清らかな心を呼び覚ませ
照彦は、絢音を自分のベッドに寝かせ、腕に御札を貼った。
「応急処置程度だが、これでマシになるだろう」
「うん…、ありがとう…」
照彦は、絢音の事を小魂に任せて、朝日の部屋に向かった。
朝日は、今も死んだように倒れている。いや、もう息をしていないから、死んでいると言った方が正しいのだろうか。
「どうすればいいんだ?」
「お困りのようだな?」
そんな二人の前に突如として現れたのは、昴だった。昴は、朱色のパーカーを見に纏っていて、何の不自然もなく照彦の家に居る。
「祖父ちゃん?!」
「朝日が殺されたようだな?だが、もうすぐ目を覚ます」
昴は自分の霊水晶を取り出して、素手で朝日の目の前で割った。水晶から光と力が飛び出し、朝日はゆっくりと目を覚ます。
「凄いね…、死神を生き返らせたなんて」
「ペグル、これは禁忌の力だよ」
すると、ペグルは昴に駆け寄ってこう言った。
「照彦君のお祖父さん、絢音ちゃんとそのお母さんの呪いを解いてくれませんか?」
「それはダメだ」
昴はそう言って首を振った。
「俺は呪いを解く力今の所無いし、朝日だって完全に復活するのには時間が掛かる。残念だが、今は諦めるしかなさそうだな」
「そんな…、」
ペグルは落ち込んだが、照彦の顔を見て何か閃いた。
「そうだ…、照彦君の雫の力だよ!それを使えば絢音ちゃんの呪いも解けるんじゃない?」
「そうか…?」
照彦はその力を試す為に、自分の部屋に移った。
そして、照彦は絢音の目の前で鎌を取り出した。照彦は、小魂やペグルにした時と同じように鎌を絢音に向けたが、何も変化はない。
「そんな…、どうして!」
「こういう時の為にある力じゃないのかよ!」
照彦は、やけくそになって絢音に鎌を振り上げようとするが、ペグルと小魂がそれを止める。
「ダメだよ!いくら何でもそれは…」
「俺達どころか父さんや絢音や絢音の母さんにも手を出す。夢前は何がしたいんだよ!」
照彦は鎌を仕舞って、絢音達を置いて一階に駆け下りて行った。
「待って!照彦君!」
ペグルが止めるよりも先に、照彦は家を飛び出して行ってしまった。
照彦は行く宛もなく住宅街を駆け抜け、海沿いに向かう。海沿いの丘には照彦のお気に入りの場所である『光の樹』があった。
照彦は、木に寄りかかって、ハァと大きな溜息をした。すると、照彦の心の中にあの声が響いてくる。
「(汝よ、迷っているようだな)」
「どうして…、あの力が使えないんだよ。あの力は、俺の意志で使えるものじゃないのかよ」
あの声の主は、照彦の目の前には居ない。だが、照彦の姿が見えるようだった。
「(汝が其の力を使えないのは、邪な心に囚われているせいだ)」
照彦は、胸に手を当てて、先程の事を思い出してみた。
照彦は、傷ついた絢音と向き合っているようだが、頭の中では夢前に対する憎しみと、無力な自分に対するやるせなさを感じていた。傷ついた絢音の事をなんとかしたいとは、本当は考えていなかったのだ。
「(汝の中の清らかな心、それが光の力の原動力になる。汝なら、分かっていたと思っていたが…、迷いが生じたようだな)」
その声が言うには、照彦の中に邪な心、つまり負の感情があれば、光の力は使えないという。憎しみややるせなさはそういった感情だ。
照彦が絢音を助け出すには、そういった感情を変えなければならない。
照彦は目を開けて立ち上がり、もう一度鎌を取り出した。鎌は日の光を浴びて輝いている。
「(奴は憎しみによって産まれた。憎しみを憎しみによって制しては、新たな憎しみが産まれるだけだ。照彦よ、決して悪しき力に屈すな、己の道は決して踏み外すな)」
照彦は、『光の樹』の方を振り向いて、こう訊いた。
「俺は、父さんや祖父さんみたいに強くなれますか?」
「(己を信じつづければ、夢は現実になる。
照彦よ、神界に来なさい。汝が求めるものが、友を呼ぶ者がそこにある)」
