスにその時の様子を聞いてみた。
「それで、お祖父さんはどんな様子でしたか?」
「そうですね…、天帝様に会わせろって言われましたね。ただ、後から聞いた話なのですが、天帝様はその時お機嫌が宜しくなかったようでして…」
「そうですか…」
「もうすぐ仙人が居る域ですよ」
ルピナスは、高度を下げて行く。ペグルは雲を操作して、ルピナスの背後を影のように付いて行った。
ペグルは、再び父親と出会える事を楽しみであると同時に、変わり果てた自分を見られる事に不安を感じていた。
「父さん、元気にしてるかな…」
「仙人なら、俺のひいお祖母さんも居るかな」
「そうだね…」
ペグルは、杖の霊水晶に映る自分を見つめた。
ペグルの身体は人間のものではなく、その証拠に、髪の毛と目は白く、一部が水色になっている。
「父さん、今の僕を見て不安にならないかな…」
「話を聞いたら、何とかなるって」
照彦は、せっかくの親子の再会なのに、ペグルが落ち込んていたら、余計心配を欠けると思った。
ルピナスは、雲のような地面に降りた。そして、その横に照彦達を降ろす。
先程の話を聞いて、ルピナスは何か気になる事があるのか、ペグルに近付いてきた。
「どうされたのですか?」
ルピナスは、銀と霊水晶で出来た杖をペグルに向けた。そして、目を閉じて何かを感じている。
目を開けるとルピナスは、急に険しい顔になった。
「気を付けて下さい。今のあなたは例えるなら生死者のような存在です。身体が現世に完全に地についておらず、ちょっとした拍子で現世には居られなくなります。」
「えっ…?」
ペグルは、自分が置かれている状況が、思っている以上に大変な事になっていると思った。
ルピナスの話によると、今のペグルは、魂も肉体も人間と仙人の中間のような形になっているのだ。人間は現世の存在で、仙人は神界にしか居られない存在、ペグルはその両方の性質を持ち合わせているのだ。
ペグルは現在、現世にも神界にも行く事が出来る。だが、それは属している世界が不明瞭な存在という事なのだ。そうなると、ちょっとした衝撃で、自分が別の世界に行ってしまう事がある。また、そこから別の世界に行く事が出来なくなってしまうのだ。
ルピナスは、そこまで説明すると羽根を広げた。
「それでは、私はここで失礼致します」
ルピナスが飛び立とうとすると、空からもう一人の天使が現れた。
「オリフィス、どうされたのですか?」
オリフィス、と呼ばれた少年の天使は、ルピナスの前に降り立った。
「この者達のお共をするようにと、天帝様のご命令がありました」
「天帝様直々にですか?」
ルピナスは、羽根を折り畳んで、オリフィスの横に付いた。
「それでは、天久の元に案内します、どうぞこちらへ」
二人の天使は、照彦とペグルの前を歩いて行った。
仙人が住むと言われる域は、地面が雲のようになっていて、空には霞が掛かっている。桃源郷という伝説の場所があるが、此処はまさにそのような場所だった。
最初は人は少なかったが、歩いていくと次第に茅葺屋根の家が見えてきた。そこにはペグルと同じように白髪の人々が行き来している。ペグルは人々の顔を一人一人見て、自分の父親を探していた。
「父さんはそこに住んでるの?」
「何処に居るんだろ、ペグルの父さんは」
すると、二人の姿を見て誰かが駆け寄って来た。楊梅色の髪をしていて、水色掛かった装束を纏った女性だった。
その女性は、昴の母で、照彦の曾祖母に当たる風見真莉奈だった。真莉奈は冥府仙女という名があり、死神の実務の傍ら神界を訪れる事もある。
真莉奈は、神界に照彦が来ている事に驚いていた。
「照彦君、どうしたの?」
「ひいお祖母ちゃんは、お祖父ちゃんに会った?」
真莉奈は、しばらく考えた後首を振った。
「いいえ、でも、ここに来たという話は聞いてるわ。夢前の事については私も追ってる」
「そうなんだ…」
照彦は、様々な人が夢前について追っているのに、何故ここまで正体や思惑が掴めないのか、疑問に思った。
照彦達の背後を、一人の仙人が眺めていた。すると、その仙人が何かに気づいてこちらにやって来る。
「君は…、ペグルか?」
ペグルの名を呼んだ仙人は、ペグルと同じような目をしていた。髪の毛は白くて長く、三つ編みにしている。
仙人は、ペグルの横に立つと、懐かしそうにこう言った。
「久し振りだね、ペグル」
「もしかして…、父さん?!」
ペグルは、変わり果てた父親の姿に驚き、これ以上言葉が出なかった。




