攻め寄る脅威
絢音が家に帰ってリビングに上がり込むと、絢音の母の織絵が夕飯の用意もせずにテーブルの上に伏していた。織絵は何かに憑かれたように唸り、溺れるように藻掻き苦しんでいる。
絢音はその側に来てよく見た。すると、織絵の腕には蜘蛛の糸のような痣がある。
「嘘…、何これ!」
絢音は、ひょっとして自分にもあるのかと思い
、腕を捲った。すると、織絵とほぼ同じぐらいの位置に、似たような痣がある。
「何これ…」
絢音は、自分の事は一度置いて、父の晋也に連絡をして、織絵を救急車で病院に運び込んだ。
「でも、これ病気じゃないよね…?」
絢音は、自分の痣を見ながら、照彦の所まで走って向かった。
照彦達は、公園に居た。絢音が一人で帰った後も、照彦とペグルは絢音が言う死神について話し合っていた。
「照彦君、ペグル君、大変なの!私のお母さんが、それと、私も…」
照彦は、絢音の痣を見て、息を呑んだ。
「これは…、呪いだ」
「えっ…?!」
「何か、心当たりはないか?」
絢音は、これは病気ではないとは思っていたが、まさか呪いだとは思わなかった。だが、心当たりが全くと言っていい程ない。
「分からない…、でも、なんとかしないと!」
絢音は、自分よりも織絵の事を心配していた。また、自分もいつか織絵のようになってしまう事を危惧している。そう思った矢先に、絢音の痣が傷んだ。
「痛っ!」
「絢音ちゃん大丈夫?!」
「大丈夫…、これくらい、お母さんに比べたら大分まし…」
絢音は痣を押さえて、無理して笑った。そんな絢音を見て照彦は余計に心配になる。
「本当に大丈夫なのか?!」
「うん…」
「呪いの事なら詳しい人が居る。その人に頼んで治してもらおう。後、絢音のお母さんもな」
照彦は絢音の手を取って走り始めた。すると、目の前に、蜘蛛の怪が現れる。
その蜘蛛の怪には、目の紋様が付いていた。照彦達が以前に何度も見かけたナイトメア、夢前が従えていると思われる怪達の一人だ。
「あれは…、ナイトメアじゃない?!」
「俺達を通させないって事か…」
照彦は鎌を、ペグルは杖を取り出した。そして、寒月も現れる。
照彦とペグルは、絢音の呪いを解く為に、蜘蛛に向かって行った。絢音は、小魂と一緒に、木陰で身を潜めていた。
その頃、朝日は夢を見ていた。目の前には、夢前が居て、苦内を持って朝日を見つめている。朝日は、冥府神妖の姿になって、夢前に近づく。
「お前か、夢の中の男って言うのは」
「そうだ、妖の長よ」
夢前は、朝日の周囲に苦内を飛ばし、一斉に突き刺した。朝日は一度それを避けたが、苦内は執拗に朝日を狙い、突き刺そうとする。
「こんな武器で俺を倒せると思ってるのか?」
夢前は、朝日の挑発には乗らず、淡々と術をかける。
「『夢想逆走』」
「『妖緑火』!」
朝日は火を繰り出すが、苦内に当たって燃えたとしても、すぐに戻ってしまう。まるで、時間が巻き戻されているようだった。
「この夢は逆走している。どれだけ足掻こうと何も変わらない」
夢前は一度朝日に近づいた後、一気に離れた。
「『夢封殺』」
夢前は、朝日を囲んでいた苦内を檻状に変化させると、持っていた宮内で胸を突き刺した。朝日は血を流してその場に倒れる。
そんな朝日を、夢前は冷たい目で見下ろした。
「お前が見ていた夢は現実になる」
そして、夢前の姿は消えてしまった。
蜘蛛は、紫色の糸を張り巡らせ、そこから毒針を降らせた。照彦は、鎌を取り出して糸を斬り、ペグルは寒月と共に蜘蛛に近づく。
