思い出の存在
絢音が冥界に行っていた頃のある夜の事だった。絢音の部屋の窓から、一匹の蜘蛛が入り込んで来た。頭には目の紋様が付いていて、顔は鬼のような形相である。
蜘蛛は、絢音の家の至る所に紫色の糸を張り巡らせた。更に、絢音の机の引き出しに入りこみ、数珠を奪って窓から出ていった。
蜘蛛は、数珠を誰かの所に持って帰ろうとする。すると、上空から何かが飛んで来て、数珠を奪われた。
数珠を奪ったのは、三本足の烏だった。烏は光るものに反応する性質がある。恐らく、その烏もそうなのだろう。
蜘蛛は、烏に対して成す術もなく、ただ行く先を見上げているだけだった。
翌日、学校で照彦に出会った絢音は、何やら慌てた様子だった。
「照彦君!私がずっと大事にしてた数珠が何処かに消えてしまったの…。照彦君に見せたらあの死神の事が分かるって思ったんだけど、探したら消えてた…」
絢音は、照彦に出会う以前に、別の死神にあった事があると言っていた。
絢音は照彦達と一緒に、冥界に行って様々な死神達に出会ったが、絢音が特に反応しなかった事から、その死神には出会えていないのだろう。絢音は、その死神の事を忘れていたが、会いたいと思い、照彦を手掛かりにして探している。
照彦は、まさか物的証拠があるとは思わず、驚いた。
「数珠って、その死神に貰ったのか?」
「うん…」
絢音は、たった一つの手掛かりが無くなったと思い、がっかりしていた。
照彦は、そんな絢音を見て、引き続き絢音に質問を飛ばした。
「それで、どんな死神だったか、思い出せないのか?」
「その死神はね、私を妖から助けてくれたの。背は高くてお兄さん…、っていうくらいの年齢に見えたな」
「死神は人間よりもかなりゆっくり年を取るから、見た目はあまり参考にならないな」
「そんな…」
絢音は、照彦にそう言われて更に落ち込んだ。
それを見て、照彦の肩に乗っていた小魂は、絢音の胸にしがみつき、心配そうな顔をして見上げていた。
絢音はあの時の事を思い出したくても思い出せず、もどかしい気持ちだった。頭の中に淡くその情景を見る事が出来ても、それを具体的に言う事は出来ない。まるで、その思い出にだけ鍵が掛かっているようだった。
照彦は、何とかして絢音が探している死神というのを見つけたかった。
「その死神に出会って、絢音は何をしたい?」
「えっと…、お礼が言いたい、かな」
「俺も、絢音が会いたいという死神に会ってみたいよ」
照彦は、どんな強い死神が絢音と出会ってたのか、興味があった。
水晶の話を聞いて思い出したのか、照彦はポケットの中から金の組紐を取り出した。そこには、冥界で集めた二つの水晶が着いている。
それを見て絢音は、はっと目の前の現実に帰った。
「そっか…、照彦君も探し物してるんだよね?」
「『七つの水晶』だったっけな…」
すると、絢音は諦めた顔でこう言った。
「私の事はいいから、照彦君のその水晶を集めよう。私の探しものはいつでも出来るから…、照彦君の水晶の方を探そう…?」
「絢音?」
「私のせいで、照彦君やペグル君に迷惑は掛けられないよ。それに、あの死神が居なくても、照彦君が私を守ってくれるし…」
「俺は…、絢音が出会った死神程強くないし、格好良くもないよ…」
「ごめんね、私のわがままに付き合わせて…」
そう言って愛想笑いを浮かべる絢音を見て、照彦は心が痛んだ。照彦も、絢音が出会ったという死神の事が気になり、探してみたいと思う。
それなのに、絢音は自分の事を二人に協力させるのはわがままな事で、迷惑を掛ける訳にはいかないと言って、それを拒むのだ。
照彦は、絢音とペグルを守れるのか、未だ不安だった。冥界の時も、周りの死神達に助けられてばかりで、自分は何も出来ていない。また、自身の力の全容もよく分かっていない。
照彦は、自分とも、仲間ともよく向き合っていないと思っていた。
そんな照彦を見て、遅れて学校に着いたペグルが声を掛けた。
「照彦君、どうしたの?」
「ペグル…」
ペグルは照彦と絢音の間に何があったのか知らなかったが、二人の顔色が悪いのを見て、敢えて何も聞かなかった。
照彦は、もう一度絢音に近づいた。絢音は、照彦の隣の自分の席に居る。
「なぁ、絢音はあの死神に会いたいのか?それとも、会いたくないのか?」
「私の事は優先すべきじゃないよ…」
絢音は照彦から目を反らし、机に伏した。
「私の為にここまでしてくれてありがとう。でもね、今はそれどころじゃないよ…」
「絢音…」
絢音はこれ以上照彦の話を聞きそうになかった。
絢音は照彦達に気を遣ってるが、そのせいで逆に気を遣わせているとは思っていなかった。
絢音は、今まで両親にもわがままを言わなかった。自分の為に何かして欲しいと友達にも言えなかったし、そもそも言える友達が居なかった。
照彦やペグルのように、自分の話を聞いてくれる友達が出来て、絢音は嬉しかった。ただ、せっかく出来た友達に嫌われたくないと考え、あまり迷惑は掛けられないと思っている。
その日の帰り道、絢音は一人で帰った。照彦の為に自分の探し物を断ったのはいいものの、モヤモヤした気持ちが何処かに残る。
絢音は、もうあの死神に出会わなくても、死神という存在があっただけでも良かったと思った。そして、あの出来事は夢だったのだと考え、目を閉じた。
夢よりも鮮明で、現実よりも淡い映像。もう一つの祭りにこっそり参加して楽しんだ事。その祭りは妖の祭りで、終わった後妖に襲われた。
その時、幼い絢音の前に立って救い出してくれた一人の青年の後ろ姿が鮮明に映り、思い出しただけで胸が温かくなる。
「やっぱり…、諦められないよ…」
絢音の目から温かい涙がポロポロと零れ落ちた。
絢音は、それを照彦達が見ていない事を確認すると、涙を拭わずに走って家まで駆けて行った。