声はそう言った後、もう聞こえなくなってしまった。
照彦は丘から降りて一度振り向いた。照彦の心に問いかけてくれたあの声、聞き覚えがあるのだが、それが誰かまでははっきりと覚えていない。
「あの人は…、誰だったのだろう…」
照彦はもう一度前を向くと、絢音達が待つ家に急いでむかった。すると、一軒の家を通り掛かる。
その家には、『日岡』の表札が掛けられてあった。絢音達の家だ。普段から通る道にある家で、照彦もよく知っているが、妙な気を感じる。
照彦は一旦そこで立ち止まった。鎌を持ってよく見ると、家の周囲には紫色の蜘蛛の糸が張り巡らされていた。
どうやら、呪いが掛けられていたのは絢音でも、織絵でもなく、絢音の家だったようだ。
照彦は、鎌を振り上げて家の糸をすべて断ち切った。糸は浄化され、蒸発するように消えていく。
「よし、無事に力を使えるようになった。」
照彦は、もう一度走り出して絢音の所に向かった。
照彦が絢音の所に着いた時には、照彦はすっかり汗だくになっていて、シャツはぐっしょりと濡れていた。照彦は、呼吸と心を整えて、もう一度絢音を見つめる。
「絢音、今助け出してやるからな」
照彦は鎌を取り出して絢音に向け、目を閉じた。
すると、鎌の刃先から光の雫が滴り、絢音に落ちる。絢音の痣はあっという間に直り、元通りになった。
絢音は、起き上がって照彦を見た。
「ありがとう、照彦君」
「無事に治って良かった…」
ペグル達は絢音の呪いが解けて安心した。
「家に呪いが掛けられてたようだったよ。しばらくしたら、絢音の母さんも元通りになる」
照彦は、自分の瓶を絢音に渡した。絢音はそれを飲んで、照彦に渡す。
「絢音、お前が思っている事何でも言って良いからな?俺はお前がわがままだとは思ってない」
「本当に…?」
照彦が頷くと、絢音は目を輝かせて笑った。
すると、自分の部屋でしばらく寝ていた朝日が、照彦の部屋に現れた。
「ごめんな、照彦、それと父さん、迷惑をかけて…」
「父さん…」
絢音が朝日の前に出て、深々とお辞儀をした。
「あの時は、ありがとうございました」
朝日は、屈んて絢音と視線を合わせた。
「絢音…、大きくなったんだな。まさかここに越して来るとはな、照彦と仲良くしてるのか?」
「はい!」
絢音の朗らかな返事を聞いて、一同は笑った。
照彦達と朝日が無事なのを確認すると、昴は立ち上がった。
「まっ、これで一時は…、一件落着という事だな」
昴が家を出ようとすると、杏が昴の前に出て、心配な顔をしてこう聞いた。
「昴、また行くの…?」
「俺の旅はまだ終わってないんだ、悪いな杏…」
昴は、家から出た後、行方を晦ませてしまった。
照彦は、絢音とペグルを送るために、家を出た。小魂は、絢音とくっついて、中々離れない。
「まさか絢音ちゃんが探してたのが照彦君のお父さんとは、思わなかったな…」
「そうだな…」
絢音は、朝日と再び出会えた事で嬉しくなり、鼻歌を歌っていたが、何かを思い出して急に焦り出した。
「そうだ!あの数珠がどうなったのか聞くの忘れた!」
「忘れ物とは、こちらでしょうか?」
すると、山伏のような格好をした少年が照彦の前に現れた。少年は耳が尖っていて、烏の尾が着いている。
少年は、絢音の前に出て数珠を差し出した。
「朝日様の遣いである八咫烏の緑丸と申すものです。道端に落ちていましたので拾っておきました。まさか貴方のものとは思いもしませんでしたが…、お受け取り下さい」
「あ、ありがとう…」
緑丸は、恭しくお辞儀をすると、八咫烏の姿になって飛んで行ってしまった。
数珠が再び自分の手に戻った絢音は、それを着けて喜んだ。
「良かったね、絢音ちゃん」
すると、照彦はペグルの腕を掴んでこう言った。
「ペグル、お前の父さんが神界で待っているらしいんだ。行こう、神界に」
「神界に…?」
一段落したはずの照彦達の周囲に、また不穏な風が吹いた。