「照彦君!あの蜘蛛の弱点は目だよ!」
「目だな、了解!」
照彦は、街路樹を登って、蜘蛛に向かって一気に跳んだ。蜘蛛も跳んで、照彦に向かう。
「『光の槍』!」
照彦は、光の槍を蜘蛛の目に目掛けて突き刺した。刺された蜘蛛は動けなくなり、浄化されて消えていく。
照彦はホッと胸を撫で下ろして地上に降りてきた。
「接近戦には弱かったみたいだね?」
「さっ、早く絢音を!」
すると、茂みに隠れていた小魂が、慌てた様子で飛び出した。小魂を尾を振って、何かを必死に伝えている。
「ピッ、ピピッ!」
「どうしたんだ?小魂?」
照彦とペグルが茂みの中を覗くと、絢音がうずくまって苦しんでいた。腕の痣は更に広がり、腕全体が紫色になっている。
「不味いね…、早く助け出さないと!」
照彦とペグル、小魂と寒月は一斉に絢音を持って、茂みから引っ張り出した。
「それで、何処に行くの?!」
「俺の家だよ!」
照彦は、絢音を背負って自分の家へと向かった。
普段通っているはずの道だったが、こんなに長いと思ったのは初めてだった。ぐったりとしている絢音の体重が照彦にのしかかり、あまり速く走れない。二人とも額から汗が出ているが、顔は青褪めていた。
絢音は呪いが完全に回ったのか、身体中に蜘蛛の痣があり、呼吸も乱れていた。
「こんな強力な呪いをかけられたなんて…、今まで耐性でなんとかなってたのが嘘みたいだな…」
「耐性?」
「絢音が呪われたのは初めてじゃなさそうなんだよ。絢音の母さんも同じように呪われたはずなのに、絢音の方が軽そうに見えた。それはつまり、絢音は以前にも同じように呪いをかけられた事があるって事じゃないか?」
照彦は、そう言いながらも、絢音の事が心配だった。
すると、照彦の前に緑目の三本足の烏が現れた。烏は何やら必死な形相である。
「照彦様大変です!朝日様が!」
「何だって?!」
照彦は、絢音の母に続いてまさか自分の父も狙われているとは、考えもしなかった。
それが夢前のやり方だというのか、照彦は、絢音をこんな目に遭わせた夢前に対して、黒く炎のように燃え上がる感情が湧いてきた。
そして、照彦達はようやく家に帰ってきた。照彦は、絢音をソファーで寝かせて、朝日を呼ぶ。だが、朝日の返事は返ってこなかった。
照彦は、二階にある朝日の部屋に向かう。すると、朝日はベッドで血を流して倒れていた。脈は止まり、息はしていない。
照彦の顔は更に青褪め、生きた心地がしなかった。
「嘘だろ…?!」
「照彦君のお父さんって死神だよね?」
「でも…、こんな死に方をするなんてありえないよ!どうして…」
照彦は、何度も朝日を揺すったが、目を覚ます事はなかった。
照彦は、朝日に呪いを解いてもらおうとしたが、完全に的が外れてしまった。このままでは、絢音と絢音の母親の呪いを解いてやることは出来ない。それどころか、突然自分の父親も失ってしまった。
不安と、夢前の憎しみの渦中にある照彦の所に、呪われて動けないはずの絢音が現れた。
「照彦君、どうしたの…?」
「絢音…、どうしよう、このままじゃお前とお前の母さんの呪いは解いてやれないよ…」
絢音は、虚ろな目で照彦の前で倒れている朝日を見た。すると、絢音の目に光が宿る。
「照彦君!この人だよ!この人が私を助けてくれた!」
絢音は、そう言って倒れている朝日を指差した。
「何だって?!」
「それじゃあ…、絢音を助けてくれた死神って、父さんの事だったのか?!」
朝日はそれにも反応せず、眠ったように倒れたままだった。




