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希望の星  作者: 蓮見庸
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ステンドグラスの花模様

 ナツヒサはあてもなく歩きながら、ひとり考え込んでいた。

『カプセルの作りはほぼ完璧だけど、あの設計図では耐久性が足りないんじゃないか』

 ちょうどそのとき手元の通信端末が鳴った。ヨシアキからだ。

「ヨシアキか。どうかしたのか?」

「どうもこうもないよまったく。やつらにカバンを盗まれたらしい。幸い設計図はポケットにしまっそのままだったったから大丈夫だったが、お前も気をつけてくれ」

「あぁ、わかった。無精が幸いしたってところだな。ところでその設計図の話だけど、宇宙船のカプセルとしての機能は完璧だけど、今の図面通りだと大気圏突入時の耐久性がやや足りない気がする。大気の薄くなったこの惑星なら問題ないけど、もしこれよりも大気が厚ければ、地上に着くまでにすべて燃え尽きてしまうだろう。今のカプセルの性能を保ったままで耐久性を上げるにはどうすればいいんだろうか…」

「おいおい、そんな難しいこと聞かれたってわかるわけないだろ。壁を厚くすればいいだけじゃないのか?」

「壁なんて厚くしたら重くなるじゃないか、相談したおれが悪かった。忘れてくれ。また連絡する」

「頼んだぞ。くれぐれも気をつけろよ、じゃあな」

『壁を厚く、か…。それもいいかもな』


 ナツヒサは連邦科学博物館の門の前に立っていた。かつて地上にはいくつもの博物館が建っていたが、地下に築かれた都市にはここを含めて数ヵ所しかない。館内はホールを中心に、地質、動物、植物、考古、ヒトの歴史といった展示室が放射状に配置されている。訪れるヒトも少なく、歩くたびにコツコツと靴音が響きわたる。

 まず、地質展示室ではこの惑星スプラニークの形成過程やその内部構造、地表の岩石や土壌などが解説されている。地下都市を築くにあたっては、地盤や地下の地層の構造が問題になったが、幸いなことに惑星のごく表面をラニクストとよばれる金属を含んだとても硬い地盤が覆っているため、ある程度の広さの空間を作っても強度は十分だった。その空間同士を繋げることによって、今の大都市の形になった。

 次に動植物の展示室へ入ると、入口から奥へ進むに従って、生命が単純な作りの体から、しだいに複雑なものへと進化していく様子がわかるようになっている。細菌、バクテリアから、植物、動物に至るまで、さまざまな種類の生きものの模型や映像であふれているが、ナツヒサはこれらの生物のうちの数パーセントも見たことがない。ほとんどは地上で絶滅した。植物のコーナーではそれぞれの花の模型が展示され、その形や色彩などはまさに百花繚乱、いつまで見ていても見飽きることはない。大型動物のコーナーでは見たことのない姿形のものと一緒に、ヒトもその中に加えられている。

 さらに考古展示室に足を踏み入れてみる。まず最初に目にするのは、ヒトと同じ程度の大きさの金属の破片で、ちょうど先ほど見た花びらの1枚のような形をしている。材質は金属のラニクストと同じで、この惑星で発見されたもっとも古い人工物だとされている。説明プレートには次のように書かれている。

 〈名称:花弁様人工金属片 解説:この惑星で見つかっている最古の人工物。とても精巧な作りで、現代の技術に勝るとも劣らない。数百キロメートル離れた地点で、同じ形のものがもうひとつ見つかっている。宗教的な儀式に使われたと考えられている〉

 しかし地質や考古学の研究者たちにとって、この金属は悩みの種であり続けている。というのも、どうしてもこの金属が発掘された場所の地質の年代と、人工物との整合性がとれず、普通に考えると生物がほとんど存在しない時代に作られたことになるからである。そもそも発見された場所が間違っていたか、何かの手違いで他の発掘品と混在してしまったという説が主流となっている。

 ここから先はすべて模型やイラストの解説でしかないが、原始的な道具や住居の復元図からはじまり、これまでに発掘された道具や建造物の一部が、ヒトの歴史とともに展示されている。

 中世、近代、現代のヒトの道具や乗りもの、住居などを扱った民俗展示室などもあるが、ここにはナツヒサの求めるものはないように思われた。

 中央ホールに戻ってくると、受付の事務員以外にヒトの姿はなくなっていた。


 科学博物館の脇には別館として宇宙資料館が併設され、宇宙飛行士に憧れていたナツヒサは子供の頃から何度も通ったものだ。

 資料館の展示室はいくつかに分かれ、宇宙船開発に関する展示室には過去に作られた宇宙船の縮小レプリカがずらりと並べられ、エンジンや居住空間など実物の一部分を切り取ったものも展示してある。

 この展示室に入ってすぐのところには、まだヒトが惑星の重力から逃げ出すことができなかった頃の、ロケットの試作品や人工衛星のレプリカが並べられている。その隣には最初にヒトを乗せて無重力空間へ出た宇宙船のレプリカが置かれ、その解説プレートに手をかざすと、当時の映像がホログラムで再生された。その宇宙飛行士の口からは『われわれの惑星はまるでエメラルドのようだ』という言葉が発せられた。

 奥に進むに従って時代は新しくなり、惑星の繁栄とともに宇宙船の性能も進化し、大型のものも作られるようになった。実にさまざまな形や大きさの宇宙船が作られ、ひとり乗り用の小さなものから、宇宙観光を目的とした百人規模の旅客用のもの、ひとつの町が入るほどの巨大な貨物用のもの、そしてある王族のためには全体に金の装飾が施されたものまで作られた。

