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NO more 非日常


 冥界には、『光の神殿』と呼ばれる場所がある。だが、そこに祀られる者は居なかった。神殿は空っぽの状態だが、石碑には、いつか祀られるべき者の事をこう記している。

『此の者、光と共に現れ、人々を癒やす。

此の者の光は道標となり、魂を天空の塔へと導く。此の者、天より授けられし衣と神器を手にし、天命により大いなる災いを収めるであろう。』


 その石碑を誰が書いたのか、誰も知らない。冥界の死神達は、その者が現れるのを何十年、何百年、何千年と待っているが、未だやって来ない。死神達は、いつしかそれを忘れてしまった。 



 現世には特異的な場所がある。H県N市白浜町青波台、そこは日本にある小さな町だった。普通の人からすれば、そこに縁がある者以外は知る由もない場所。だが、そこは何度も伝説の舞台となった。


その物語達はまるで夢のようで、だが、夢ではない。だが、それをまともに信じる者は少ないだろう。


 そこに暮らす小学五年生の少年、名を風見照彦と言った。

 今までこの物語を追ってきたのなら分かると思うが、風見というのは古代の陰陽師の一族、そして、冥界の死神の血を引く家系なのだ。照彦の祖父は、風見昴、冥府神皇という冥界の王だった。また、照彦の父親の朝日は、冥府神妖と呼ばれ、(あやかし)達の頭領をしている。


 そんな前置きがあるのなら、照彦はさぞかし立派な存在かというと、そうではない。照彦自身は、死神の力がある以外は、普通の小学生だった。

 

 父親や祖父達は皆、冥界では立派な存在だといわれている。だが、自分はみんなのように強くなれないと思い、諦めていた。照彦自身にも素質はあるのだが、本人はそれに気づいていない。


