小さな友達
翌日、照彦が目を覚ますとフォルシアが照彦のすぐ横に来て、こう言った。
「おはよう、朝早くから頑張って照彦君の鎌を直してるんだけど…」
「あっ…、何も言ってないはずなのに…すいません」
フォルシアは笑って首を横に振った。
「いいのいいの、話は聞いてたから。それで、照彦君の属性って何になるの?」
「光…、ってラメルさんはおっしゃっていました。副属性はありません」
「そっか…」
フォルシアはしゃがんで照彦の目の前で手を合わせた。
「悪いけど、水晶屋で小瓶買ってきて照彦君の霊力を入れてくれない?鎌を造る為にはその死神の属性の力が必要なんだけど…、光の死神って今までに居なかったから、その力がないのよ」
「そうですか…」
照彦は、特殊な属性を持っていると、そういう時に不便なんだなと思った。確かに、自分以外に光の属性を持っている者に出会った事がない。
照彦は布団を畳んで絢音達の所に向かった。絢音とペグルは、パミスとスコリアと一緒にじっとしている。
「絢音、ペグル、なに見てるんだ?」
絢音とペグルは先に起きていて、パミスとスコリアと一緒に金魚鉢に入った何かを見ている。
それは、白いおたまじゃくしのようなもので、ピンクのヒレと尻尾には炎がついていた。冥界の生物なのだろうか、照彦は見た事がない。
「この生き物は?」
「魂喰虫の小桃だよ!」
「魂喰虫…?」
魂喰虫とは、冥界に原生する怪の一種だ。三途の川に流れてくる古い魂を食べて生きている。
魂喰虫は、死神の子供達が飼う事が多い。また、貴重なタンパク質源として死神達に重宝されていた。怪だがあまり凶暴ではなく、大きさも小さい事から他の怪に食われる事も多い。
魂喰虫の小桃は、パミスとスコリアを見て笑った後、水槽の中に入った。
絢音は、その姿を見ながらふと疑問に思った事があった。
「そういえば…、パミスちゃんとスコリア君には目が無いですね、フォルシアさんだけですか?」
「そうよ、奇形って言うのかしらね。私にだけ目があるのよ。それも、ただの目じゃなくて覚っていう妖の目で人の心を読む事が出来るの。でも、今はコークスの力で封印しているわ」
死神は低級神で、神でもあり人でもある存在である。その為、力が不安定になりやすく、極稀に死神の特徴以外の性質を持つ子が産まれてくる。フォルシアは、妖の特性を持った死神なのだ。
また、死神は母親から霊力を貰って産まれ、成長する。だが、それだけでは賄いきれず、他人や魂から霊力を奪う事によって賄う死神も存在する。
そういう死神は霊力切れになりやすく、奇形の特徴も持っていた。
「確か智叔父さんやウォルさんもそうだったわね…」
「そうなんですか?」
「そうよ、智叔父さんの牙や、ウォルさんの吸魂の能力は、死神の力じゃないわ」
フォルシアは財布代わりの巾着袋を照彦に手渡した。
「とりあえず、お金あげるから買ってきて」
照彦は外に出ようとしたが、鎌を持たないで出歩く事か不安だった。
「でも、鎌が無い状態でまた出歩いたら…、また怪に襲われるかもしれないのに…」
「あっ、それなら代わりの鎌を貸すよ」
フォルシアが押入れから照彦に丁度いい大きさの鎌を取り出した。それは、妖の骨で出来ていて、刃にあばら骨が着いている。
「それは?」
「『骨突』って言う鎌よ、実験的に造ってみたの」
「なっとら〜ん!」
その声とともに、マグマの杖がフォルシアの頭に直撃した。
「全く、現世で修行しているとはいえ、そういう鎌を造り続けては何時まで経っても店を任せられん!」
「往生際が悪いな爺さん、千年生きててまだ生きるつもりなのか?」
コークスは、またかと思った。
「まっ、曾孫であるコークスが跡取りしてくれて助かったぞい、孫のスチルは真っ先に逃げおったからな」
コークスは立ち上がって、玄関先で草履を履いた。
「フォルシア、待ってる間俺が作業場を使うけど、いいか?」
「ええ、良いわよ」
コークスは隣の小屋に向かった。
コークスの後を追うように、照彦達も家を出る。
「それじゃあ、行ってきます!」
照彦達は、山を出て行った。そして、馬車に揺られ、再び城下町の商店街に向かう。
馬車から降り、三途の川を渡す橋を通ったその時、何かが照彦の所へ勢いよく飛んで来た。
よく見ると、それは小さな魂喰虫だった。魂喰虫は大きな鮫の怪に襲われ、逃げ回っている。
「照彦君、いくの?」
照彦は骨突を手にし、鮫の前に立った。そして、鮫に向かって鎌を振りかざす。
「『冥道裂斬』!」
照彦の斬撃は一発で当たり、鮫は三途の川に沈んでしまった。