 しかし争いの時代に入ると、宇宙船のほとんどが戦闘用のものとなり、やがて無人宇宙兵器が作られるようになった。もはやヒトが宇宙空間に出ていくことはなくなり、有人の宇宙船はことごとくスクラップにされ、かつ新しく作られることもなくなった。ここで宇宙船開発の歴史は止まっている。

 隣の展示室では宇宙開拓の歴史が紹介されている。惑星スプラニークから半径三百光年にある恒星や惑星はすべて探索された。鉱物資源は豊富に手に入ったが、ヒトが住むには過酷な環境ばかりで、当初発見が期待された高等生物はどこにも見当たらず、わずかに細菌やバクテリアといった原初の生命もしくはその痕跡があるにとどまっていた。この意味では惑星スプラニークは孤独だった。


 科学博物館の脇、宇宙資料館とは逆の側に装飾のほとんどない白亜の建物がある。

 ナツヒサは背丈の倍ほどある大きな扉の前に立ち、その取っ手に手を触れると、ほとんど力を入れていないにもかかわらず、扉はさーっと静かに開いていく。入口から先には白い床が続き、その奥には広い部屋がひとつだけある。床の上には虹色の模様がゆらゆらと動いている。部屋の中心に進み見上げると、ドーム型になった天井はステンドグラスでできていて、そこには唐草模様と花のモチーフが一面に描かれている。ステンドグラスをずっと見つめていても、決してまぶしく感じることはなく、空を覆う草花に包まれているような感覚は、なんともいえない幸せな感覚をよび起こしてくれる。ナツヒサはその花の模様の中にハルの面影を見たような気がした。そして静かに目をつぶり、しばらくその暖かな光に包まれたまま立ちつくしていた。

 ここは、かつてヒトがとても大事にしてきた、自然との共存をテーマとした建物だ。しかし博物館の他の展示スペースなどとは違い、ここにはなにもない。ただあるのは、天井のステンドグラスとそこからこぼれ落ちてくる光の彩りだけだ。子供のナツヒサにはこの空間はとても退屈で、いったい何のためにあるのかまったくわからなかったが、大人になってこうしてきてみると、自分自身と深く向き合うことができる場所のような気がする。これが設計者の思惑なのだろうか。

『自分はどんな生き方をしてきたのだろうか。宇宙飛行士に憧れていた子供の頃、世の中すべてが輝いていた。しかし生まれるずっと前から宇宙飛行士なんていうものはもう存在しなかった。子ども心にもショックだったが、今度は寝る間も惜しんで勉強をし、最先端の科学技術をもつと自負する職場へ入る。それなりに充実していたと思っていたが、どこかにむなしさを感じ父親の町工場を継ぐ道を選び、そして現在。現在? そうだ、カプセルの改良方法を早く考えなくては…』

「きれいなステンドグラスですよね」

 透き通った優しい声が部屋いっぱいに響いた。ナツヒサが振り返ると、開かれた扉の前にヒトの姿があった。外からの逆光でその姿は陰になり顔はよく見えなかったが、その声で誰だかすぐにわかった。

「ハルさん?」

 栗色の髪が強い光で金色に輝き、ハルのシルエットは黄金の光で縁どられているようだった。

「邪魔しちゃったみたいでごめんなさい。ヨシアキさんからここにいるって聞いて、わたしも久しぶりにこのステンドグラスが見たくなって」

 扉が閉じるにしたがって金色の光は薄れ、ハルの顔がよく見えるようになってきた。

「きれいですよね。こんなにいろんな花があったんだなと、ついつい見とれてしまって」

 ステンドグラスの花の模様にハルの面影を見たようなナツヒサだったが、あれは幻想だった。やはりハルは花なんかではなく、生きているヒトだった。

「ここにくると、なんだか暖かい気持ちになって、昔を思い出すのよね。わたし、今回の件で周りがいろいろというのを聞いてきて、ちょっと自信をなくしていたの。そんなことやってどうなるんだ。どうせ失敗するに決まってる。やる意味がない。何かあったら責任が取れるのか。ほんと、マイナス思考のオンパレードよ。けど、そういう言葉を聞いていると、わたしたちのやっていることは自分よがりで、やっぱり間違ってるんじゃないかと思ってしまうの。ナツヒサさんにもご迷惑を掛けてしまったんじゃないかって」

「迷惑だなんて、そんなことありませんよ。ここにきて、昔のことを思い出していたんです。子供の頃の純粋な気持ちを少し取り戻せて、心から打ち込める何かを見つけたような気がして」

「そういってくれると、少し気持ちが楽になりました。みんながいうように、単なる自己満足なのかもしれないけど、でもどうしても成功させたいんです」

「力になれるかどうかわからないけど、精一杯がんばります」

「ありがとうございます。ナツヒサさん、いいヒトなんですね。職人さんだし、こわい人なのかと思ってました」

「そんなにこわいですか? ヨシアキとはずっとあの調子だから、誤解を与えてしまったのかも…」

「あ、へんなこといってごめんなさい。わたしもう帰ります。邪魔しちゃってごめんなさい」

 ハルは頭を下げ、扉の方へと向かっていった。

「カプセルができたら連絡します!」

 ハルは振り返り、ふたたび頭を少し下げ、そして扉に手をかけた。

 なぜだろう。扉を開けて光の中へと消えていくハルの後ろ姿を見送りながら、ナツヒサの頭の中には、ハルがこのまま遠くへいってしまうようなイメージが浮かんで消えなかった。

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