 さて、この物語を追っているなら想像つくと思うが、照彦も小学五年生になった。照彦はその年に、事件が起こるはずなのだ。

 だが、それらしき事は今の所起きていない。照彦の父親の朝日は、それを心配していた。

「おいおい…、本当に照彦は五年生になったのか?」  

「父さんは五年生をなんだと思ってるの?」

「お前…、好きな子は?」

「俺は興味ないよ」

照彦は、朝食を早々に済ますと、ランドセルを持って出ていってしまった。


 朝日は、そんな照彦を見て、自分が五年生の時と比べて、ため息をついた。

「全く…」

「朝日様、何を心配なされてるのですか?」

 その様子を窓辺から見ていたのは、朝日の使いである緑丸(りょくまる)だった。

 緑丸は、普通の烏と同じように真っ黒な体毛をしているが、目が緑色をしていた。


 緑丸は、二年前に朝日が冥府神妖としての務めを果たしていた時に、鬼界で出会った八咫烏だ。

 妖は基本的に現世か、自ら造り出した亜空間に棲んでいるが、八咫烏は妖でも珍しく、怪の世界である鬼界に棲んでいる。


 緑丸は、朝日の側にやって来て、肩に乗った。

「もし、今照彦に何かあっても、解決出来るのか…?」

「朝日様は、その時どうでしたか?」

「さあな…、少なくとも俺は、照彦よりも自信はあったぞ」

「左様でごさいますか」

緑丸は、翼を広げて、大空へと飛び立って行った。



 雲ひとつない青空の下、黒いランドセルを光らせながら照彦は走っていく。並木の桜は満開で、花吹雪を降らせていた。

 照彦は、いくら父親に言われても、自分の身には何も起こらないと思い、信じ込んでいた。

「父さんやお祖父さんも俺と同じように五年生として過ごしてたなんて…、想像出来ないや」

「おはよう、照彦君」

 そんな照彦を追ってきたのは、制服を着た男女三人組だった。

「真由姉ちゃん、有沙姉ちゃん、ビガラス兄ちゃん!」

 真由は、照彦の従兄弟にあたる。照彦は、真由を本当の姉のように慕い、仲良くしていた。

 ビガラス・ジューンと岩屋有沙は、真由の同級生で、いつも側に居た。照彦は、有沙とビガラスの事も本当の姉と兄のように接している。

 三人は今年、中学三年生になった。三年生というと、今年高校受験がある。照彦は、真由達と遊べないと思い、がっかりしていた。

「そういえば…、ビガラス兄ちゃんが転校して来たのって、真由姉ちゃんが五年生の時だよね?」

「そうだけど…、照彦君も転校生来た?」

「来てないし、来なくていいよ」

照彦はそう言うと、二人を置いて走り去ってしまった。



 そして、五年二組の教室に着いた。照彦は、自分の机にランドセルを置くと、椅子に座っている頬杖をついた。

「俺はこの日常を愛してるんだ、非日常なんて真っ平御免だよ、はぁ…」

「どうしたの?照彦君」

 ため息をつく照彦に声を掛けたのは、クラスメイトの霧山ペグルだった。

 ペグルは、日系人と日本人のハーフの男の子だ。照彦と同じく霊的なものが視えるという事で、照彦と仲良くしている。

「ペグル…」

「またお父さんに何か言われたの?」

「今お前の側に大きな問題が立ちはだかって、それを自分の力で解決出来る自信はあるか?」

「それは…、分からない」

「俺はそんな自信ないよ」

照彦はそう言うとまた頬杖をついた。


 照彦は、ペグルにも死神である事を明かしていない。だが、それを苦しく思わなかった。

 照彦は周囲とは問題なく接しており、クラスからも浮いてる事はない。平穏だが、順調な日々を、照彦は呑気に過ごしていた。

「こんな日々がずっと続くといいなぁ…」

「僕もそう思うよ」

照彦とペグルは、並んでいる机を眺めた。机達は、朝日を浴びてきらきらと輝いていた。



 一方、冥界では智が黒いローブを纏って、『火の神殿』に立っていた。智は、祭壇に花と酒を捧げ、火を焚いている。

 そこには、火の死神の始祖である紅姫が祀られてあった。智の一家である剣崎家と風見家は、紅姫の末裔である。


 智は照彦の高祖父にあたる。死神の中では若いながらも、様々な人に慕われ、冥府からも一目置かれていた。

「智、また儀式やってたのか?」

 儀式が終わった後、声を欠けてきたのは、ウォルだった。ウォルは、智と同い年の水の死神で、三途の川の船頭をしている。

「最近冥府の役人達が厳しくてな…、これを月一でやらなきゃいけないんだってよ」

「実務で現世に行かなきゃいけないのに、大丈夫か…?」

「まぁ…、上手く回してるよ」

「俺も儀式やらなきゃいけなくなったんだよ…」 

 ウォルも、『水の神殿』で儀式をする担当になっていた。智達と同じように、それぞれ属性の神殿に、それぞれ属性の死神達が担当して、儀式を行う。

「儀式終わったならとっとと行こうぜ?」

そうして、二人は『火の神殿』から立ち去った。


 二人がしばらく歩いていると、目の前に花畑が見えた。黒い蕾をしているが、それが開くと、色とりどりの花になる。まるで夢のような、美しい花だった。

「ウォル、その花は?」

「現世には咲いてない花だろ?これは幻影花といってな、その蜜は怪の好物なんだよ」

「美味しいの?」

「蜜は無理だけど…、実は俺達も食えるぜ?ほらよ」

ウォルは幻影花の果実を採って、智に投げ渡した。

「それとな、幻影花からは極々稀に怪が産まれるんだ」

「怪が産まれる…?そんな危険な花を放っておいていいのか?」

「さあ…?少なくとも俺は危険だとは思ってないけどよ?」

智はその場で果実を食べなかった。そして、ウォルと一緒に帰って行った。



 その夜は月が綺麗だった。智達が立ち寄った幻影花の花畑は、光を浴びて輝いている。

 その中の一つの蕾が、夜露を浴びて光を放った。そして、ゆっくりと花開く。

 その中から、コウモリの怪が産まれた。コウモリは手の平に収まる程小さく、翼は濡れている。

 コウモリはそれを広げて、夜空に向かってぎこちなく飛び立って行った。

 

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