照彦は、魂喰虫の所に向かう。ところが、先ほどまで動き回っていたはずの魂喰虫は地面でぐったりとしていて、目を覚まさない。
「疲れ果てたのかな…、目を覚まさない」
「死んでる訳じゃないけど…、どうしたんだろ」
照彦は鎌を持ったまま魂喰虫に近づいた。魂喰虫は、照彦が近づいても、気配に気づかない。
その時、照彦の鎌が淡く光った。そして、刃先から雫が垂れて魂喰虫に落ちる。魂喰虫はゆっくりと目を覚まし、照彦達に気がついた。
「ピッ…?」
魂喰虫はまず照彦に近付くと、くるくると周囲を回って、頭の上に乗った。
「目を覚ましたのか?」
「良かった…」
絢音とペグルは、照彦に乗った魂喰虫を見て、ほっとしていた。
魂喰虫は、助けてくれた照彦にお礼を言っているようだった。照彦は、魂喰虫を手に乗せて、こう訊く。
「俺と一緒に行きたいのか?」
「ピッ…?ピピッ!」
魂喰虫は笑ってまた、照彦の周囲をくるくると回った。
「名前付けたいな…」
「そういえば、パミスちゃんとスコリア君が飼っていた魂喰虫は、小桃ちゃんだったよね?」
「それじゃあ…、こいつは、小さい魂みたいだから、小魂にしよう。よろしくな、小魂」
小魂は頬を赤く染めて、照彦の頬にしがみつき、擦り合わせた。
「もしかして、照彦君も使役する存在が欲しかったの?」
「ちっ、違うよ!」
照彦は、否定しながらも、内心パートナーが居るペグルの事が羨ましかった。
照彦達は、三途の川を渡って商店街に向かった。照彦は、何故商店街に来たか忘れていたが、絢音の一言で思い出した。
「私達、水晶屋に行かなきゃいけなかったんしゃなかったっけ?」
「あっ!そうだった!小瓶を買って俺の霊力を溜めなきゃ…」
照彦達は、商店街の中でも奥にある水晶屋という店に向かって行った。
水晶屋とは、霊水晶やその加工品が売られている店の事だ。冥界にも幾つか存在するが、中でも王宮のお膝元にあるこの店は、質が良いと言われ、王宮御用達にもされている。
その店は、智の母親であるクリスが経営していた。クリスは、元々現世で実務していたが、智の活躍を見届けて、今は冥界で働いている。
照彦はクリスにフォルシアから貰った巾着袋を渡して、こう言った。
「霊水晶の小瓶を下さい」
クリスは、店にあった小瓶を三つ持って、照彦達に見せた。
「三つも?!俺のだけで十分です!」
「せっかくここに来たんだから、試してもらおうと思って。いいのよ、これはサービスよ」
「俺もやりたい!」
しばらく姿を消していた寒月が、クリスの前に姿を現した。クリスは驚いたが、何かに気づいて首を振った。
「だめね、あなたには出来ないわ」
「じゃあ…、こうしてもか?」
寒月は、ペグルと同じくらいの人間の姿になった。だが、完全ではなく、耳と尻尾、後ろ足、首元の部分は狼のままである。また、服装はフォルシアによく似た袴姿だった。
「あなたは妖だから、霊水晶が妖水晶に変化してしまうの。そうしたら、小瓶の効果を使う事が出来ないわ」
「そんな…」
寒月は落ち込んで、姿を消してしまった。
気を取り直して、まずは絢音とペグルが一つづつ小瓶を持つ。すると小瓶は淡く光り、絢音の小瓶には黄緑の液体が、ペグルの小瓶には水色の液体がそれぞれ溜まった。
クリスは、二人とも霊水晶の小瓶が使えた事に驚いていた。
「凄いわ、二人とも霊力持ちなのね」
「私も、霊力持ちなんだ…」
照彦は、絢音が霊力持ちである事を見抜いていた。絢音は幼い頃から霊やその類のものがはっきり視え、気配を感知する事が出来るからだ。
血筋や家系も影響されるが、人間の中には時々生まれつき霊力を持っているものが産まれる事がある。絢音は、両親は特に霊力を持っていなかったが、たまたま強い霊力を持って産まれてきた。
小魂は、絢音とペグルの小瓶をじっと見つめている。どうやら、それを飲みたいようだ。
「飲ませていいですか?」
「ええ、良いわよ」
絢音とペグルは小魂にそれぞれの小瓶を飲ませた。小魂は腹いっぱいになり、照彦のベストのフードの中で眠る。
「さて、次は照彦君ね」
照彦は恐る恐る小瓶を握り締めた。すると、小瓶は眩い光を放ち、橙色の液体が溜まったと思うと、大きな音を立てて割れてしまった。
照彦は驚いたが、それ以上に驚いていたのはクリスの方だった。
「強い霊力だわ…、これを溜めるには特注の瓶が必要ね。ごめんね、今は用意出来ない。フォルシアちゃんにはそう伝えといて!」
クリスは店の奥に籠もってしまい、二度と姿を見せなかった。




